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黒の誓い
 2




「ピギャアアアア!!!(おとうしゃあああああん!!)」

『ああああどうしたチビ!?』

目をうるるとしこたま潤ませチビは盛大に泣き声を上げた。理由は簡単、ハレスがいなくなったからである。
チビがハレスにくっついて3日、すでにヴァルディスとレオニクスはアルタイルの船でヴェレ帝国に行っており、一行は珍しく別行動を取っていた。チビはハレスがいなくなるといつも盛大に泣き、部屋の中をぐるぐる回っては壁にぶつかる、ということを繰り返していた。ディシスやハレスからしたらたまったものではない。

「ペギャッ!!(何処ぉお〜!?)」

『ハレスは仕事だ!大人しくしていろ』

「ヒギャーーー!ピギャアア!!(やだ〜!とうしゃんん!)」

『我儘ばかり言うな』

いくらディシスが言い聞かせてもチビは泣き止まない。ハレスが折れることはないのでいつもディシスがなだめすかし、半分強制的に眠らせていた。
しかし最近はチビも学んだのか、泣いてハレスを探している最中ディシスが近づいてきたらひたすら逃げるようになった。おかげで屋敷中けたたましい泣き声が響き渡っている。
チビのすばしっこさは流石黒竜と言うべきか、風狼のディシスだってそう簡単には捕まえられない。
かといって屋敷内を走り回って怪我でもしたら大変である。仕方なくディシスは作戦を変えた。

『チビ』

「ピギャッ…ピキ?」

『――会いに行くか』

チビがぴたり、と動きを止めた。ディシスの言葉に反応したのだ。

「ビキャ?(会いに?)」

『そうだ。お前が父と慕う男が今何をしているか、その目で確かめるがいい』

ディシスははっきりと言った。
チビをくわえると背中に乗せる。

『捕まっていろ。連れて行ってやる』

ディシスのたてがみにしがみつき、チビは小さく、しかしはっきりと頷いた。




ハレスは今、クロノス魔界に作られた亜空間で魔界軍の調練をバスティアンと協力して総指揮していた。近衛隊と特別近衛隊だけでも結構な数がいる。それは魔界軍の管轄ではないが、魔界軍と連携して動くため、双璧による調練が実現したのである。
クロノスのアイレディア最終決戦のタナトス・ルースでは、ローゼンでの内乱とは違って本来の姿で戦うことになっている。実質クロノスとの因縁に終結を迎える戦になるのだから、魔界側も総力戦に臨む意気込みだった。
ハレスも、本来の姿に戻っていた。紫紺の瞳と、光の加減によっては紫の光沢をもつ竜鱗がコーディル家の血筋を現している。

『動きが悪いッ!』

『そこ、先ほどと同じ所で間違えていますよ、第十二分隊、動きが悪いです』

バスティアンの飛ばした指摘の後にハレスの指示が飛ぶ。地上で鎧を身につけ、鋭い目で重厚な雰囲気を醸し出す大将軍とは対照的にハレスは空を飛びながら細かい指示を飛ばした。
正確な指示により、隊列は整えられていく。バスティアンの叱責は、軍の士気をあげ、たるみやゆるみを一切許さなかった。
調練は二時間ほどの予定だった。もう一時間は過ぎている。
調練の後は訓練である。今日はハレスとバスティアンの手合わせが予定されており、軍の期待も高まっていた。

『次は交戦時の動きだ!交戦時は何が起こるか分からぬことが多い。特に前線はな。必ず隊長の指示をよく聞き、その通りに従え。それでは真ん中から左右に分かれ、交戦訓練に入る』

ザッ!!と黒竜やケルベロスや狼族や虎族、竜族など様々な種族で構成された魔界軍が真ん中から左右に分かれた。
足並みそろった行動は、バスティアンや将軍たちの指導の賜物であった。

