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黒の誓い
 2



ジオクの呼び出しに快く応じたレオニクスがヴァルディスを伴ってメニア家を訪れたのは数時間前のことだった。
人払いをすませたメニア家の首都の屋敷は閑散としており、姉クリスティンの気配も無い。ジオクは挨拶もそこそこに緊張した面持ちで朝刊を差し出した。

「これは、知ってる?レオニクス」

「…なるほど。中将を」

レオニクスは新聞を読み、あたりを見回した。先手を打つようにジオクは告げる。

「姉さんなら、飛び出していった」

「どうするつもりだ?」

「多分処刑を台無しにするつもり…最悪死んでも構わないんじゃないかな」

レオニクスは呻いた。ヴァルディスは肘をついたまま微動だにしない。
ジオクはちらりとヴァルディスを見て、肩を震わせた。

「虫がいいことは分かってる!でも、力を貸して。メニア家を守るためには僕は表立って動けない。姉さんと中将を助けるには、これしか…っ」

ガバッと頭を下げる。
レオニクスは手をふり了承しようとしたが、ヴァルディスに止められた。
ヴァルディスは緩慢なしぐさで足を組み換え、ジオクを見下ろした。

「ならば。貴様は何を差し出す」

「ヴィー?」

「数日前に刀を向けてきた相手を救わねばならぬ理由はない。どうしても動かしたくば対価を支払え。出来ぬのならレオニクスさえ加担は許さぬ」

「ヴィー!」

レオニクスは非難するように呼んだがヴァルディスはジオクを見るだけだった。

「我らは簡単に力は貸さぬ。レオニクス、お前も最初は魂を引き換えにした」

「そうだけど」

「姉のため、貴様は何を差し出す?クロノスにおいて絶対的な敵の俺に」

ヴァルディスの口調は王のものでありレオニクスは諦めて向き直った。
ジオクはきっ、と睨み据えはっきりと言った。

「目でも腕でも足でも好きなものを捧げるよ!命も、あげる。でも約束してください、命をとるなら、メニア家を守ると」

「要らぬ。貴様を助け、俺に利益になるものを差し出せ」

ヴァルディスは一蹴した。容赦のない要求にジオクはうつむく。
そのまま数分が過ぎ、見かねたレオニクスが口を開こうとしたとき、ジオクがかすかに頷いた。

「分かった…魔力を奪う装置の、設計図を渡す。それに、クロノスで動くときに、力を貸す。これでも、役に立つから」

「ジオク…」

「祖国を裏切るか」

「姉さんの幸せを護れるならね」

ジオクの目は煌々としていた。激しい怒りを押さえ込み冷静な眼差しに焦りがわずかに混ざる。

「姉さんのためなら、何だって」

「…分かった。その報酬で構わぬ」

「本当に!?」

「嘘は言わぬ」

ヴァルディスはゆったりと頷いた。深い息を吐いたジオクを見て安堵しながらレオニクスは言う。

「なんか…似てきたね。シリウスさんに」

「父に?」

「何かを引き換えにしろ、とかそっくり」

「親子ゆえな」

満足げなヴァルディスにレオニクスは肩をすくめた。

「…そういえば父さんも今アイレディアにいるはず…ジオク、安心してよ。絶対に、メニア隊長たちは、救うから」

なにか思い付いたらしいレオニクスの自信たっぷりな笑みに、ジオクは頷いた。














「ってわけだよ」

『誇りを、代償に…』

「誇りなんてどうでもいい。大切な人も守れずに、誇りも何も無いでしょ」

はは、とジオクは笑った。

「ほんとにやってくれた。やっぱ凄いや」

『ジオク…』

「僕はね天竜。レオニクスに、ずっと嫉妬してたんだ。レオニクスは何でも一人で抱えて何でも一人で解決して何でも無いような顔をしてた。凄いのは、それでいて仲間想いで一人では生きれないって知ってるとこだった」

天竜は黙って耳を傾けた。
ジオクは手すりにもたれて空を見上げた。

「一人で死ぬような任務こなして、いつも自由で、…レオニクスが羨ましかった。強いレオニクス、彼が誰かを愛したときの強さはきっと計り知れない。そんな男だからね」

レオニクスの目のような、空が広がる。
手を伸ばしても、届くはずもなく。

「数日前まで、敵だった親友の頼みを二つ返事で了承するような…それでいて敵には容赦のない、甘く厳しくまさに剣士…。今日分かったよ。僕は、レオニクスの隣に立ちたかった。やっと、スタートラインに立てた気がする」

ずいぶん遠くへ行ってしまったけど、追い付けるはずだ。

もう後ろ暗いことなんてない。含みなく、笑えるんだ。だって、戦争は終わった。負けてしまったけど、終わったのだ。民衆感情に振り回されない絶対者が、影から導くこの世界で、ジオクは生きていく。絶対者はいつかいなくなる。そのときに、この国が揺らがないように力をつけておく。

偉大な親友に恥じぬ友となるために。

「そのとき…君は、隣にいる?」

『ジオクが死んでも、墓の隣に』

「そう…居てくれるんだね」

ジオクは天竜に手を伸ばした。ひざまずく天竜の額に触れる。

「でも君は、あと…」

天竜は微笑んだ。

『貴方のために……必ずや、護れる道を探す…貴方の涙だけは、見たくない…』

額にあるジオクの手を優しく包み、頬にあてる。
擦り寄せるように顔を傾け目を閉じた天竜にジオクは戸惑ったが振り払うことも出来ずにただ身を委ねていた。



その暖かさが愛だと、ジオクは知らなかったのだ。




□□□□□





同刻魔界。ローゼンから数キロ離れたとある平野。


「わぁ…」

ヴァルディスの不在に便乗したヘリオスは武器たちの助けをかり、生まれて初めて街の外の魔界に出てきていた。
本来の魔界がそこにはある。本能を剥き出しにした生存競争と、目を疑うような美しい自然。
浮かぶ山、流れ落ちる滝、深い谷に広大な草原。人型を取り直したヘリオスは大小さまざまな種族たちの間をすり抜けて初めての冒険に胸をときめかせていた。

