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黒の誓い
 1





屋敷の中、談話室。
紅茶をいれ、とりあえず落ち着いた一行は、ハレスの肩に乗ったままピギャー、と嬉しそうな声をあげるチビを凝視していた。

「おそらく生後三ヶ月だな」

「ええ。あと半年もすれば人型を取れるようになるでしょうね」

「黒竜の妊娠期間はおよそ四ヶ月。…ハレス、やはり計算上では合うが…」

ハレスは力なく首を振った。
そんなヘマはしてこなかったからこそ伝説の遊び人の名を欲しいままに出来ていたのだ。ハレスとて己の地位を軽んじているわけではない。子供だけは出来ないように細心の注意を払ってきた。
それに、何より。

「私、子供嫌いなんですよ…」

耳元で騒ぐチビをイラッとしたように降ろし、「全く煩いですね」と呟いた。全身で拒絶オーラを出しているが果敢にもチビは挑んでいく。
よじのぼろうとするチビをテーブルに置いてしまったハレスは、滅多にしない憔悴した顔を手で覆った。

「嫌いなんですか?好きそうだなと思ってました」

ちなみに子供好きのレオニクスはすでにチビにめろめろだった。ひょいっと抱き上げて相手をしている。
チビも無邪気にレオニクスに懐いていた。どうやらふわもこ以外にも、おちび症候群もレオニクスは持っていたようである。

とりあえずチビはレオニクスに任せ、ハレスとヴァルディスはチビの扱いを話し合うことにした。ディシスは何にも喋らないが目だけはキツかった。

「まずは親探しでしょうね」

「もしかすれば親は反乱軍だったやもしれぬぞ」

親を亡くした黒竜は、基本親の親類が引きとる。親類もいないか、任せられないなどの事情がある場合は施設で育てられることになっていた。

「ともかく、バスティアンに連絡を取りましょう」

「ああ。そうだな」

ハレスの提案にヴァルディスはあっさりと頷いた。情報端末を取り出し、ハレスは耳に当てる。
大将軍直通ではなく、プライベートな番号のほうだ。
幸いにも、バスティアンはすぐに出た。

『何だ』

「バスティ、実は困ったことになりまして」

『困ったこと?』

「ええ。私を父親と思い込んだ赤ちゃん竜が、来ているのです」

電話の向こうが沈黙した。辛抱強く待ったハレスに届いたのは、大爆笑だった。

『ついに年貢の納め時が来たかコーディル!はははははっ、良かったな、種竜のあだ名も伊達じゃなくなったぞ』

「ちょ、笑い事じゃないですよ!私の子じゃないですし、といいますかなんですかそのあだ名!!」

『まぁまぁ諦めろコーディル。あれだけ遊んでたんだ、一匹くらい子供が出来ても不思議じゃない』

「そんなヘマするわけないでしょう!」

バスティアンは取り合ってくれない。ハレスの遊び振りを一番間近で見ていたバスティアンからすれば、何で子供が出来ないのか本当に不思議だったのだから。
そりゃ、今までも「あなたの子よ」騒動はあったが、どれもハレス側に違うという確固たる証拠があった。今回のように証明しようがない事態には陥ってこなかったのだ。
つまり、証明できないことこそが、バスティアンが取り合わない最たる理由だった。

「バース、笑い事じゃないんですって。私の子じゃありませんし、私の子供嫌いは知っているでしょう」

『まぁな。さっさと認知して金でも渡して別れろ』

「だから違いますって!!」

わーわー電話でもめているハレスを眺めながらディシスは前足でガリッと床を傷つけた。
ハレスがあそこまで否定するのだからきっとあの子は本当にハレスの子ではないのだろう。レオニクスは夢中になっているが、ディシスはあまりいい気分にはなれなかった。
あの子は確かに可愛らしいし罪は無い。無いが、ベタベタとハレスに纏わりつくのは気に入らない。

「ディシス?怖い顔してるぞ」

『――主、なんでもないのだ』

「ぴぎゃ?」

レオニクスの手の中で手を振る仕草をさせられたチビはそれでも小首を傾げて不思議そうにディシスを見た。

『チビも気にするな』

「ピギャッ」

「あ」

チビはレオニクスの手から離れ、ディシスに飛びついた。
毛皮に爪を食い込ませ、必死にぶら下がる。毛皮が引っ張られて痛かったが、流石に振り落とせなかった。

「あーあー可愛かったのに」

レオニクスは残念そうな嬉しそうな顔をしてヴァルディスの隣りに戻った。ずっと放置されていたヴァルディスはちょっと不満そうだった。

「可愛いなぁ子供」

「欲しいのか」

「そりゃ欲しいだろ」

「まぁ、問題が片付いたら、考えるか」

「そうだな」

自分の血を残すつもりはなかったが、レオニクスが欲しいならやぶさかではない。
このときばかりは、男同士でも子供が作れる魔界の無駄な魔術力の高さに感謝した。
ハレスは未だに電話で騒いでいる。どうやら思った以上にバスティアンが難色を示しているらしい。こういう問題においてハレスはまったくと言っていいほど信頼されていないからだ。