『それぞれの属性と魔術の相性をよく考えなさい。今このとき、如何様にすればわが方へ有利かを考えるのです。将軍達は大局を見据えなさい。兵士達は目の前の敵を殲滅することを考えなさい』

飛んでいたハレスがバスティアンの隣りに降り立ち、指導する。
近衛隊及び特別近衛隊は基本前線には出ない。戦場での主な任務は本陣の警護とヴァルディスへの従属だからだ。ヴァルディスが前線に出るタイプなので王に配属されたものは前線に出陣するが、それも数自体は多くなかった。
熟練して信頼を得ていなければ傍仕えは許されないのだ。

特別近衛や近衛隊は一足先に訓練に移行していた。自主訓練なのでハレスは軍の指導を手伝っているわけである。

魔術の応酬が続く。亜空間で負った傷は亜空間を出ると治るので使われる魔術も、攻撃も皆本物だった。

『…魔界統一戦争のときよりも、動きは悪いが』

『この短期間ですからね。これだけ仕上がれば十分かと思います』

トンッ、とディシスがハレスたちの背後数十メートルのところにある岩陰に降り立った。気配を読み、己の気配を消して潜む。潜むことは、風狼の得意技のひとつだった。

『見よ、チビ』

『…』

ディシスに促され、チビが顔をのぞかせる。
紫紺の光を纏う、深い瞳。優美なラインの、立派な体躯。時折、冷気を吐き出し瞬く間に敵役を凍りつかせる、一般兵士とは格の違う強さ。

『お前が父と慕う男は、クロノスなんかよりもっと大きな世界を背負うひとりだ』

『ぴー・・・(世界・・)』

『王の双璧…つまり王様にとても信頼されて、地位も責任もとても重い』

『ビキャ?(王様?)』

『一番偉い奴のことだ。お前も会っただろう?黒髪の長髪の男だ。竜が王様で、ハレスはその一番そばに仕える男だ』

チビの目が輝いた。
ハレスは凄い男なのだと。
ハレスの背中がとても大きく見える。強く、冷たく、そして優しい背中。
優雅に広がる翼も、一枚一枚輝く鱗も。大将軍と打ち合わせる真剣な顔。演習を指揮する凛とした声。
チビにとって、それは憧れの対象となるのに十分すぎるほどだった。

『お前が父と慕う男は、世界を背負った仕事をしているのだ。こんなに立派なことをしておる。お前が本当にハレスを父と慕うのならば、ハレスがおらぬと泣くよりも、今ハレスはこんなに立派で素晴らしい仕事をしているのだと胸を張って待っておれ』

『ピギャ(とうしゃん・・・)』

『あんな男になりたいと思え。ハレスを笑顔で迎えて『お疲れ様です』と言えるようになるのだ。お前も雄ならば、父と慕う男を目指さずどうする』

ディシスがチビに顔を寄せる。
チビはまっすぐにハレスを見ていた。並んでハレスを見ながら、チビの顔がどんどんキラキラしていくのがディシスにはわかった。
屈強ならばバスティアンのほうが上。美貌と完璧さならヴァルディスのほうが上。ハレスはいつも二番手だけれど。
王も大将軍も、ハレスがいなければ様々なことが滞ってしまうような、そんな地位にいて。
チビはハレスに憧れた。一番になれなくても、必要不可欠な存在へと上り詰めたハレスに。
癒しで殺されかけながら、ヴァルディスに救われ、それ以来絶対的忠誠を誓って四天王家を務める、父と慕う男を。

『演習は終わりだ!』

『各自、自主訓練に移行するように』

ハレスとバスティアンが演習の終了を告げた。
これからハレスとバスティアンの手合わせとなる。
ふたりは向かい合い、頭を下げた。正式な試合の儀式だ。そしてばさり、ばさり、と翼を広げ、空に舞い上がった。

