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黒の誓い
 17




時間は少し遡って数時間前。

ガイアが魔界軍の陣営に降り立った。登場した王を迎えるのは大将軍と、その傍らに連れられて歩くクリフだった。
出てきたハイニールとルイスターシアは揃って顔をほころばせクリフを囲んだ。

「おいこらクリフ!やったじゃねえか!さすが俺の息子だぜ」

がしがしと頭を撫で繰り回してハイニールは豪快に笑った。
ルイスターシアもむにむにとクリフの頬を撫で回して微笑む。

「あまり心配させるんじゃない、全く」

『やめろ恥ずかしい』

「なんだと〜うりゃっ」

「照れるな照れるな」

うりゃーと言いながらクリフの頭にぐりぐりと拳骨を押し付けるハイニールにクリフは早々に降参した。ルイスターシアの耳を引っ張る攻撃も地味に痛かったのだ。
どうもこの育ての親には敵わない。
そんな親子の会話を微笑ましく見ていたレオニクスはヴァルディスがバスティアンに祝いを述べているのを聞いて慌てて言った。

「あ、バスティアンさん、良かったですね。ハラハラしてましたが、幸せになってくださいね」

「レオニクス様、ありがとうございます」

バスティアンは嬉しそうだった。厳しい顔も今は緩んでいる。
ルイスターシアはバスティアンと目が合うと立ち上がった。そして頭を下げる。

「愚息ですがどうぞ末永くよろしくお願いします」

「いえ。こちらこそ、ご子息には救われました。我がアドルガッサー家はしがらみも多くご子息にはいらぬ心労をかけることも多いかと思いますが、誠に良きお方に巡り合ったと感謝してもしきれないほどです。どうぞ、これからよろしくお願いいたします」

バスティアンも頭を下げる。
クリフはハイニールに『いい嫁だろ?』といわんばかりの目を向け、ハイニールはクリフに「出来た奥さんだろ?」と自慢げな目を向けた。
何の自慢合戦かは分からないがどっちも譲る気はなく、かといって険悪になるでもなく「「だよね〜」」みたいな空気を垂れ流してそれぞれの伴侶を熱い目で見ていた。
嫁命の息子の育ての父もまた紆余曲折ありながらもパートナーラブなのである。しかもどっちの嫁も貴族。どうやら趣味は似るらしいと勝手な解釈をレオニクスがしたとき、空から『ぴいいいいいいいぎゃああああああああああ!!』という悲鳴が聞こえてきた。
見れば一匹の黒竜が背中に白い髪の男を乗せて急降下してきているところだった。ふわっと着地する寸前にその男が黒い物体を抱えて飛び降り、黒竜は人型を取った。

「ハレスさん!ディシス!そしてチビ!!」

「ただいま到着しました」

ディシスはすぐに狼の姿に戻った。地上におろされたチビもといアポロンは大きな眼に涙をためてがくがくと震えながらコチコチに固まった体をコテン、と倒れさせてしまう。呆れたディシスが前足で立たせるがハレスの飛行に怯え捲くった挙句硬直しているアポロンはこてん、とまたころんだ。
クリフは興味津々に倒れているアポロンに鼻面を近づけた。びくぅっと身を竦ませたアポロンを鼻面で転がす。

『ぴぅ!』

『怯えずとも獲って食ったりせん』

『雄らしくしないか』

『ぴううううう』

クリフは興味が失せたのかあまりに怯えられるのでつまらなかったのか、離れていった。苦笑したハレスがアポロンを取り上げる。

「ご紹介します。私のクローンで、私が引き取りました、コーディル家の嫡男のアポロン・コーディルです」

「へえ太陽って意味か。いい名前じゃねえか」

「でしょう?ほらアポロン、ご挨拶なさい」

アポロンはぺこりと頭を下げた。
レオニクスはにこにこと笑いながら目線を合わせる。

「久しぶりだね。アポロンって名前貰ったんだ。アポロンは今いくつだっけ」

『ぴう〜…(いくちゅ・・・)ぴゃっ!(ぜろしゃい!)』

翼を上げて答えたアポロンにレオニクスの顔は全開にデレっとなった。
ルイスターシアとハイニールは「クリフのガキのころを思い出す」と言いながらクリフを撫で、バスティアンは『可愛いな』と心の中で呟きディシスは「よくできました」と舐めてやった。

