黒の誓い
17.5
17・5
ハレスがバディドを癒そうとするのを制してユアンが治療を申し出た。
ユアンの治癒能力では傷は完全には癒えないのは分かっていたがバディドもそれがいいと言い、ハレスは「おや、御熱いですね」と言って微笑みながら了承してくれた。
とにかく陣営に戻り、与えられたテントに入る。治してもらったセレウスやフェアラは契約が戦が終わってからすることになったのもあって戦で役立てないのならと雑用を手伝いに行った。急遽造られたテントは質素だったが召喚獣の扱いとしては別格だといえた。
傷が膿んできたのかふらつくバディドが絨毯に倒れこむ。ユアンは抱えていた本を置いてぴょんぴょん跳ねながらバディドの傷を診た。
『片目、もうダメだろ』
『ああ。男前が上がったじゃねーの』
『だろ』
ぽわ・・・と温かい感じ。
怪我をするたびに治してくれた、覚えのある感触。
『バディド』
『ん?』
『これまで、何してたんだよ』
『まるで野生の暮らしだよ。狩りして野宿して痕跡辿って…ボルケナに迷い込んだときは死ぬかと思ったぜ』
バディドは肩を竦めて言った。
体中に残る傷跡にユアンはきゅうっと胸が締め付けられた。
誰もいない精神世界で、自分のエリアに置いてある籠とクッションと本に囲まれてずっと待っていた。
いつか帰ってくる。いつかセレウスもフェアラもバディドも戻ってくる。そう信じて。
ついていかなかったのはレオニクスと離れられなかったから。ついていきたいと思わないでも無かったけれど、それよりも行って欲しくなんてなかった。
『レオニクスは、色々あったみたいだぜ』
『知ってる。いでっ!優しくしろよ』
『お前なんかに優しくするか!バカ!』
癒せるところまで癒し、体を全部使ってぎゅうぎゅうに包帯を巻いていく。
タオルで血を拭えば治療は完了だ。
『あとはこれを1日1回塗ればいい』
『ふうん』
『ちゃんと聞けよ!命に関わるんだぞ』
『別に。ユアンがしてくれるだろ』
のそっと頭を動かしたバディドはめんどくさそうに言った。
ユアンはバシッと軟膏を投げつける。
『バーカ!誰がお前の世話なんかするもんか!』
『った…いたっ…っつぅ…』
バディドは顔を伏せた。苦痛の声が洩れる。ユアンは血相を変えて近寄った。
『お、おいどうしたんだよ、いたいとこに当たったか?おい大丈夫か、おいバディド!』
『ほら。来た』
けろりとして言い放ち、バディドは痛みなんてありませんというように欠伸した。つまりは騙されたのだと気づいたユアンは『バディドのバカ!』と怒鳴ってくるりと背を向け、本を開いてしまった。
その本が傷への対処法の本だとバディドは気づいている。さっき治療していた小さなウサギの手が震えていたことも知っている。どれだけ悪態をついたところで、ユアンがこのテントから出ることがないことも分かっている。バディドが異変を起こせばすぐに気づくように耳の意識を全てこちらに向けていることも感じ取っている。
もう、斬られた片目は痛くない。もう、心も痛くない。
ひねくれているけれど優しいウサギの背中を見つめながら、バディドはゆらゆらとした意識の中に沈んでいった。
終
おまけのようなものです。
拍手とメルマガと迷ったのですが本編なのでこちらに。
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