『行くぞコーディル』

『何年振りでしょうね。参ります』

先に動いたのはバスティアンだった。首を伸ばして口を開け、ハレスに噛み付く。それを間一髪かわしたハレスの爪がバスティアンを狙ったが避けられた。
相手を蹴落とそうと噛み付き、ひっかき、魔術を繰り出す。
バスティアンの牙をよけ、ハレスが距離を取った。大きく口を開け、触れたものを一瞬で凍らせるほどの冷気を大量に吐き出す。素早く、そして大きな技のそれにバスティアンは慌てて身体をひねったが、右の前足が凍ってしまった。

『氷牙無限連斬!!』

動きがなまったバスティアンに向けて無数の氷の刃が放たれる。

『祖は太古の風 古の血脈において我が身を守らん 四方風神結!』

バスティアンは素早く詠唱し、上級結界を瞬時に張った。風の属性のバスティアンは守護魔法に秀でているのだ。
氷の刃は弾かれ、ハレスは舌打ちした。

結界を解いたバスティアンが翼を大きく動かした。ハレスの勘が危険を預言する。

『ぐっ』

竜巻がハレスを襲った。四方からやってくる竜巻は先ほどの結界に使った風の再利用だ。避けながら竜巻の地帯を抜けると、ガシャンッと上から檻が降ってきた。

『罠ですか!』

『初歩的だコーディル!』

『でしょうね!』

ハレスは氷を纏わせた爪で鉄の檻を切り裂いた。これに驚いたのはバスティアンだ。

『結界ごと斬り捨てたか』

『貴方の結界は厄介ですね。爪が破損しましたよ』

ハレスの牙がバスティアンの翼を狙う。防御に徹したバスティアンは一瞬の隙をついて突き放した。
角が当たって高い音を出す。いつの間にか誰もが空中戦を見ていた。流れ魔術に当たる可能性が高いのに誰も避難しようとしない。

滅多に見れない、幹部の手合わせに誰もが興奮していた。

『血脈を破壊せん 永遠の氷像となし生命の輝きを失わせん ブラッディ・アイス!』

『ちっ』

ハレスの広大な範囲の魔術をバスティアンは結界でかろうじて防いだ。この魔術に巻き込まれれば体内の血液が凍り付いてしまう。魔方陣を描かなければできない、超高等個人魔術である。
しかしそれを弾き、バスティアンも素早く魔方陣を描き出した。

『強絶なる古の刃よ 我が敵を貫き死の定めに臥させよ、殺竜大剣嶽!』

魔方陣から巨大な剣が生み出され、高速でハレスを狙った。この剣は地面を割り、大地を枯れさせる威力を持つ、超高等攻撃魔術だった。

『やりますねっ』

ハレスはすばやく方向転換し、避けようとした。しかしその目が、白銀の影をとらえた。

(ディシスさん!?)

ハレスは目を見開いた。剣が狙ったハレスの背後。岩陰にいるディシスとチビ。
ディシスが防御膜を張ったが、バスティアンの超高等攻撃魔術がそれくらいで防げるはずはない。
チビがハレスの目をとらえた。こんなときでも、キラキラと憧れの目でハレスを見ている。

『―――ああもう!』

バサリッ!
ハレスは方向転換を取りやめ、なかば無理やりディシスとチビを背後に守るように身体を向けた。
翼を一杯に広げ、魔力を解放する。

『魔力結界!』

ザァァアアアッとハレスの魔力が放出され、ディシスたちごと覆い隠した。黒竜族の最強で最大の結界、魔力結界である。

『コーディル!?』

バキィインッと剣を弾いた魔力結界。バスティアンは驚愕の声をあげた。
魔力結界は、全力を出す結界。それを使えば戦闘不能となる技だ。

『勘違いしないでくださいよ』

暗闇とも思える魔力の中から声がした。

『私が助けたかったのはディシスさんなんですからね』

チビとディシスを翼で守ったハレスは、肩で息をしながら言い切った。バスティアンは一瞬虚をつかれた顔をした後、眦を吊り上げた。

『お前は馬鹿かコーディルーーー!!!』




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