「やはり引き取ったか」

「ええ…。無理を言って引き取りました」

ハレスが感慨深そうに言った。ヴァルディスは無表情を崩さないままハレスの肩を叩いた。

「ジェズもゲオルトも祝福していた。向こうへ戻ったら会いに来るそうだ」

「ああ。お久しぶりにゆっくり会いたいものです」

ヴァルディスは目を細めた。アポロンを取り囲んでわいわいと騒ぐレオニクスたちを見つめる。

「ハレス」

「はい」

「俺、ハレス、バスティアン。魔界を担う中心だった我ら三名は、真に守るものを持たずにこれまで生きてきた。我々のいずれも当たり前の家庭を味わわず、それぞれ家名と地位に追随してくる責任と守るもののためにやってきた。それが、今はそれぞれが大切な者を得、守るものを得た。それは弱みとなるかもしれぬ。だがこれらのものを得て初めて我らは真の戦士となった」

「はい。私もそう思います」

失うものがない強さは恐ろしいものがあるけれど、それよりも何かを守りたいという気持ちの上の強さのほうが大きい。
ヴァルディスはレオニクスを。ハレスはディシスとアポロンを。バスティアンはクリフを。それぞれ得て、悲しみ苦しみを乗り越えて、愛する者を守るという力を手に入れた。

「今回の戦争、怒りで刃を振るな。――守りたいという思いで、戦うのだ。向こうも祖国を守りたいという気持ちで刃を振り下ろしてくる。…戦士として、同じだけの覚悟をもってして挑むことが礼儀だと、そう徹底しておくのだ」

「はい」

たとえそれが徹底的に潰すことになったとしても、全力で挑むのが戦士の礼儀。
生半可な遊び半分で駒を進めるのは戦への冒涜なのだ。王の言葉を胸に刻みつけ、腹心はしっかりと頷いた。

「全員揃ったところで、会議に入りましょう」

ぱんぱんと手を叩き、テントを指し示す。
アポロンは部下に預けて指令本部のテントに入った。
真ん中に置かれた机をぐるりと囲む。ハイニール、ルイスターシア、レオニクス、ハレス、バスティアン、ヴァルディスを中心に作戦が立てられ、それが各部隊の隊長たちに配られる仕組みだ。
ディシスとクリフはそれぞれの立場から意見を述べることはあるが基本的に会議にあまり発言しない。

