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黒の誓い
 13




けたたましい泣き声にハレスは眼を開けた。
途端に襲ってくる酷い頭痛にぐらりと視界が霞む。無理やりこじ開けた眼の端でディシスがうめきながら横たわっていた。見慣れない、黒服の男達が何かを抱えている。泣き声の正体はその何かだった。痛みを自身の能力で癒しながらハレスは目をこらした。


『ぴぎゃああああああああああああああ!!!(おとうしゃあああん!!おかあしゃああああん!!)』


それが耳に届いた瞬間ハレスはハッとした。何かとはチビのことだったのだ。チビを狙って襲撃されたらしい、と冷静な頭が分析した。


「もうデータは取った。それは用済みだ殺せ」

「残しておくと後々厄介だからな」

『ぴぎゃあああ!!!』

『チ、ビ…!』


ぎらっと光るナイフがチビに振り下ろされる瞬間、ヒュンッと風を切る音と共に侵入者の手を鞭が切り裂いた。
思わずナイフを取り落とした暗殺者はぎらっと鞭の出所、ハレスを睨む。
侵入者は三名、ハレスはギッと睨み返した。
今の一撃で侵入者の手が落ちなかった。人間ではない。


「もう術が解けたのか!?」

「仕方ない、さっさと殺して逃げるぞ」

ナイフを落とした侵入者が今度はチビの首をへし折ろうと手を伸ばす。
一人は逃走し、一人はハレスに対して臨戦態勢を整えていた。おそらく逃走したひとりがデータを持っている。

ディシスが頭を振って悔しそうに顔を歪めた。ハレスの横顔は厳しい。チビを殺せという命令が出ている。このまま見ていれば、自分の手を下さずにチビは死ぬ。ディシスがいくら見つめても、ハレスの横顔から何も読み取れなくて、動かない体を必死にチビに向かって動かすしかなかった。

『ぴぎゃあああああ!(おとうしゃんん!!たしゅけてえええ)』


チビがハレスを見た。ハレスの表情が動いた。

それは一瞬のことだったと思う。
爆音と共にハレスから放たれた氷の刃が侵入者を襲った。防御膜に弾かれたものの、隙をつかれた侵入者の手が止まる。
そしてハレスが叫んだ。



「飛びなさい!チビ!!」


びくっとしたチビが暴れた。羽をめちゃくちゃに動かし、爪で引っかく。力の緩んだ隙に転げ落ちたチビの体をハレスの鞭がしゅるっと捕え、引き寄せた。
ぽんっと腕の中に落ちてきたチビ。眼をぐずぐずにしてガタガタ震えながらハレスにしがみついた。
侵入者達が息を呑むのがわかった。まさか取り返されるとは思っていなかったのだろう。すぐに刀を取り出してきたところを見るとチビを殺さねばならないらしい。ハレスはぎゅっと鞭を握った。

「ひとつお尋ねしますが、この赤ん坊竜からどのように情報を?」

「残念だったな。もう情報は抜き取った。ソイツはもうただのクローン、用済みだから始末せねばならない」

「――なるほど、そうですか」

ハレスが眼を上げた。ぎらり、と迸る殺気に侵入者はたじろぐ。紫紺の眼は怒りにたぎっていた。伊達に双璧と呼ばれていない。ずんっと重い殺気は瞬時にその場を支配した。

ひゅんっと鞭がしなる。あたった壁はビシッとヒビを入れ、がらがらと崩れた。わきおこる粉塵の中から襲い掛かってくる鞭を避け、侵入者たちは顔を見合わせて踵を返した。かなわないと判断し、逃げることを選んだのだ。
その背中に向けてハレスは言った。

「あなたがたの上司にお伝えなさい。この竜は私の子です。襲い掛かってくれば容赦はいたしません、と。あなた方も、命惜しくば三十秒以内にこの屋敷から消えなさい」

ディシスは眼を見開いた。
今、ハレスは何と言った?チビを「私の子」だと言ったのか。そして守ったのか。


『ハレス…』

「大丈夫ですか?ディシスさん」

『ぴぎゃあ(おかあしゃん)』

『うむ…って我は母では…』

「いいじゃありませんか、ディシスさんが母で私が父。ディシスさん、チビを私たちの子として育てましょう」

『――ハレス、それは…』

「私が引き取りたいのです。子供は嫌いです。でも、この行き場のない、孤独な子が私を父としてあなたを母として求めている。子供の頃の私が重なっているのは事実です。けれどどんな形であれ生まれたこの竜がもうスパイとして向こうからも用済みとされている以上、私としても殺す理由など無い。生まれたときから孤独なこの竜を私は…」

ディシスは頭を上げてハレスの腕に鼻面を寄せた。チビがくりくりとした眼をきょろっとさせてディシスの鼻に触れる。

『もうよいハレス。放っておけないのは我も同じ。チビの眼、おぬしと同じ紫紺の色を宿しておる。きっと、お主の情報から作られておるのだ。同じ遺伝子ならば、殺せぬのも放っておけぬのも道理。我とハレスの子として、育てよう』

「え?紫紺!?」

ハレスは慌ててチビの眼を開かせた。
紺色とばかり思っていた目はうっすらと紫づいていた。これはコーディル家にしか伝わらない色で、しかもマリアは色が違う。今紫紺の眼を持つのはハレスただ一人であった。

