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黒の誓い
 8




九龍は相変わらずだった。
今度は戦いを挑まれることもなく平和に門を潜る。数分も待たずに出てきたラル・ファンレイはたまたま九龍本部に居たらしい。レオニクスはどこまでも強運の持ち主だとヴァルディスは密かに感心した。

前に来たときも通された部屋で、今度はレオニクスも着席して三人は向かい合った。
朱で纏められたシュウ地区独特の雰囲気の部屋にレオニクスはさほどの違和感もなく馴染んでいた。ラル・ファンレイは何回か見たことのある肖像画の中のキリと男女の違いを除けば殆どそっくりな顔をしているレオニクスから気まずそうに目をそらした。

「今日はどのような用件だ?」

「燈籠のボス…シャン・リーウェイに会いたいのです。俺の…父親に」

「それは…戦うのか?このタイミングで」

ラルは怪訝そうに言った。ヴェレ帝国でもアイレディア王国と魔界の戦争は有名だ。それを傍観する体勢を早々に整え、潰しあいを目論んだのは他でもないヴェレ帝国なのだから。
魔界との協定は違えるわけにもいかない。長年の敵国アイレディア王国の弱体化を狙っても居た。
その戦争の決戦は数日後、タナトス・ルースで行われるはずだ。当然、ラルも知っていた。

「今は消耗すべき時じゃないだろう」

「そうなんですが、時の流れというものは止まってもこちらの都合を考えてもくれませんから…それに逆らうことも出来ないのなら出来るだけ急いでやらねばならないことをクリアしなければ」

「やらねばならぬこと―――」

ラルはちらりとヴァルディスを見た。美貌の王は表情を崩すことなく、真っ直ぐにラルを見返した。
ずっと見えなかった黒竜族の狙い。その一端が今、明かされようとしているのだろうか。足を組み、腕も組んだラルは息を吐いた。

「――そのために、シャンと急いで会わないとならない、と。そういうことか…」

「聞かないのですか。何の為に父に会うのかと」

「――」

ヴァルディスの視線が突き刺さる。
九龍のボスは一度目を閉じた。レオニクスも真っ直ぐ見つめてくる。
試されているのか。何の意図もないのか。読めない視線を跳ね返すようにラルは笑った。

「知らないほうが、身のためだと本能が告げている。俺は人間で召喚獣の血は入っていないがこういう警告は外れたことが無いんだ。――それに、俺の協力が必要ならばそちらも訳を話すだろう。話さないというのなら俺には関係の無い話。シャンのいる燈籠へ、案内させればいいんだろ?」

レオニクスは虚を衝かれたように瞠目し、ふっと口元を緩めた。
おそらくはレオニクスよりも年下のこの男は、流石にその若さでマフィアのボスをしているだけあって度胸と時を読む才能は人一倍ある。
裏社会を束ねているのだから当たり前かもしれないが、とレオニクスは内心肩をすくめた。
隣りに座っているヴァルディスは沈黙したままだ。ならば問題は無いはずである。

「ええ。そういうことです」

「了解。すぐに送らせる」

ラルはニヤッと笑うと手を叩いた。
ドアが開いて一礼し入ってきた部下らしき男に耳打ちする。
男は頷き、せかせかと出て行った。

「待つ間お茶でもどうだ。シュウ地区独特のものだが飲んだことは?」

テーブルの端っこに慎ましく置かれていた茶器を引き寄せる。小さなカップと白磁らしきなめらかなポットには青い染料で花草の模様が描かれており、とても美しかった。
お茶を淹れる仕草は手馴れていて数分後には芳しい香りを放つ茶色の液体がカップを満たしていた。
ヴァルディスは片眉をあげ、手を伸ばした。

「これは何だ」

「烏龍茶。竜のお茶だ。黒竜王には相応しいだろう?」

「そうか」

「反応薄いな・・・」

表情の動かないヴァルディスにガックリと肩を落としたラルはレオニクスにも薦めた。

「後味もいい。高級茶葉だ。そんなには出回ってないからなかなかない機会だぜ?」

「いただきます」

レオニクスはカップを取り上げ、お茶を飲んでみた。口の中に広がる芳醇な香りと、飲み下したあとのすっきりとした後味。紅茶のような甘さはなく、どちらかといえば苦い。けれど例えば濃いものを食べたときなどはこれで口直しをすればぴったりだと思った。

「美味しい」

「だろ?」

ラルは嬉しそうに笑った。
レオニクスが頷いたとき、プルルルと電子音が鳴り響いた。ヴァルディスが懐から取り出し、席を立つ。

「失礼」

見たことのない機器にラルは首を傾げるが、質問する前にヴァルディスはドアの向こうに消えてしまった。
残されたのはレオニクスとラル。運命が運命ならまるで兄弟のように育ったであろう二人だった。
ラルは自分より年上の剣士に笑いかけた。