「ガイアはホールド・セカンズに専念してくれて構わん。おそらく向こうもそのつもりのはずだ」

「ああ。分かった」

「こちらは手出ししないほうがよろしいでしょう?」

「もちろんだ。もしガイアが負けても、多分あっちは退くだろうからそのままでいい」

「分かった。そうしよう」

ヴァルディスが頷く。

「クリフ、神獣は一体どういう能力を持っている」

『魔力は持たんから魔術はほぼ効かない。神界であればもう少し役に立つが、ここでは…野生のものたちの協力を呼びかけるくらいしか出来ない』

「野生の協力を?」

『神獣は高位の神の護衛をする役目を持つが元を正せば野生の獣の神でもある。だから俺は野生の者たちに呼びかけ、協力を仰ぐことならできる』

『おぬし、図体がでかいだけではなかったのか』

『喧嘩売ってるのか?ディシス』

思わずぽろっと言ってしまったディシスをじろっと睨みつけたクリフにヴァルディスは言った。

「それは遠くにいる者でも出来るのか」

『神界ならばクロノス全土に出来るが。ここでは出向かなければ』

「ならばデミル平野ならば往復して間に合うな。あそこのデミルライオンたちに向こうの厄介な魔力を奪う装置を破壊してもらいたい」

『分かった』

クリフは頷いた。

『必ずや引き連れ戻ってこよう。――ハイニール、ルイスターシア、必ずまた会おう』

「おう。地上から見てろよ」

「また会おう」

ハイニールは手を上げ、ルイスターシアは微笑んだ。頷いたクリフはバスティアンを見る。

『もう二度と、お前の魔力は奪わせない』

「あ…」

バスティアンが何か言う前にクリフは出て行った。今からタナトス・ルースを駆け下りて今度の戦場となるタナトス・ルース平野を抜け川を隔てた先のデミル平野へ向かうのだ。戦争に間に合わせるためには往復で一昼夜走り続けなければならないだろう。
しかも内乱でも使われたその装置は当然最前線に設置される。それの破壊任務は最前線の戦線を意味するのだ。

「バスティアン…」

案じるようなハレスの声にバスティアンは頭を振った。

「クリフなら大丈夫だ。――会議を続けよう」

バスティアンのその言葉に全員が頷き、会議は続いた。
白熱する論議、次々に決まる懸案をまとめながらの会議が終わりに近づいた頃血相を変えた近衛隊員が飛び込んできた。

「失礼します!!川でアポロン様を水浴びさせていた王の侍女が襲われ、アポロン様が連れ去られました!!」

『なんだと!?』

「!?」

ハレスが顔色を変えた。ディシスも血相を変えて立ち上がる。
ヴァルディスは眉を潜め、レオニクスも目つきが険しくなった。

「アイレディアの仕業ですか」

「分かりません」

『――あのときの男達では…?』

「殺しておくべきでしたか…!こんなところまで追いかけてくるとは…!」

ハレスは悔しそうに言うとディシスを振り返った。

「ディシスさん!探査は…?」

『引っかからぬ。2kmを出てしまったようだ』

「今捜索隊を編成し捜索しています。そこまで遠くへは行っていないかと」

部下を押しのけハレスはテントを出て行った。ディシスもその後を追いかける。レオニクスたちも慌ててテントを出た。
ハレスの周りの空気がぴりぴりとしている。あの男達ならすでにもうアポロンは殺されているかもしれない。そんな思いが目に見えるようだった。
そのときの王の侍女が泣きながら詫びるのを遮ってどこへ行ったかと聞き出す。「あっちです」と指されたほうにディシスを伴ってハレスは走り出した。

「常に探査を!引っかかったらすぐに教えてください」

『分かっておる!』

山を駆け下り、森のほうへと向かう。数kmも奔ったときだった。
ディシスが突然止まった。頭を上げ、耳を済ませている。
後を追いかけてきたレオニクスたちも、ハレスも不思議そうにそんなディシスを見た。

『やはり――これは…ハレス、大丈夫だ』

「え?」

『案じる必要はなくなった』

「アポロンがいましたか!?」

『ああ。こっちに向かっている。――主、あいつらだ』

「あいつら…?」

ディシスは頷き、黙った。
それ以上何も言わない。レオニクスは首をひねりながらディシスの見ている方向を見つめた。
数分が経ち、段々足音が聞こえてきだした。複数の獣が走る音だ。
やがてがさごそとくさむらが動き、がさり、と足音の正体が姿を見せた。
レオニクスは目を見開いた。
びっくりしたように固まっている三匹には嫌と言うほど見覚えがある。
そのうちの一匹黒い大きな豹がくわえている布から『ぴい…』と聞こえハレスは弾かれたように走り寄った。

「アポロン!!」

『ぴぎゃ…』

ぐったりとしたアポロンを豹から受け取り、ハレスは抱きしめた。目立った外傷も無く怖い思いをしたストレスで衰弱しているだけのようだった。
それより怪我がひどいのは運んできた黒豹とその背中の鳥である。

レオニクスは慌てて走り寄った。未だに呆然としている豹の、切り裂かれた痕も生々しい傷を見て、垂れ流されたままの血がつくのも構わずに抱きしめた。翼が傷つき折れているのか変な方向に曲がっている鳥が小さく鳴く。

