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黒の誓い
 11



突き抜けるような青空を白い鷲が悠々と飛んでいく。
眼下に広がっていたローゼンを抜け、目前には雲を突き抜けて聳えるレイゼン山、空に浮かぶ島々から流れ落ちる水を受けて出来た虹をくぐりぬけ、鷲は一声鳴いた。

草原を走る狼族と地上に棲む竜たち。森ではケンタウロスやユニコーンが群れをなし、それぞれの領域を守って暮らしていた。
更に行けば崖に作られた巨大な墓標が見えてくる。黒竜族ではない、守護竜とされるソロモスの像が建てられていた。その足元には、内乱で死んだものたちが骨となり埋葬されている。鷲はソロモスの像に掴まり、羽を休めた。
空には飛ぶ種族たちがいる。美しい世界でも内情は弱肉強食の恐ろしい世界だ。溢れかえる魔力の密度は濃い。鷲は首を傾げてよたよたと足を動かした。

そして短い休憩を終え、羽を広げた。
空に向けて飛び立つ。白い姿が雲に紛れた瞬間に鷲の姿は霧散した。

「――」

遠く離れたとある場所。
ウェーブした真っ赤な髪を横髪だけ後ろでまとめ、赤いドレスを着込んだ年齢不詳の女性がふと眼を開けた。
眼の色も髪と同じ真紅である。薄く化粧を施した意志の強そうな顔をしかめ、女性は立ち上がった。


「急がなければ…」

「そんなに?」

女性に話しかけたのは蒼い髪の小柄な女性だった。顔の右半分は髪に隠れて見えない。

「ああ。行くぞ」

赤髪の女性が颯爽と出て行く。肩を竦めて蒼髪の女性も後をついていった。
部屋には一枚の白い羽だけがのこされていた。





■■■■





「でぇえええいやああああああ!!」


「はぁああ!!」


気合の声と共にぶつかり合う剣戟。
燈籠に到着するなり襲い掛かってきたシャンと応戦したレオニクスはそのまま仕合に雪崩れ込んだ。
シャンの一撃は見るからに重く、早い。さばくのがせいぜいのレオニクスは圧されていたが、強い精神力をもってして何とか凌いでいた。
火花が散りそうなほどの勢いでぶつかり、さばき、突き出し、なぎ払われる剣。
しばらくは観戦していたヴァルディスも、燈籠の幹部の面々が顔を出すと質問責めに合い、それどころではなくなった。

「あんたがヴァルディス・トゥ・ベルシオンか。あ、心配しなくていいぜ、どうせシャンにレオンは殺せねえから。俺はリー・チャン。燈籠の次席だ。ようこそ燈籠へ、黒竜王さん」

一応味方らしいので手出しせずにただ質問を黙殺していたヴァルディスはそういって手を差し出してくる、黒髪に白のメッシュの男に視線を移した。顔の刺青に、人の良さそうな微笑。リーの登場でわいわい騒いでいた面々が黙ったところを見ると次席というのは嘘ではないらしい。