「レオン・・・すまねえがコッチのほうが呼びやすいんだ。こっちでいいか?」

「それもおれの名。お好きなようにどうぞ」

剣士も笑みを浮かべた。さすが、黒竜王と行動を共にしているだけあって年齢の割りに度胸と落ち着きがある。ラルは自分は棚に上げて心中でそう思った。

「なぁ。何で黒竜王と行動してんだ?クロノス誓約を忘れたわけじゃねえだろ」

ずっと疑問だったことをぶつけてみた。
クロノス誓約に縛られているクロノスの住人にとって黒竜王は諸悪の象徴だ。彼がもたらすものは残酷かつ冷酷かつ非道なる恐怖だと教えられてきた。もちろんそんな物語の中の登場人物が目の前に現れたからと無闇に敵視はしないが、かといって共に行動したい対象でもないだろう。

レオニクスは「うーん」と悩む素振りを見せ、視線をさまよわせた。

「何ででしょう。封印を解いたのは偶然でしたけど、なんか惹かれちゃったんですよ。好きになったもんは仕方ないのでずっと一緒に居ます」

「好きになったもんは仕方ねえか・・・・」

「ええ。ラルさんにも、いませんか?それくらいの、恋の相手」

「まるで世界を敵に回しても黒竜王を選ぶような口ぶりだな」

「そうですよ?」

「――」

「彼の封印を解いてしまったときに、もうその選択はしています」

レオニクスはあっさりと言い放った。

「おまえ、そんな」

「失礼、待たせたか」

ラルが言いかけたときヴァルディスが戻ってきた。
何となく勢いで口を噤んでしまい、話題を取り戻すタイミングを逸したラルは烏龍茶を咽喉に流し込んだ。

「いや、そろそろ準備も出来る。こちらこそ長くお待たせした」

立ち上がったラルにレオニクスも腰を上げた。

「本来、こちらから燈籠へ出向くことは無い。本部は決して外部にその場所を知られないよう、様々な方法で隠されているからな。そのため燈籠から迎えを寄越してきた」

「迎え?」

「ハァーーイ!!!」

「レオンちゃーーん!!」

「「!!?!!??」」

「何考えてるんだシャン・・・」


ばばーん、とドアを蹴破る勢いで入ってきたのはアツィオとエレオノーラ。燈籠きっての双子暗殺者である。ただし、オカマだ。
体にぴったりとした服にタイツ、白いニーハイブーツにスキンヘッド。片眼鏡をそれぞれ左右につけて薄いショールを腕に纏わせていた。
その異様な風貌と見た目のゴツさに似合わないハイテンション。野太い声の女言葉。レオニクスは目を丸くし、ラルは額をおさえ、ヴァルディスはわずかに一歩引いた。

「きゃ〜〜レオンちゃんよぉ!」

「久しぶりねい!といっても覚えてないわよね〜!!」

「私はアツィオ。アッティって呼んでね」

「私はエレオノーラ。エレナって呼んでね」

双子はくねくねと腰を振りながらヴァルディスには目もくれずにレオニクスを囲んだ。
2メートル近い双子に囲まれればレオニクスは埋もれてしまう。
強烈な個性を持つ二人に、身体的にも精神的にもレオニクスはおされ気味だった。

「あ、アッティさん?エレナさん?」

「やぁね!さんづけなんていいわよーう。ボスとキリちゃんの子だもん」

「前みたいにエレナでいいわ」

「おい、リーが来るんじゃなかったのか」

「リーに譲ってもらったのよ」

「ボスもいいって言ったわ。リーだって会いたがってたけど、やっぱ優しいわよね〜」

「ね〜」

ラルの問いかけに答え、双子はレオニクスに笑いかけた。

「ほんとにそっくり!すぐに分かったわ」

「可愛いわね〜。ボスとは大違い」

レオニクスがちらっとヴァルディスを見る。
双子はそこで初めて気づいたのか振り返った。

「あらん?貴方が黒竜王?」

「ほっそいわね〜。男らしさを感じないし好みじゃないわ」

「そうねえ、お仲間にしたい方ね、どっちかといえば」

「綺麗な肌だし、お化粧してあげたいわ」

「でも想像してたのと違うわね。もっと筋骨隆々でカッコいいかと思ってたのに。まるで女じゃない」

一瞬ヴァルディスはなんていわれたのか分からなかった。
そして今、容姿を否定されたのだと知り、初めての出来事に驚いてしまった。生まれてこの方、容姿を否定されたことはない。別にどうでもいいが、少しだけ興味が湧いた。
目の前の双子は何故男なのに女のような仕草をするのか。ヴァルディスはオカマというものを知らなかった。
だからそういう種族なのかと真剣に考えていた。黒竜族でも魔界でも、雄が好きな雄はいたが雌になりたい雄はいなかったのである。魔界で雄同士で求め合うことが多いとされる種族は黒竜族、魔麒麟族、空牛族などであったがそのいずれでも所謂オカマ、オナベというものは存在しなかった。

「――おれは雌ではないが・・・お前達は一体どっちだ」

「決まってるじゃない。心は女」

「体は男よ!!」

堂々と言われても・・・と突っ込みをこらえたのはラルである。
知的好奇心が刺激されたらしいヴァルディスが口を開く前に言った。

「お連れしてやれ、時間が無いそうだ」

「はーい九龍ボス」

「じゃあね〜九龍ボス」

囲まれて右往左往していたレオニクスは、好奇心を満たされず残念そうなヴァルディスを睨んだ。
「そんなことしてないで助けろよ」と伝えたかったのだが観察に夢中な恋人にはどうやら通じなかったらしい。

なにはともあれ、一行は燈籠を目指したのだった。






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