ハレスはハッとしたようにその三匹に向き直った。

「あなたたちがアポロンを助けてくれたのですね?このような傷を負ってまで助け、重傷なのに連れてきてくれたのですね?」

「コーディル、ここで癒してやって、陣営に戻ってゆっくり休んでもらおう。手配はしておく」

「ええ。ありがとうバスティアン。ああ、ありがとう。あなた方。私は傷を癒せます。――レオニクス様、お知り合いですか?」

捜索隊の撤収と後始末をするためにバスティアンが飛び去り、レオニクスは頷いた。

「バディド…セレウス、フェアラ…。良かった、生きてたんだ、良かった…ごめんな?ずっと、放っておいてごめん。まだ俺のこと怒ってる?」

その言葉に今まで硬直していた三匹はびくっと動いた。バディドはレオニクスを振りほどく。哀しそうな顔をしたレオニクスに弁明するように頭を振った。

『違う!レオニクスは何も悪くねえ!だが俺たちが今更あわせる顔なんて、赤ん坊だって、分かる場所に置いて帰るつもりだったんだ、たまたま、襲われてたから、助けただけで、俺たちは、』

『その赤ん坊は我とハレスの子だ…。礼を言うぞバディド、フェアラ、セレウス』

『ディシス…そうだったの…』

『俺たちは、レオニクスを裏切った身だ、今更優しい言葉なんてかけてもらう資格はねえんだ!』

ずっと追いかけて、この数ヶ月何度謝ろうと思ったことだろう。
でも出ていくなんて出来なかった。ヴァルディスやディシスに囲まれて幸せそうなレオニクスの中に、もう自分たちはいないのだと、自分たちで捨ててしまったのだと思うと姿を見せるなんて出来なかった。
黒竜王への恐怖も、怒りも何もかも、レオニクスに比べれば些細なことだったのに。契約を破棄して初めて気づいた。黒竜王が自分たちを庇護下に置き続けてくれていることに。
全てが遅かったのだ。取り返しのつかない裏切りをした後で、大切な者を傷つけたその声で、一体何を謝ることが出来るだろう。

セレウスが鳴く。傷から血を流したまま、バディドは後ずさった。
そのまま踵を返そうとしたバディドに、ディシスの静かな声が降りかかった。

『――ユアンは、お前達の帰りを待ちたいから、と精神世界から出なかった』

『――』

『魔界の、王城には、お前達のための部屋がもうずっと前から用意されている。我はお前達と馴れ合うことも殆どなく互いに理解もしあっていなかったがユアンを含めたお前達は、大層仲が良かったのだろう?』

『ディシス…』

『いつでもお前達が帰ってきてくれるように、と精神世界もそのままにしてある。召喚陣も、破棄されていない…。ここ数ヶ月、召喚されただろうにお前達は一度も契約していないのだろう?その、誰とも』

『――っ』

レオニクスが手を伸ばした。
アポロンを抱えたハレスが微笑み、ヴァルディスは肩を竦める。

「帰ってきてくれないか…俺のことを許しているなら」

バディドは俯いた。セレウスが突く。フェアラが方向を転換させ、頭を下げた。

『レオニクス殿、ごめんなさい』

『すまなかった。もう一度、共にいかせてくれ』

寡黙なセレウスが流暢に喋る。残されたバディドはちらりとレオニクスを見た。レオニクスはにっこりと笑って手を差し出したままだ。片目だけになった目から涙がぽろりと落ちて、バディドはレオニクスに飛びついた。

『許してくれ主――!!ずっとずっと後悔していたんだ、すまない、ごめん、ごめん主、ディシス』

「うわぁ」と倒れこんだレオニクスは笑った。
好い事続きだと晴れやかに笑った。そして召喚陣を描いた。ぱああと光りだしたそこから飛び出したのは白いウサギだった。ユアンはバディドたちを見つけると抱えていた本で思いっきりバディドを殴った。
そして小さい体で思いっきり抱きついた。
待っていたんだと泣いた。ずっと、一人ぼっちで待っていたんだと泣いた。やっと全員揃ったとディシスが笑った。そして今まで押し隠していた拭えない虚無感が埋められた、とレオニクスが大声を上げて笑った。







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