「――手をさげるがいい、握手するつもりはない」

「手厳しいね」

リーは苦笑して手を引っ込めた。
興味が既に失せているのか視線を外したヴァルディスに懲りずに話しかける。

「紹介しておくよ。どうせコイツらろくに自己紹介もせずに話しかけたんだろ?」

「いらぬ。知っている」

「調べ済みってか。まぁまぁ。遠いご先祖はあんたに仕えてたかもしんねえんだ、改めて自己紹介くらいさせてくれよ。いやこの場合敬語のほうがいいのか?」

「どちらでもいい。俺はお前達の王ではない。クロノスに君臨もしていない。よってお前達が俺に跪く必要もない。――好きにしろ」

「じゃあ好きに。えっとまずはコイツら!案内役だった双子のエレオノーラ・パッツィとアレッツィオ・パッツィ。種族はスフィンクス」

「「よろしく〜」」

バッチーンというウィンクを避けてヴァルディスは頷いた。
リーは次にフードを被ったゴシックな少年の肩を叩く。

「コイツも面識はあるだろ?エドヴィンだよ。エドヴィン・パズラ。こう見えてレオンより十歳以上年上。氷猫。まぁ俺の種族が退化したバージョンって感じだな」

「ちょっとリー!!その言い方やめてよ!俺が弱いみたいじゃん、ムカッ」

「わりぃわりぃ」

エドヴィンは頬を膨らませてそっぽをむいた。
苦笑しつつその頭を小突き、リーは続いて無表情でひっそりと立っていた青年を押し出した。

「初対面だな。この能面小僧はクロ・ツェ。クロツェと言ったほうがよく通じる。見たまんま雷属性の雷鷹でな。白髪なのは苦労してるからじゃなくて生まれつき」

首元を隠す服の上からしているマフラー。隠れているがわずかに覗く首輪にヴァルディスは眼を細めた。

「余計なことです」

「そう言うなって。で、コイツの相棒がコイツ」

リーはクロの嫌味を流し、後ろに立っていたやはり小柄な子を指し示した。

「チャンホウ・ラウ。闇鴉。四千年前まで魔界にいたんだけど闇鴉種族って知らないか?味に煩い美食家でね。血筋だって言ってるけどどうだか」

「――ああ、闇鴉の出身の部下ならいる」

「ほんとかよ!チャンホウ、良かったな。邂逅できて」

「興味無いし」

「奇遇だな。同感だ」

ヴァルディスは普通に応えたつもりだったがチャンホウは眦を吊り上げた。

「む!君何なのさっきから!すっごく感じ悪いよ!」

「突っかかるなチャンホウ。かなう相手じゃないし客だぞ」

リーが宥め、チャンホウは吊り上げた眦はそのままにくるっと踵を返した。
ヴァルディスはぴくりとも表情筋を動かすことなくレオニクスとシャンの決闘に視線を戻した。
シャンの剣がレオニクスを狙う。間一髪で避けたレオニクスは唸りながら踏み込んだ。

「父さん!俺にはわからない」

「レオン…?」

高い金属音を立てて剣がせめぎあう。
レオニクスは眉を寄せ、伸びた歯を噛締めた。縞模様が浮かんだ頬に力が篭る。

ぐぐっと手に力が篭った。シャンの剣がさばかれ、レオニクスは荒い息をついた。

「剣を通したって、父さんの言葉はわからない。でもこれだけは分かる」

「――」

「父さんは、俺に剣を向けきれない。――俺も無理だ、まだ越えられない。なぁ父さん。俺を見て。俺は、俺の血は、絆を感じてる。剣士失格でもいい。俺はこれ以上、父さんに剣を向けられない」

からんっとドゥラが落ちる。
膝をつくシャンにレオニクスが飛び込んだ。がばっと押し倒す勢いで抱きついたのにシャンの身体はビクともしなかった。
やっぱり敵わないのだと思った。戦いながら、随所随所で手加減されるのを感じていた。そうされていても、あと数分も戦えばどう考えたって負けていた。だが、とレオニクスは眼を閉じた。
だが、きっと、シャンは。

「負けるつもりだっただろ」

「――」

「わざと、剣をさばかれて。今の一手で」

「――いらねえとこまでキリに似やがって」

シャンはゆっくりと息を吐くとレオニクスを抱きしめた。
奪われて、二十年ほど。
離れていた時間が長すぎて、今更どうすればいいのかなど分からなくて。
剣を交えて分かった。間違いなく、自分の血が流れている。

「俺は教えてねえのに、俺の癖まで何で似やがるんだ」

「わかんないよ」

父親。
そんなものはいないのだと諦めたのはいつだったか。
キメラだといわれ両親は実験体で、既に死んだと教えられ、絶望と哀しみに嘆くのをやめたのはいつだったか。


「父さん…。とうさ、ん…」

「泣くんじゃねえよドラ息子。昔っからよく泣く奴だぜ」

熱い雫が眼から零れだす。
シャンの声だって震えているのを聞きながらレオニクスは言った。

「父さんだって…俺のこと言えないだろ」

「バカ、これはタマネギだよ眼に沁みたんだ」

泣きながらレオニクスは頷いた。
しがみついた胸は温かい。自分の心も身体もこの温かさを覚えている。
親子そろって泣いていると、がばっと後ろから衝撃を受けた。
回ってきた腕に抱きつかれたのだと気づく。

「レオン〜〜!!!やっと来たぁ〜。待ってたんだよ俺!!」

「へ?」

混乱する頭を次ははたかれた。

「よよい!よく戻ってきたな。覚えてねえか?あんなに面倒見たんだけどな」

「え?」

「「よかったわ〜!!ボスったら泣いちゃってもう!」」

さめざめと泣いているのは双子の暗殺者。
更に見慣れない青年二人がずいっと顔を寄せてきてレオニクスはのけぞった。

「あなたがボスのご子息ですね」

「初めまして。むむ、可愛い顔してる」

さりげなく褒められて混乱は増すばかりだ。
レオニクスとシャンを囲む、この面々。魔力は高いから、皆相当な実力者である。
しかし、個性が濃すぎる。

「んじゃ改めまして。レオン。お帰り」

「お帰りレオン!!」

「「お帰りなさ〜い!!」」

「――お帰りなさい」

「お帰り・・」

にっこりと笑いかけるリー。
しがみついたまま離さずに言うエドヴィン。
ハンカチの隙間から涙声で言う双子。
顔を見合わせて小さく呟く二人の青年。

そして、立ち上がったシャンが手を差し伸べて言った。

「迎えに行けなくて悪かったな。お帰り、俺のドラ息子」


懐かしい、懐かしいこの感覚。
奥底にある記憶と違うところもあるけれど、この空気は確かに知っているもの。
レオニクスは涙を拭いて、笑顔で言った。


「ただいま皆!」




そしてレオニクスがヴァルディスの存在を思い出したのはそれから実に二時間後のことだった。











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あきゅろす。
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