「私のクローン!?」

『気づいてなかったのか?』

「全く」

ハレスはあっさりと言った。本当に全く気づかなかったのだ。チビの眼などまともに見たことはなかった。
ディシスは呆れたようにハレスを見て、チビを舐めた。

『名前をつけてやらねばな』

「アポロンでいかがでしょう」

『アポロンか。良い名だ。それにしよう』

ハレスは頷くとチビに眼を合わせた。
大人しくしていたチビは首を傾げる。

「あなたの名前はアポロンです。アポロン。どうですか?」

『ぴい…(あぽろん?)』

「そうです。アポロン。太陽という意味ですよ」

『ぴい!』

「嬉しいですか?」

『ぴい、ぴい、ぴい』

チビは元気よく答えた。ハレスは微笑み、チビもといアポロンをディシスに預ける。
そして情報端末機を取り出した。母親と慕うディシスに構われて嬉しそうなアポロンを横目に番号をプッシュする。

「あ、バースですか?」

『何だ?』

「チビのことでご報告です」

『始末したか』

「あ、はい、引き取りました」

『はぁ!!?』

「さっき、チビを襲撃されたんですが、どうもアイレディアの手先ではありませんね」

『なんだと?』

「私に気づかれずに術をかけ、結界も破っていましたし。チビはどうやらアイレディアが送り込んできたスパイではなくほかのどこかだったようですね」

『目星はついているのか』

「今のところは何とも。――と、いうわけでチビは私が引き取りましたので。あ、スパイじゃなくなってからですから命令違反ではありませんよ」

『どういう心境の変化だ』

呆れた幼馴染の声にハレスは苦笑した。

「よく分かりませんが…なんだか自分を見ているようで」

『―――はぁ。もうスパイじゃないんだな?』

「ええ。用済みだといっていましたし」

『それは罠ではないのだな?』

「おそらくは。しばらくはチビに監視をつけましょう。魔術が施されているのなら解かなければ。ねえバース、私、変わっちゃいましたか?」


通信の向こうはしばらく沈黙していたが、大きなため息と共に言葉が流れ込んできた。

『ああ変わった。平和ボケしたみたいにな。――だが本当の強さと言うものは守るものが出来て初めて発揮される。お前は昔より優しくなったが、同時に強くなった。もう迷わず、守るというのなら、たとえ今俺が殺しに行ったところで敵いはしまい。――そしてバースじゃなくてバスティアンだ』

言い切られてガチャン、と切られる通信。ハレスは耳から離した情報端末機をしげしげと見つめて微笑みを浮かべた。
相変わらず言葉はきついし、包み隠さず言ってくれる幼馴染だ。しかしアポロンを引き取ったことについては認めてくれたらしい。
アポロンと戯れていたディシスが問うような視線を向けてくる。それに「大丈夫ですよ」と答えて今度は別の番号を押した。

数回のコールで繋がった相手はヴァルディス。王である。
バスティアンに報告したのと同様の内容を報告するとヴァルディスはあっさりと許可を出した。

「よろしいのですか?」

『お前に一切を任すと言ったはずだ。お前がそれを引き取るだろうとは思っていたがな。その竜をコーディル家の子息として認めよう』

「ありがとうございます。ヴァルディス様…」

『ああ。――予定通り、明日にはタナトス・ルースへ着く。シャンの件も上手くいった』

「分かりました。私達も向かいます」

『ああ。――では戦場で』

「はっ」

切れた通信。ハレスは胸をなでおろして懐におさめた。
いまだ痺れたように動きづらいらしいディシスを癒しながら眠ってしまったアポロンを見つめる。

『ところでハレス』

「はい?」

『我はいつか、そなたの子を生むぞ』

「はい!?」

『アポロンも独りでは寂しいだろう。魔界では雄でも生めるらしいな?我はそなたとの子を授かってみせる。純血ならばこの子がいるし、混血でも構わぬだろう?』

思わず力が乱れた。ハレスは珍しく言葉を失ったようにパクパクと口を動かしていたが目を泳がせ、息をはくと落ち着いたらしく力も安定した。
ディシスはくつくつと笑う。脱力したように肩を落としたハレスは小さく呟いた。

「ディシスさん、何回私を惚れさせるおつもりですか」

『そうだな。我がおぬしに惚れなおしている回数くらいは、惚れ直してもらいたいな』

言った後で照れたのか尻尾を振って顔をそらしたディシスに優しい眼差しを贈り、ハレスはその眦に口づけた。

「いつか、私の子を生んでくださいね。リスクの少ない薬を開発してみせますから」

『うむ。心待ちにしておれよ』

ハレスは頷き、アポロンを抱き上げた。ディシスも立ち上がる。

「お昼は何がいいですか?たまには料理も食べてくださいね」

『うむ…』

明らかにしょげ返るディシスに苦笑して、ハレスはキッチンへ向かう。ちゃんと用意してある大きな肉を差し出せばディシスは尻尾を振って喜んでくれるだろう。
アポロンには何を食べさせようか。食べやすいものがいい。明日には戦場だから、お昼を済ませたら出発しなくてはならない。今夜は野宿だ。
今日の計画を立てながら、肉の匂いをかぎつけて期待の眼差しを送ってくるディシスにアポロンをあずける。くわえたカゴの中に入れてやれば揺り篭代わりだ。

「ちょっと待っててくださいね」

『う〜』

しゃべれないかわりに唸って答えたディシスの視線を感じながらキッチンへ入る。
これでは自分が母親じゃないかと思い当たっておかしくなって、一人で笑った。
きっと変な顔でこっちを見ているだろう愛しい狼の顔を思い浮かべ、ああ幸せだなぁと独りごちて、料理をするためにハレスは包丁を取ったのだった。








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