黒の誓い
6
「ハレスさーん、朝です……あれ?ディシス?」
扉を開けたレオニクスは別の部屋だったはずのディシスがハレスと眠っているのを見つけ首を傾げた。
ハレスは微笑み、太ももに乗った眠るディシスの頭を撫でる手をとめた。
「おはようございます、レオニクス様」
「あ、ええ、おはようございます。ディシスどうしたんですか」
「寝ぼけたのだとおっしゃってまた眠ってしまわれました」
部屋に残る煙草の匂いと散らばった大量の吸い殻に怪訝そうにしながらレオニクスは頷いた。
「そうでしたか。すみませんがディシスが起きるまでそうしてやってください」
「もちろんです」
「では俺は部屋にいますからディシスが起きたら来てくれますか?今後について相談しないと…」
「ヴァルディス様は…?」
「そろそろ起きるんじゃないですか?」
レオニクスとヴァルディスは恋仲になってもあまり変わらなかった。
相変わらず自然なスキンシップはとるもののどこか淡々としている。
昨夜だって部屋を分けていた。
「あの、レオニクス様」
「はい?」
「ヴァルディス様はレオニクス様を無理矢理手ごめになさいましたがそのことは…」
レオニクスはキョトンとした後けらけらと笑った。
手を振って笑いまじりに答える。
「怒ってませんよ。謝ってくれたし別に抱かれるのが嫌なわけではありませんから。過ぎた事を騒ぐのは好かないですしね」
それは本心だった。
これが全くの他人だったならば許せないが相手はヴァルディス。
怒りはもうないし傷ついたのだって過去の話しだ。
「さて、ディシスが起きちゃうし俺は行きますね」
レオニクスはそう言うと扉をそっと閉めた。
気配が無くなってから、緋色の瞳が開かれる。
「寝たふりしなくてもいいじゃないですか」
『咄嗟のことで思い付かぬ故』
「そうですねー…ディシスさん、もうちょっと、こうしていましょう」
ディシスは了承の代わりに耳をパタパタと動かした。
くすっと笑ったハレスはまた毛並みを撫で始める。
「夜明け、ですね」
『フン』
風は今手の中にある。ハレスは小さく微笑んで銀色の風を愛しんだ。
□■□■
ヴァルディスは唸っていた。
目の前には五枚のカード。
そしてニヤニヤ笑う男。
二人が座る卓をたくさんのギャラリーが囲み、ヴァルディスを応援する者は一人もいない。
一階にレオニクスたちは降りていないから知らなかったのだ。
ヴァルディスが部屋になんておらず、こうして一階で勝負に興じていることなど。
「くくっ、どうした?」
きっかけはうざったい男どもが持ちかけて来た取引だった。
何度も閨の誘いをかけてくるのでいい加減殺しちゃうかな、とか考えていたら「この勝負に勝てば誘わない」と持ち掛けられたのだ。
勝負はポーカー。もちろんヴァルディスはルールを知らない。
一度だけ聞いたルールでやっているのだ。
ちなみにヴァルディスが負けたら一晩、相手をすることになっている。
もしこの場にレオニクスがいれば止めただろう。
ポーカーはイカサマし放題なゲーム。
やったことがないヴァルディスがこんなヤクザたちと勝負になんてならない。
現に男達は誰ひとり、ヴァルディスの敗北を疑っていなかった。
ヴァルディスと勝負をしている男も同様でニヤニヤ笑いっぱなしである。
「オープンの時間だぜ」
やっとレオニクスたちが降りて来た。ヴァルディスがいないことに気付いたのである。
レオニクスはヴァルディスの姿を認め、顔色を変えた。
「ヴィー!何を…」
つかつかと近寄り、男の手札と周りの状況を見て悟る。
男の手札は、キングとクィーンのツーペア。
ここの者たちはギャンブルのプロだからもちろんヴァルディスの手札まで操っていたに違いなかった。
勝負は決まっていた。
「何を賭けた…ヴィー」
「貞操」
「はぁ!?」
ハレスや紅銀は微笑むだけ、ディシスは呆れたため息をつきレオニクスは眦をつりあげた。
「ヴィー、こいつらは…」
言い募ろうとしたレオニクスを手で制しヴァルディスは男に目線をむけた。
「俺が勝ったらなんでも協力しろ」
「ぷっ…勝ったらな」
男は金髪を揺らして苦笑した。ギャラリーも失笑する中、ヴァルディスが唇を吊り上げた。
男の目つきが変わる。
ヴァルディスの手が五枚のカードをぺらり、とめくった。
A、A、A、A、5。
「フ、フォーカード…」
男が呆然と呟いた。
イカサマを仕掛けて、イカサマを返されても反論できない。
イカサマを認めた瞬間に、決定的敗北となるからだ。
「勝負ありだ。忘れるなよ」
そう、ヴァルディスを侮ったことが敗因なのだ。
ヴァルディスはルールを聞き早々にイカサマし放題だと気付いた。
その半端ない導体視力で男のイカサマを見抜き、油断させておいて同じようなイカサマを仕掛ける。
後は相手のイカサマを利用すれば終わり。
「…あーあー…せっかくあんたを抱けると思ったのによ」
男が残念そうにカードを投げた。
そこで初めて男の顔を見たレオニクスは絶句する。
「あんた…クロノス大空軍艦を破った空賊…大鷲ハイニール!?」
「俺は有名人かよ」
右目を眼帯で覆った、傷だらけの鍛え上げた男はニィッと笑った。
「約束は約束。なんでも言いな」
固まるレオニクスを残してヴァルディスはしっかりと頷いた。
続
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