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黒の誓い
 4



いらだたしい。
酷く腹が立つ。
吐き出した白煙が薄くたゆたい天へ消えていく。

吸い込む煙りは苦く、苛立ちを収めてくれそうにない。

ヴァルディスはゆっくりと煙りを吐き出し、煙草を持った左手で肘をつき頭をもたせ掛けた。

一体、どこから間違ったのだろう。

この身を焦がす焦燥は一体何なのだろう。

血まみれで死にかけのレオニクスを思い返せば今でもはらわたが煮え繰り返る。
昨夜の無理矢理鳴かせたレオニクスを思い返せばズキッと痛みが走った。


「…」


分からない。

この自分に痛みと苦しみを与えるものは何だろう。
レオニクスを無くすくらいならば何だって捻り潰してやると言っているのに何故レオニクスは何も訴えてこないのだろう。

そしてその事象はヴァルディスに苛立ちを与える。


「…チッ」

こんなことは知らない。
誰かにこんなに乱されたことはない。

分からない。
それがまた苛立ちを助長する。


手で煙草を握り潰しため息をつく。

「乱れていますね」

「…ハレス」

従者の登場にも振り返らず顔もあげないヴァルディスにハレスは嘆息した。
これは荒れている。

「ご報告に参りました」

「さっさとしろ」

まさしく不機嫌な主に肩を竦め報告を済ませる。
指示を飛ばしながらもどこか気もそぞろなヴァルディスに頭を抱えたくなる。


「…少し頭を冷やしてきてください」

「…何?」


ヴァルディスの瞳が初めて向けられた。
剣呑な光の奥にわずかな焦燥。

握り潰され散乱する人間の娯楽。

そういえばこの主は今まで何かを欲したことはなかった。
王になるべくして生まれ守るため戦って結果世界を手中におさめた。ただ、それだけのこと。

「酷いお顔です。それに、今のヴァルディス様に適切な指示は期待できません」

「ハレス…!」


「何ですか」


怒りを向けられたのも初めて。
笑顔なんて見たことなかった。
いつも無表情で冷静だった。

そんなヴァルディスを尊敬して恐れていた。

でも今は恐れない。


「今のヴァルディス様に指示なんて仰げません!レオニクス様お一人、おのがままに出来ないのですから!」

「貴様、いい加減にしろっ!」


だんっと壁にたたき付けられ、肩が悲鳴をあげた。
ぎり、と食い込む指先から煙草の匂い。

それでもハレスはヴァルディスを睨みつけた。

ああ、この主は何と言う鈍感なのか。
今まで何も無かったから知らなかったのだ。

分からなかっただけなのか。


「分からないなら教えてさしあげます。ヴァルディス様はレオニクス様をお好きなのですよ!」


「なっ」

「違いますか!失いたくないのでしょう!欲しいのでしょう!」

ハレスの怒鳴り声が響く。不敬で殺されても構わない。
このままではヴァルディスもレオニクスも些細なすれ違いで崩壊してしまう。


「欲したんですよ、ヴァルディス様は」

苛立つのも笑うのもレオニクスに会って初めてだったくせにそれさえ気付かないほどレオニクスしか見ていなくて。


「だからレオニクス様を生かしたし護られるのでしょう!」


ヴァルディスがハレスを解放した。
痺れた肩を支えてハレスは続ける。


「苛立って胸かどこかが苦しくて、乱れて翻弄されてそれでも」


それでも。

「笑顔がみたい。笑わせたい、守りたい、側に居させたい、留めたい。欲求は底知れなく、己が制御出来ない。違いますか」


例えばレオニクスが笑うなら何だってしてやりたいとか。
傷つけたくないとか。
守りたいとか。

「ハレス…俺は…」

「…ヴァルディス様もようやく、笑ってくださるようになりました。そうさせたのはレオニクス様。ヴァルディス様、どうか、御心のまま進んで下さい」


それを恋と名付けたのは誰だろう。
これを愛と呼んだのは誰だろう。

こんなに苦しくて、甘い。
感情の全てを持って行かれるような事象。


もしこれが恋ではなかったとしても、レオニクス以上の存在は現れない。

それだけは確かだ。

「ハレス!礼を言う!」


弾丸のように飛び出したヴァルディスを見送り、ハレスは座り込んだ。
折れた骨を癒す。


「手がかかる主ですね」

しかし数分とたたず扉が凄い勢いで開かれた。


「ヴィー!」

息せき切って飛び込んできたのはまさに今話題だったレオニクス。
凄い慌てているようだった。

「レオニクス様…?」

「ヴィー知らないか!?」

「今出ていきましたが…」

「ありがとう!」


怒涛のように現れ再びバタンッと扉をたたき付けたレオニクスは走り去った。

残されたハレスはしばらくポカンとした後声をあげて笑いだした。

可笑しい。

どうやらあの二人は同じことを言い合うために走り回っているようだ。


「ぷくくくっ」


肩の痛みなんて吹っ飛んだ。
走り出した二人。
背中を押したのは自分とおそらく紅銀。

数回の暴行でついに破壊された扉に寄り掛かった同僚に笑いを噛み殺せないまま目線を向ける。


「ヴァルディス様を押したか」

「ふっ」


開け放った窓から、往来で出くわしたらしい主たちが同時に「好きだ!」と叫ぶ声が響いてきた。

それに紅銀まで笑い出しハレスと二人腹を抱えた。


『…今日は暑いな』

一部始終を見ていたディシスの呟きを吸い込んだ真っ青な空の下、黒竜王が召喚剣士を抱きしめた。







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あきゅろす。
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