黒の誓い
10
ローゼンのラインハルト城にひとつの影が忍び込んだ。
王の隠れ道を通り抜け、王の寝室にするりと入る。音も無い侵入はプロであることを窺わせた。
息を殺し、すばやく寝台に乗り上げる。王の口元を塞ぎ、銃口を額にあてた。その間わずか数秒。
かちり、と撃鉄をあげ、膝で王の腕を押さえつけた。
「フレオジール王。あなたに聖なる裁きが下された。判決は有罪、死刑を執行致します」
フレオジール王の目が見開かれた。
引き金に指がかかる。
「あなたの魂に安らぎのあらんことを。最高神の御名のもと、あなたの罪が赦されんことを」
なんの躊躇いもなく男は引き金を引いた。
悲鳴をあげる間もなくフレオジール王は絶命し、死刑執行人は手を組んだ。ロザリオに口づけ、ベッドから降りる。
窓から外をこっそり眺め、タイミングを見計らって蔦に飛びうつった。
ひょいひょいっと石段を飛びうつっていき、草むらに静かに降り立った。
警備の兵の目を掻い潜り、城壁の穴を抜ける。黒いフードを脱ぎ去った下には野性的な風貌があった。懐からおもむろに取り出したイチゴ味のペロペロキャンディをくわえ、コキコキと肩を回す。
コツコツとブーツを鳴らしながら街を歩く。夜のラ・ベーテは静まり返っており、キィ、と教会の扉を開く音が響き渡った。
出てきた聖女に手をふり、ずんずんと奥に入っていく。
物置小屋のような場所に小さく置かれていた鳩小屋の鳩を抱え、十字架を書いたメモを持たせて飛ばした。
「死刑執行完了…」
ふぅ、と息をつき、男は月を見上げた。黒髪を無造作にかきあげ、がりっとキャンディを噛み砕く。
「…疲れた…」
呟きは夜に消えていった。
□□□□
ガイアを何回壊せば気が済むんだ、とグラナに殴られた頬を擦るハイニールにルイスターシアが喜色を浮かべて背後から小さなものを見せた。
「ハイニール!見てくれ、可愛いだろ?」
「あぁ?………んじゃそりゃあっ」
「可愛いだろ?拾ったんだ」
ルイスターシアは嬉々として拾ったという豹の赤ちゃんを見せた。
「親は?」
「…死んでた…」
「………」
ハイニールは頭を抱えてため息をついた。ルイスターシアは豹の赤ちゃんを抱えたまま、目を逸らす。
クリフのときと同じ展開である。なんでこう、野生に好かれるのかわからないが、その手足が土まみれなのは親を弔ったからだろう。
「…名前は?」
「!セフィでどうかな」
「はー……わかったわかった」
結局、ルイスターシアには甘いのだ。「クリフの弟だな」と嬉しそうだから、まあいいかな、と思ってしまう。どうせ自分たちは子供を作れないのだから、ルイスターシアがつい拾ってしまうのも、わからないでもない。
「ハイニールみたいにかっこよくなるんだぞセフィ」
「みー」
「はぁ…」
赤ん坊を抱き上げルイスターシアはニコニコと笑う。
クリフが巣立ち、落胆していたのだろう。
ハイニールとしても可愛かったのでそこまで異論はなかった。
ちょいちょいと豹の赤ん坊を撫でるとふわふわの産毛で笑みが零れる。
「セフィか」
「私たちの子だ」
「そうだなぁ」
ルイスターシアはセフィを降ろした。眩しそうにシュイノールを見つめる。
「復興したな」
「ん?ああ…だな」
「長くかかりそうか?」
「多分、一週間くらいはな」
「…そう」
よちよちとルイスターシアの足元を歩き回るセフィをハイニールは抱き上げた。乳歯に指を咬ませてやりながら首をかしげる。
「どうした」
「…あ、いや、なんでもないんだ」
ルイスターシアは取り繕ったように笑った。ハイニールの指をかじるセフィの頭を撫で、微笑む。
「ハイニールに似ろよ」
「お前に似てほしいんだがな」
「みー」
ふわっふわの産毛を震わせセフィは甘えるように鳴いた。催促するように前足を動かす。
「ん?ミルク欲しいんじゃねえか?」
「ミルクか」
「みー…」
「んじゃ、おれミルク調達してくるわ」
ハイニールはセフィを抱いたまま調達しに行った。それを笑顔でルイスターシアは見送る。子煩悩なハイニールのことだから、必要なものは全て揃えてくれるだろう。
自分はパソコンの調整をしよう、と方向を変える。
微笑を浮かべながらコートのポケットに手を突っ込んだとき、ゾクッと悪寒がしてルイスターシアは振り返った。
シュイノールの街並みの一角、部品店の壁にもたれている黒髪の男がルイスターシアを見て笑った。
さっきは、いなかったはず。何者だ、とルイスターシアは目付きを鋭くした。
「おー、やっぱ伊達に十年以上ガイアにいるわけじゃねえんだなぁ」
「…」
「ルイスターシア・セフィストレスだろ?」
「だったらなんだ」
「そんな怖い顔すんなって。別にやり合いに来た訳じゃない」
「…お前誰だ」
男は壁から離れ両手をあげた。