「きれい……」

兄の世界の美しさに言葉が見つからなかった。
呆けるヘリオスに、影が落ちる。

「え…?」

振り返ったヘリオスは息を飲んだ。巨大な牙を持つ獅子虎がよだれを足らしながら飛びかかってくる。

「っ!」

思わず翼を出して体を庇う。食われる!と想った瞬間、空気が動く音がして続いて何かが落ちる音がした。

そろり、と翼から顔を覗かせたヘリオスの目の前に先ほどの獅子虎の首が落ちていた。その向こうに、ぬぅっ、と立つ3メートルはありそうな大男の姿が見えた。焦げ茶色の髪に蒼と碧のオッドアイ、左肩の刺青。魔麒麟族だと瞬時に分かった。
シンプルな片刃の大剣を担ぎ、筋骨隆々な上半身をさらした大男はジロッとヘリオスを見た。

「黒竜のくせして弱いのか」

「えっ」

「まともに狩りも出来ん黒竜など初めて見た」

ヘリオスは俯いた。やっぱりそうなのだ。自分は出来損ないでしかない。

「まあ狩りは出来ずとも…な」

「え?うわぁっ!」

大男は軽々とヘリオスを担いだ。急に不安定になり、ヘリオスは暴れるが大男には全く効かなかった。

「降ろせ、降ろして!」

「なんで助けたと思ってるんだ」

刀を背中の鞘に納めた大男はヘリオスを担いだまま走り出した。
平野を抜け、森へわけいる足に迷いは無く魔物たちの間をすり抜けて大男は疾走した。

「なんでって、…」

「弱肉強食、喰われそうだったから助けたんじゃない。…黒竜の穴は病み付きになる良さだと有名だからな」

「穴?穴なんて無い」

「ケツの孔だ。排泄しない黒竜の穴は性器そのもの。たまらないらしいじゃないか」

そこまで言われて初めてヘリオスは大男の意図に気づいた。
しかしそのころにはすでに巣穴らしい洞窟に到着しており、逃げる間もなくヘリオスは毛皮の上に投げ出された。

「黒竜なんてなかなか抱けない、助けた礼に一発くらいヤらせろ」

今さら後悔しても遅い。
覆い被さる大男に衣服を剥ぎ取られそうになってヘリオスはポロポロと涙を溢した。それを見た大男はギクッと体を強ばらせ手を引っ込めた。

「な、泣かないでくれ」

「良いのだ兄上の目を盗み言いつけを破った私が悪いのだ」

「泣かないでくれ、どうしていいか分からなくなる、頼むから、泣かないで」

先ほどまでの高揚はどこへやら、一変しておろおろしはじめた大男はそこらへんに放置していた布でヘリオスの顔を拭いた。
意外な優しさに驚いたヘリオスの涙が止まる。大男は安堵したように息を吐いた。

「分かったもう襲わないから泣かないでくれ…」

「良いのか…?」

「泣くほど嫌なんだろう?無理やりは趣味じゃない」

ため息をついてそう言った大男はしゅるり、と巨大な魔麒麟へと戻った。

『お前も戻った方がいい。まともに狩りも出来なくても黒竜ってだけで恐れて近づかない奴は多い』

ヘリオスは迷ったが、言葉に従った。小柄なヘリオスは魔麒麟の半分ほどの大きさしかなく、警戒するように後ずさった。

『夜行性がほとんどだからな。今からの時間は出ない方がいい』

魔麒麟は気にした風でもなく足を折るとヘリオスを囲むように前足を動かした。
離れて横たえるほど、巣穴は広くない。

『うぅっ…げほっがはっ』

『どうした?』

軽い熱を感じたヘリオスは咳き込みながら横たわった。
前足の暖かさを甘受してしまう。とことん性善説のヘリオスは先ほど目の前の魔麒麟にレイプされかけたにも関わらず弱った体を預けた。

『病弱なのか?辛いか?』

『すぐに…治まる』

魔麒麟は戸惑ったようだが、とんだ拾い物をした、という言葉のわりに優しくヘリオスの毛繕いをしてやった。

『病気のとき、毛繕いしてもらうと安心出来る』

『本当だ…』

思えば立場上誰かと抱き合ったこともなく、いつもベッドにひとり沈んでいた。

ぞんざいな扱いは初めてじゃないけれど、何かが違う気がした。

『俺はシトラス。お前は?』

『へ…』

ヘリオスは名乗りかけてハッとした。
自分は、街の外では未だに裏切り者の憎いヘリオスなのではないだろうか。自分がヘリオスだと分かれば、彼は憎しみを向けてくるかもしれない。それでも、嘘はつけなかった。

『ヘリオス…』

『ヘリオス?へえ、陛下の弟君と同じ名前か』

あっさりとシトラスは言った。それどころかそのヘリオスだと気づいてすらいないようだった。

『まさか殿下?…そんなわけ無いか。殿下は公の場に出ないけどめっぽう強いらしい。すぐに泣いて狩りも出来んお前が殿下なわけないな』

いえ、その殿下なんですが、と言える雰囲気では到底無く、ヘリオスは力無く笑うしかなかった。










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あきゅろす。
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