黒の誓い
2
ハレスの作ったご飯を食べ終え(凄くおいしかった)、制服も身に着けたレオニクスは顔を暗くさせた。
それを見咎めたヴァルディスはハレスを下がらせ、口を開く。
「どうした」
「え?」
「何故暗い顔をしているのか、と聞いている」
ヴァルディスから言わせれば、もっと喜々としているべきなのだ。
なぜならヴァルディスを手に入れたのだから。
暗い気持ちになる理由がないはずだ。
しかしレオニクスは頭を振った。
「俺はどう考えても死刑だから、哀しまないはずがないだろ?」
死刑?
ヴァルディスは目をすがめた。
かすかに漂う怒気にレオニクスは身体を強張らせたがそれでも目を逸らさなかった。
「クロノス誓約をどれだけ破ったと思ってるんだよ」
「クロノス誓約?何だそれは」
(は?)
レオニクスは目を見開き、数秒後、合点がいったように頷いた。
忘れていたが、ヴァルディスは四千年封印されていたのだ。
つまり、四千年、世間を知らない。
そりゃー、常識も何もかも知らないのだろう。
太古の知識は、とんでもない情報量だけれど。
「そうか・・。知らないんだよな、四千年分」
「眠っていたようなものだからな。それで?クロノス誓約とは何だ」
レオニクスはちらりと時計を見た。
遅刻は確実だ。
今更数十分遅れたところで変わらない。
ヴァルディスにある程度教えるべきなのは確かだし、死刑になってしまうのだから時間はない。
レオニクスはヴァルディスが蘇ったことに責任を感じていた。
どうせ死ぬからと契約したけれど、放っておけるわけじゃない。
「クロノス誓約っていうのは、クロノス大陸全土共通の法律だ。東クロノス大陸にあるアイレディア王国と西クロノス大陸のヴェレ帝国、トゥーベ孤島、全部に適用されている」
「今は二国しかないのか」
「そうだよ。ヴァルディスのころはいっぱいあったみたいだけど・・。で、そのクロノス誓約は絶対に守られなくてはならない。一つでも破れば即刻死刑に処せられるってわけ」
「ほう」
「その誓約には、ボルケナでの召喚の禁止、契約の禁止、闇属性との契約の禁止があってね。ヴァルディスの封印を解いて、契約なんて、とんでもないのさ」
そのとんでもないことをやってしまったわけだけどね、と笑うレオニクスをヴァルディスは冷めた目で見ていた。
「召喚とはテミスが開発した術だろう」
「そう。大召喚師テミスと戦ったんだろ?」
「ああ。美人だったな。それで?お前は俺に生かされたのに俺のせいで殺されると?人間風情にか?」
「そう言うな。俺だって死にたいわけじゃないけど、クロノス中から追いかけられて逃げ切れるわけないだろ?」
ある意味ヴァルディスの力を持ってすれば可能かもしれないがそれでは四千年前の二の舞である。
いやテミスが居ない分、蹂躙されるだけだろう。
レオニクスはヴァルディスをちらりと見てため息をついた。
明らかに、嫌なことを考えている。
まず、怒気を収めさせなければ怖すぎて話が進まない気がする。
「とりあえず落ち着いてくれ。怒ったって仕方ないっていうかなんで怒ってるんだよ」
「俺の主を人風情に殺させよと?お前、俺を侮っているのか」
「仕方ないだろ?もっと強い主くらいいるだろうからまた探せって痛っ!!」
いきなりヴァルディスにソファに押し付けられてレオニクスはうめき声を上げた。
肩が潰れそうなほど力が込められて、痛みに気が遠くなりそうな気がする。
ヴァルディスは怒っているのか冷たい目で、レオニクスを見下ろしていた。
怒りはどうやらレオニクスに向いているようで、容赦ない視線が突き刺さる。
「また探せ、だと?」
ぞっとするような声。
ぐしゃり、と魔力でテーブルの林檎が潰れたのを見て、レオニクスは愕然とした。
ヴァルディスは己の魔力がレオニクスにぶつからないようにしていてくれているようだが、それでも尋常ではない魔力に襲われている。
「貴様、ふざけているのか」
「かはっ!」
何に怒っているのか分からないままレオニクスは首を振った。
「俺には貴様だけだ。忘れるな。貴様を生かすも殺すも、決めるのは俺だ。人間如きに呉れてやるものか」
冷たく深い声が鼓膜を奮わせる。
さらっと黒髪が落ちてきて、レオニクスは痛みにうめきながら微笑んだ。
「き、れいだな」
「・・!?」
こんなに綺麗だなんて知らなかった。
与えられる痛みだって別に気にならないほど、ヴァルディスは綺麗だった。
「竜、でも、き、れいだも、んな」
こんな竜が、自分のもの。
嫌だったのに、契約したとき感じたのは高揚感と優越感。
たとえ果てに彼の奴隷になるとしても、彼を短い一生で従わせられるのだと。
「・・阿呆が」
すっと退いた魔力に、解放された肩。
痛むそこをさすりながらレオニクスは咳き込んだ。
息苦しかった・・。
「行くぞレオニクス」
「行くって・・どこに・・?」
「俺は貴様を殺させんぞ。話のできる奴のところへ行け」
そういうとヴァルディスは立ち上がった。
視線で催促してくる。
が。
まさか、ついてくるわけでは・・?
「来るのか!?」
「当たり前だろう」
「ちょ、目立つ!!」
ヴァルディスは面倒そうに翼を見た。
人型になれるのはSクラスだけだ。
翼や角、黒ずくめを見れば誰だって分かってしまう。
ヴァルディスは不機嫌そうに腕を組んだ。
するすると翼も角も仕舞いこまれて・・
仕舞いこまれて・・
「これで満足か」
レオニクスはかくかくと頷いただけだった。
(反則だろ!何でこんなに美人なんだよ!)
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