うねった黒髪の三つ編みと顔の刺青に見覚えがあった。
「おれはリー・チャン。燈籠の次席だ」
「燈籠…?………っ、ハイニールに手出ししたらただじゃ済まさんっ」
「殺しに来たわけじゃねえよ大丈夫」
殺気だったルイスターシアを宥めるようにリーは手を振った。
「今日用があったのはお前にだよ」
ルイスターシアは目を細めた。
燈籠に狙われる理由がないわけではないが、幹部を差し向けられるのも納得がいかなかった。
ルイスターシアは頭脳派である。肉弾戦は全くできない。
そんなルイスターシアを殺したければ、部下を寄越せばいい話だ。
怪訝そうに睨むルイスターシアにリーは信頼ねえなぁ、と当たり前のことを言った。
「正確にはルイスターシア、にはねえ。…ルイスターレ・セフィーロ大公に用がある」
ルイスターシアは眉をわずかに動かした。
「知らないな」
「そんなわけはねえだろ。あんたの正体のはずだ」
「私はルイスターシア。ガイアの副船長だ。大公?そんなわけはない」
ルイスターシアは腰に手を当てた。
「賊の身だ」
「とぼけても意味無いぜ?」
フン、と鼻を鳴らしたルイスターシアはあきれたようにリーに視線をやった。
「そんな男は知らない。名前が似ているだけだろう」
「蒼い髪に金色の瞳。皇帝家に伝わる色だろ」
「偶然だ。皇帝家に連なる男が空賊になんてなるわけない。帰れ」
ルイスターシアは強固に否定した。
一切動揺も見せない。
リーはため息をつくと手を下げた。
「分かった分かった。そのセフィーロ大公ってのが忽然と姿を消して以来、妹が頑張っててね。なにしろセフィーロ家なんて誰もが知ってて人気も高いだろ?おまけにセフィーロ大公は政治利用された先で姿を消した。帝国としても公に出来ないからまだ取り潰されてねえわけだ」
「へえ」
「本来なら皇帝になるはずのセフィーロ大公は今どこに居るんだかなぁ」
「知らないな。アティナでも使え」
リーがさらに言い募ろうとしたとき、背後からのんきな声が聞こえた。
「おいルイー。セフィがミルク嫌がる……ん?」
「大鷲…」
「ハイニール…」
「どうした?」
異様な空気に気づいたのかハイニールはセフィを懐に隠した。
怪訝そうにリーを見ながらルイスターシアに尋ねる。
「何でもない。道を聞かれただけだ」
ルイスターシアはそう取り繕った。不審げなハイニールにリーは会釈する。
頭の中でハイニールについての情報を引き出した。とんでもない男の城に、ルイスターシアは住み着いたものだと舌を巻く。
賊である彼らと、殺し屋である自分たちはある意味同じ穴の狢だ。
ただ、穴でも自分たちはさらに深いところで血に餓えている。
「道はもう分かったのか」
「もうばっちりですよ」
リーは愛想よく笑った。
ルイスターシアがセフィを抱き上げるとハイニールの興味も移ったのか、ふたりは立ち去っていった。
その後ろ姿を見送るリーの背後に影が姿を表した。
「…間違いないね」
「ああ」
リーはすっ、と笑みを消し、振り返った。
フードを被ったエドヴィンがリーを射抜く。
「あとはラルにやらせる」
「分かった」
「戻るぞ」
「なぁ、あいつ、使えんの?」
リーはポケットに手を突っ込み、ポリポリと頭をかいた。
「さぁ」
「さあって、ちょっとリー」
呆れるエドヴィンの低い頭をポンポンと叩き、リーは笑った。
「シャンが白っていやぁ黒でも白になる。シャンが使うっていやぁ、使えなくても使うんだよ」
その絶対の信頼に揺らぎは一切無く、エドヴィンは黙るしかなかった。
「シャンがレオン坊を死なせるわきゃねえ。もしヴェレや九龍と敵対しても、シャンは間違いなくレオン坊を選ぶぜ……キリ嬢を選んだようにな」
「そのときは…」
「好きに生きな。お前の一生だからよ」
リーはエドヴィンの肩を叩き、追い越した。
エドヴィンは追いかけながらその背中を見つめた。
リーとシャン、どちらが欠けても燈籠は成り立たない。次席に甘んじ、決してリーはシャンより前に出ないが、その存在は大きかった。
「リー!」
「んー?」
「戻る前にさ、スカラベラに寄ろうよ。美味しいケーキ屋があるから」
「ケーキ屋?お前はいつまでガキなんだよ」
「ひどっ」
リーは笑いながらエドヴィンの頭を撫でた。
「しょうがねえなぁ」
「やった」
「太っても知らねえぞー」
チャリチャリとチェイサーの鍵を回しながらリーは笑い、差し込んだ。
黒い大型チェイサーのエンジンを吹かし、上着を脱いでライダージャケットを着た。靴もブーツに変え、フルフェイスを被る。
手袋をしてハンドルを握り、走り去った。
あっという間に見えなくなるその姿を、ハイニールは見つめていた。
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