「ハレスさんってそんなに遊んでいたのか?」

「俺が知っている限りでも、暇があれば男女問わず気に入ったものを落し、飽きればすぐに捨てていたな。ひとりに絞っているのを見たことはなかったし手を付けられていない美女美男はいないとまで言われていた。それだけハレスが魅力的かつ心を捉えられるということだろうと俺も評価していたが流石に浮名を流しすぎだとたしなめたこともある」

「ええ!?そんなに!?」

「目覚めて狼と付き合うまでにも、新世代の目だった美女美男はすでに落されていたな」

だから、ディシスと付き合いだして、ぱったりと浮名を流さなくなったときには気でも狂ったのかといわれたほどだったのだ。それほどに、ハレスがひとりに絞ったことは衝撃を与えた。
数多くいた愛人は嘆いたし、ハレスの愛人でも何でもいいから一度でも関係を持ちたいと思っていた信奉者は嗚咽をこらえた。しかも、それが雄でライ一族とくれば反発も大きかった。
それをねじ伏せてまで、ディシスを選んだハレスが、今更出てきた赤ちゃんを自分の子じゃないと言い張るのは当然であり。
バスティアンが信用しないのも、仕方の無い話だった。

「まぁ、自分で蒔いた種だ。自分で刈り取るだろう」

「ところで、ヴィーはどう思うんだ?」

あの子、ハレスさんの子だと思う?と問いかけたレオニクスにヴァルディスは黙り込んだ。
じっとディシスに纏わりつくチビを見つめる。

「―――さあな」

スゥッと目を細めただけでヴァルディスははっきりと答えなかった。

(どうして、この屋敷にいたのか)

どうして。
鍵でしか開かないはずのシリウスの結界を、掻い潜れたのか。

「父に、聞いてみるか」

「え?」

「あれは、父が送ってきたのかどうか」

その可能性は限りなく低いと思われた。しかし可能性は潰していかねばならない。
ヴァルディスが席を立ったのとハレスが疲れたように電話を切ったのはほぼ同時だった。

「はぁ…」

『説得できたのか』

「何とか。ああもう何でこんなに信頼ないのでしょう」

『お前が言うか』

寝そべるディシスに纏わりついていたチビが振り返った。目を輝かせてハレスに近寄るがスィッと避けられてしまう。
大げさにため息をつき、ハレスは紅茶の器を取り上げた。淹れなおし、ヴァルディスのカップから注いでいく。
どこまでも従者気質である。

「ハレスさんって」

「はい?何でしょうレオニクス様」

「よっぽどディシスが好きなんですね」

『主?』

「はい?」

レオニクスはにまにまと笑いながら淹れてもらった紅茶を飲んだ。一週間曜日ごとに愛人を変えていたような男が、たったひとりに絞った。跪く勢いで愛を恋うたのだ。それほどにディシスを愛しているのなら、レオニクスが心配することは何も無い。
今度の問題だって、うまく収まるだろう。

「父ではないようだ」

「あ、シリウスさんどうだった?」

「元気が無かったな。アルス神が傍にいたが」

戻ってきたヴァルディスはハレスの淹れなおした紅茶を飲み、首を振った。

「父も父で心配だな」

「そうだな…。ハレスさん、チビはどうすることになりました?」

「とにかくバースに頼んで魔界で三ヶ月前に卵が孵った家庭もしくは竜を調べてもらいます。何故私を父と思うのか…。竜は卵のときから親がわかっているものですが」

「しかし極まれに一番最初に見たものを親と思い込むことがある」

「ですがどの卵の孵る瞬間にも、私は居合わせていないのですが」

深まる謎。重くなる空気とは対照的に、チビはひどく楽しそうだった。ディシスに構ってもらえるのが嬉しいのだろう。なんだかんだ言って長男気質のディシスはチビを邪険に出来なかった。

「とりあえずハレス。お前がチビの世話をしろ」

「ヴァルディス様!?」

「どちらにせよお前の問題だ。お前を父と思っているのだからあまり邪険にしたら傷つくぞ」

ヴァルディスはあっさりと命令した。
どんな命令もヴァルディスの命令は絶対。ハレスは諦めたように了承した。

「了解、いたしました」

「ぴぎゃ(父さん!)」

「だから父さんではありませんって…」

そしてハレスの受難の日々が、幕を開けたのだった。






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あきゅろす。
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