黒の誓い
3
「レオ」
優しい指の感触に、目を開けた。
「レオ」
気まずそうなヴァルディスが見えて怒涛のように記憶が蘇る。
そうだ。
昨晩、ヴァルディスに…。
「痛むか…。ハレスに治させたのだが」
痛まないのはそのせいか。
後始末をしてくれたのかべたつきも何もないが失神するまで犯された記憶までは消せない。
レオニクスはむくり、と起き上がった。
ヴァルディスが助けようとした手を払いのける。
「レオ」
「ヴァルディス」
「…」
レオニクスは目をあげた。
おもむろにヴァルディスの腕を引っ張る。
抵抗しないヴァルディスに頭を振り上げ−−
「ヴィーの馬鹿野郎っ!!」
鈍い音と声にならないうめき声、レオニクスの怒声が部屋に響いた。
頭突きの意外な痛さに思わず悶絶するヴァルディスを見下ろしレオニクスは立ち上がった。
「ふざけんなっ!!」
「ッツ!レオ、待てっ」
「うるさい!好きにしやがって!ヴィーの馬鹿!!」
ブーツを乱暴に履き、寝間着のまま上着だけ持って部屋の扉をたたき付けるように閉める。
危うく壊れかけた扉を気にもかけず階段を駆け降りた。
何事、と出て来たハレスを睨みつけ、ディシスを撫でる。
ヴァルディスの声が聞こえたがレオニクスは無視して宿屋を飛び出した。
□■□
昼間の街は静まり返っている。
宿屋を飛び出し数分。
とぼとぼと歩きながらレオニクスは考えていた。
(何故ヴィーはあんなこと……怒ってるのも何で…)
ヴァルディスは優しかった。
怒れば力ずくで従わせる癖はあったが、話せば分かってくれていた。
いつも守る、と言ってくれていた。
なのにどうして、レオニクスを傷つけたのだろう。
そんなに怒らせたのだろうか。
昨夜の事を思い出す。
怒りに溢れていたのに、痛みは最低限しか与えられなかった。
(分かんないよヴィー…)
嫌だった。
何度も懇願した。
それでもやめてくれなくて。
泣きたくて泣きたくて、何度も泣いて。
胸が痛くてたまらない。
「ヴィー…」
犯してるくせに、綺麗な面を歪ませて何かを堪えていた。
囁く声音は支配者のものだったけれど漏れる呟きは罪人のようで、不思議だった。
「ヴィー…ヴァルディス…」
名前を呼んでも答えはない。
追い掛けなかったのは契約しているレオニクスはどうせヴァルディスから離れられないからか。
自嘲の笑みを零したとき、視界に朱が映り混んだ。
「紅銀さん…」
「おお、レオニクス様ではございませぬか。そのような恰好…それもお一人で一体どうなさったのです」
「えっと…ヴィーと喧嘩しちゃいまして…」
「喧嘩…ですって?」
なぜか紅銀はひどく驚いた表情を浮かべた。
戸惑いながらレオニクスが頷く。
「はい、まぁ」
「…そうでございまするか…。ヴァルディス様が喧嘩を…」
その言葉にレオニクスは違和感を感じた。
普通は「ヴァルディス様と喧嘩を…」ではないだろうか。
「ヴィーは喧嘩しないんですか?」
「喧嘩というものは、ある程度立場が対等な場合に出来るものでございまする。ヴァルディス様に対等な立場の者はほとんどおりませぬし、ヴァルディス様は滅多に怒りませぬ」
「え?」
「しょっちゅう怒りを覚えるほど、心を乱されるお方ではございません」
まごついたレオニクスに気付き紅銀は微笑んだ。
「ヴァルディス様にご報告に参ったのですが、どうやら後のほうが良いようですな。…少し、お付き合い下さいませぬか」
「…はい」
さりげない気遣いに甘え、レオニクスは誘われるままにベンチに座った。
「紅銀さんは、その、黒竜では……」
「ありませぬ」
紅銀は気さくに答え、空を見上げた。
「私はクロノスの者でも召喚世界の者でもありませぬ。名前も服も、違いまする」
「クロノスでも召喚世界でもない…」
ではどこから。
レオニクスの疑問に答えるように紅銀は空を指差した。
「時空より、参り、ヴァルディス様にお仕えいたしております」
「時空…?」
「はい。しかし今はレオニクス様の件が一大事。お話下さいませぬか」
レオニクスは躊躇った後少しずつ話した。
出会いもなにもかもを吐き出した。
自棄になっていたのと、紅銀の微笑みに促されてのことだった。
紅銀は答えを知っていそうだったしハレスやディシスみたいに近い距離にいるわけでもない。
相談にはうってつけだった。
紅銀はずっと黙って聞いていた。
話し終えてもしばらくは口を閉じていた。
やがて考えがまとまったのか紅銀が微笑んだ。
「そうでしたか…。ではまず、ヴァルディス様について、少しお話致しましょう」
「ヴィーについて?」
「はい。ハレスの言ったことは事実でございます。間違いなく、ヴァルディス様の大切なお方にレオニクス様はなられているでしょう」
真剣な眼差しの紅銀にレオニクスは居住まいをただした。
「ヴァルディス様はレオニクス様が御命を軽んじることにお怒りになったのです。ヴァルディス様が、生きているレオニクス様を失いたくはないからです」
ヴァルディスがそう思っている?
レオニクスは首をふった。
「それは有り得ません」
「いいえ、間違いございませぬ。レオニクス様、ヴァルディス様に凌辱されたとき、これが愛されてのことだったら、と思いませんでしたか?」
レオニクスは硬直した。
もし、愛されていたら。
もし、ヴァルディスがレオニクスを愛していたら。
そう、己は凌辱されながら願わなかったか。
「それは恋、なのですよ、レオニクス様」
紅銀の言葉に、レオニクスは呆然と呟いた。
「俺がヴィーを好き……?」
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