黒の誓い
3
ヴァルディスに連れられるようにアパートを出たレオニクスはその眩しさに目を細めた。
ここは召喚都市レイトである。
白を基本にした建物、召喚協会本部が街の中央にあり、その奥にちらちら見えるのがこれまた白い建物の召喚学校であった。
石畳も白く、光を反射してとても眩しいのだ。
「ここが召喚都市レイトだ」
「ほう」
至る所に施されている模様は召喚都市らしいもので特にレオニクスは何とも思っていなかった。
レイトはその名の通り召喚師の街だ。
協会本部を中央とし、東西南北に分かたれた十字路の大通りに召喚術関係を取り扱う店や武器防具屋がひしめき合っている。
召喚するならこの大通りを暫く歩くだけでなにもかも揃ってしまうだろう。
「十字路?」
「本部の中を通るんだ」
住まいに面した通り以外に行くことは滅多にない。
だが行くならば本部を通れば行ける。
そう言うとヴァルディスは納得したようなしてないような声で頷いた。
レオニクスは気に留めた様子もなく、歩き続けた。
「おいレオニクス」
「何?」
ヴァルディスに呼ばれ振り返ると、ヴァルディスは書店の教科書を手に取っていた。
題名は『クロノス誓約全書』である。
ぱらぱらと捲っただけでつまらなさそうに目を細めた。
「何だこのつまらんものは」
「本」
「馬鹿にしてるのか」
「いや、別に」
何これ、と聞かれたから応えたのにヴァルディスは余計に不機嫌になってしまった。
仕方なく傍に歩み寄って覗き込む。
そのとき、ヴァルディスを恐れてか隅に縮こまっている店主や客が目の端に映り、ため息をつきたくなった。
逃げたい気持ちは分かる。
正直自分も逃げたい。
だが、何となく、心なしかきょろきょろしているヴァルディスを見ると本当にコレがあの黒竜王かと思えてほほえましいようなそんな気もしてくるのだ。
「あー・・これって、聖戦の話だ」
「聖戦?」
「テミスたちと戦ったやつだけど、覚えてないのか?」
「ああ、あれは聖戦なんて呼ばれてるのか」
挿絵付きのそれはレオニクスも使用したものだった。
あの時は醜い竜だと思ったが実際は綺麗すぎて怖いほどの竜だった。
思えば、これらのものは彼が封印されてテミスも亡くなってから書かれたもので、大方事実だが細かいところは違うのかもしれない。
ヴァルディスは「ふうん」とマヌケな声を出してまだぺらぺら捲っていた。
「なんだこの誓約とやらは。利己的にも程がある」
「そういうなよ。これでも四千年守られてるんだ」
「こんなものを守るとは、この世界も平和ボケしてるんだな」
「平和ボケって・・戦争真っ只中だから、そうでもないと思うが」
ヴァルディスはようやく本から目を離した。
意外そうにレオニクスを見る。
「戦争だと?どの種族とだ?」
「え?」
「竜か、それともヒッポグリフやグリフィンたちか?」
魔界ではそんな話はなかったが、とヴァルディスは呟いた。
「いや、国同士で」
「同じ種族で争っているのか?つまらぬな」
あっさりとそういい捨て、ヴァルディスは本を戻した。
くるりと踵を返す。
「だからヘリオスも愛想を尽かすのだ」
「天竜ヘリオスを知ってるのか?」
「あいつが俺に気づかぬわけがないだろう。何も言わないということは人間を守るつもりがないということだ」
斬り捨てるように言った後、ヴァルディスはにやっと笑った。
その美貌に道行く人々が目を奪われ、振り返っていく。
レオニクスも不覚にも目を奪われた。
「残念だな、レオニクス」
「・・・」
「今のヘリオスじゃ、俺を倒せない。お前以外、俺を止められない」
死ねないな。
そういうヴァルディスにレオニクスは肩を竦めた。
「だから、死にたいわけじゃないんだ」
ヴァルディスの腕を取って歩みを再開させる。
この竜は、太古の知識もあって力もあって権力もあって性格も破綻しているところがあるが、どこか憎めない。
それがレオニクスだけなのかどうかは分からないが少なくとも自分は憎みも恨みも出来ないと思う。
「出来れば、生きたい」
目の前には聳え立つ本部。
召喚学校に通っていたころは憧れで、本部に配属されてからは悪夢のようだった場所。
今頃御偉い方が総動員でレオニクスを待っている事だろう。
もしかすれば入ればすぐに兵士に取り押さえられるかもしれない。
「なあヴァルディス」
「何だ」
そうしたら、大人しく捕まって、死刑に甘んじるつもりだった。
ヴァルディスが何と言おうと何をしようと自分が命じなければ何も出来ないのだから。
だから、今だけは。
「少し、遠回りしようか」
この眠りから覚めたばかりの竜に、世界を見せようと思った。
その隣で、あと少しだけ、レオニクスは笑っていたかった。
「召喚都市は広いからきっと面白い」
差し伸べた手は、数秒待たずに掴まれた。
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