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黒の誓い
 1


燻った想いは愛にも成れず恋にも成れず、ただ、胸を焦がしていた。

何にも成れなければ、壊すことすらも出来ない。












「もう行くのね?」

目を閉じると浮かぶ微笑。
彼女は優しい女性だった。
ウェーブする茶髪、細く儚い体に、微笑み。幼い頃からの許嫁の彼女を守ることに何の疑問もなく、愛することに何の障害も無かった。
彼女しかいないと思っていたし彼女もそうだっただろう。

「待っているわ。あなたが帰ってくるのを。だから、きっと戻ってね」

彼女はいつもそう言った。
戦争が続くこの国で、戦地へ赴く私へ。
願いをこめたロザリオを持たせ、笑顔で見送ってくれた。

けれどある日戻った私を、彼女は出迎えられなかった。

空爆により、跡形もなくなった、彼女の家。深夜の奇襲に、成す術はなく全滅したと聞いたのは直後だった。


戻ったのに、彼女のほうがいなかった。


優しい女性だった。私を愛して、私を待つ許嫁は戦火に焼かれてしまった。

「待っているわ」

その言葉だけが忘れられない。
彼女以外を愛してしまった私を、戒めようとしているのか。

彼女の顔すら思い出せない今、その言葉だけが、反響する。

形になれない想いが何にも成れずにただ吠える。


私は死ぬ。


殺されたら


彼女は笑うだろうか。



あの子は、きっと泣くだろう。



たしかに、愛していたあの子は……








そのとき



音がない世界でただ銃口を見つめる私の視界を、誰かが切り裂いた。



「誰だ!?」


「中将の腹心どもか!?」

「違う!あれは」


処刑台を守る兵士を蹴散らすフードの者が、ばっとマントを脱ぎ捨てた。

翻る金髪。ぎんっと睨む碧眼に、私の目は奪われた。


「クリスティン・メニアは今、この時をもってして召喚剣士をやめさせてもらう!そしてミハエル・オルトヴィーンの命をもらい受ける!」




■■■■■




クリスティンの乱入により騒然とした処刑場も、ものの数分で統率を取り戻した。
銃口がオルトヴィーンへ向けられる。兵士とやり合うクリスティンには止められない。
処刑を指揮するバルバ准将は苦虫を噛み潰したような顔で発砲を命じた。

しかし、銃口が火を噴く前に凍りついてしまった。

「ギャアッ!」

「次は何だ!??」

「あいつだ!」

「ウワァアア!こっちもだぁあっ」

「上だ!竜だぁあっ」


あちらこちらで起こる攻撃。
バルバ准将は唇を噛み締めた。

「くそっ、なんなんだっ」

「あいつら……!黒竜王一派じゃないか!?」

混乱のなか、兵士のひとりが指差した方向に4人の男がいた。
4人全員仮面をつけているが、魔力が半端ではない。

「黒竜王ってそんなの知りませんけどー?なー、アドルフ」

「誰のことだろうなレオン」


真ん中の男がとぼけると黒髪の男が応えた。
男たちは仮面舞踏会のような華美な仮面をつけていた。
赤い髪の男が「依頼を受けた傭兵だ」と言い、黒髪を三つ編みした男が「どーも、よろしく」と言った。

「仮面傭兵団『灯台もと暗し』です、どーもー」

目元を覆う仮面の向こうで目を細めた茶髪はすらりと剣を抜いた。
蝶々のような仮面がよく似合っているがその青い目は隠せていない。


「ふざけた連中め…!構うな!オルトヴィーン中将の処刑が先だ!」

「兄ちゃん!」

「あいよっ」

三つ編みは圧倒的スピードで駆け抜けた。
黒髪がどうやら襲撃を指揮しているらしく、空中の竜たちは退いた。
三つ編みがバルバ准将を処刑台から引きずり下ろす。

茶髪はクリスティンと兵士の間に割り込んだ。

「ザーヴェラ…!どうして」

「報酬、貰いましたから。あなたの弟さんに」

「報酬?」

「ええ。だから、今だけ、あなたを助ける……って、ザーヴェラじゃないです、レオンです」


レオン(自称)はそれだけ言うとクリスティンの背中を押した。

「だから、とっととさらっていって下さい」

「………っ、言っとくがお前らが大嫌いだからな」


「こっちもですよ」

レオンは笑い、クリスティンは一目散に走った。
味方につければ、こんなに頼もしいとは思いもしなかった。

開けていく道。

赤い髪の男と三つ編みは見覚えがなかったが、相当強いとは分かった。

姿を見せないジオクに感謝しながら、処刑台に飛び上がった。
鎖に戒められた中将はゆっくりとクリスティンを見上げた。

「なぜ来た……」

「中将」

「戦争の痛みをぶつける相手が必要なのだ!ひきたまえ!祖国に殉ずることが出来るなら本望……」

「ふざけんな!」


ぐいっとオルトヴィーンの胸ぐらが捕まれる。
怒りに燃え上がる碧眼がまっすぐにオルトヴィーンをにらんでいた。

「死ぬ覚悟があるなら、私と生きてみろ!無実の罪で犬死にさせるくらいなら、何もかも捨てて貴方と逃げます!地獄の果てまでも、あなたが望まなくても!」


「クリス、ティン」

「たとえ反逆者になろうとも、あなたを殺させはしない!」

息をあらげたクリスティンはオルトヴィーンの鎖を切った。用意していたチェイサーに飛び乗る。

「逃がすな!チェイサー部隊!」


「すみませんタイヤが……」

「空挺はどうだっ」

「連絡取れないっすねー」

「くそっ、騎馬隊!」

「腹下しちゃって」

バルバ准将に頭を下げた兵士がオルトヴィーンにウィンクした。
見覚えのある顔にオルトヴィーンは息をのむ。

なにか言う前にチェイサーは加速し、あっという間に処刑場から遠ざかった。

小さくなるチェイサーを見送り、仮面の傭兵団も姿を消す。まるで狐につままれたような沈黙がおりたが、オルトヴィーンに逃げられたのは明白だった。


「バルバ准将、如何しますか?」

「……私も降格だな。オルトヴィーンは処刑したが死体を奪われた。そうだな?」


同意を求められた兵士は頭をかき、首をかしげて「急に眠くなったんで誰が持っていったか分かんないですよねー」と言った。

「奪われたら仕方ないよなー」

「うんうん」

白々しい言葉を並べる兵士たちにふっと笑みを浮かべ、バルバ准将はタバコをくわえた。

「さらばです、中将閣下」


ミハエル・オルトヴィーンという存在が死んだ瞬間だった。




■■■■■




「心配せんでも、もう逃げたで」

「何しに来たの」


とある建物の屋上。見下ろすジオクは背後からかけられたエセ方言に冷たく言い返した。


「なんやぁ思ったよりつまらんかったから、ジオクたんの顔でも見よう思うて」

「死んでほしかったわけ?」

「別にぃ?世の中、そんなに思い通りに行かんとわかっとるのに、姉想いやねえ」

ブラックはにたりと笑った。

「メニアよりオルトヴィーン。愛っちゅうんは、おろかなもんやなぁ」

「うるさいよ」

「お姉ちゃんはおらんで?ジオクたん。君じゃなくあの男を選んだんやからな」

「うるさい…」

「レオたんも、お姉ちゃんも、君は選ばん。君はひとりや」

「うるさいって言ってんでしょ!」

ジオクは剣を引き抜いた。ひらりとかわしたブラックは距離を取って笑みを浮かべた。

「冷静になり、ジオクたん。君は、メニア家を守るんやろ」

「うるさい!どっか行ってよっ」

「まだや。無償の愛のつらさ、よう分かったやろ?」

ブラックはにたり、と笑い、「次は面白いもん、見せてな」と言ってきびすを返した。
その背中が、霞みそうでジオクは剣をおさめ、目を擦った。

「ブラック、あんたは」

「ん?」

「愛してるもの、無いの?愛って、なんなの?」

ブラックは振り向き、唇に指をあてた。

「ボクに聞きたかったら、快楽払わなんよジオクたん」

「………」


ふと浮かぶ微笑。どこかで見た気がしたが、思い出す前にブラックは出ていった。
ジオクはため息をついて眼下のラ・ベーテを見下ろした。

荘厳な城塞。
はためく旗に、もはや威厳はない。
この静かな都市を走り抜けていった姉たちへ、ジオクからの最後の贈り物は役立ったはずだ。

ジオクはこの国で、姉の夢だったメニア家再興を果たさなければならない。


『…ジオク…』

「天竜…どうしたの?」

『悲しげゆえ……声をかけずにいられなんだ』

「…竜って、みんなそう優しいの?天竜は、怒らないね」

天竜は目をふせた。
白髪が優美な顔を隠す。

『竜は……気高い。戦うための黒竜、炎の化身の炎竜……私は、クロノスを護るためにいる。竜は…どちらかといえば激情を秘めている』

「そう…?」

『私は、…悲しげなジオクに…怒りなど湧きようもないだけ…』

「そんなに、悲しげ?」

『ひとりじゃない……私を忘れないで欲しい……護りたい…』

「ありがとう」

天竜は伸ばしかけた手を握りしめた。
触れられなかった。

その代わりに尋ねた。

『報酬って…なんだったんだ?』

「え?…ああ……」

ジオクは思い出したように目を瞬いた。

「姉さんの考えなんて丸分かりだったからね……僕に出来ることをしただけなんだよ」

『出来ること?』

「うん…」

ジオクは目を閉じた。

愛なんてわからないから、何をすればいいのかなんて解らなくてただがむしゃらに、姉のためになることを探した。

「姉さんだけは、死なせたくなかったから」

厳しくて優しい姉が初めて愛した人を死なせるわけにももちろんいかなくて。

燻った感情のままに、ただ動いた。


「僕は、いまから数時間前に、一番頼れるひとに連絡を取った」


『一番、頼れる……』

「優しくて男前で真っ直ぐな、親友にね」

ジオクは語りだした。


それは数時間前のこと。







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あきゅろす。
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