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黒の誓い
 10


「ご協力お願いします」

「嫌だ」

ポセイドン研究所地下一階。冒頭のやり取りをかれこれレオニクスとジェームズは数回繰り返していた。
ジェームズはヴァルディスが黒竜王と分かるとより一層態度を頑なにした。今も何故か自分だけ檻に入っている。
人工生命体004はお茶を出した後、すぐに引っ込んでしまった。

「ハレス」

「はい?」

「お前が出ろ」

いい加減に飽きたのかヴァルディスはソファに偉そうに足を組んで座ったまま命じた。
ハレスは拷問と交渉のスペシャリストである。バスティアンは軍事、ハレスは外交に酷く秀でていた。ハレスは相手を従わせることについては天性の才能を持っていたのである。

「承知いたしました」

ハレスはレオニクスの隣りにたった。ハレスの登場にレオニクスはヴァルディスを振り返り、退いた。
ディシスは事の成り行きを傍観するつもりなのか、ただ単に眠かったのか、暢気に昼寝している。

「ジェームズ・リリアン博士ですね?」

「そうだが貴様は何者だ!」

「ヴァルディス様直属近衛隊特別近衛第一官、ハレス・コーディルと申します」

「き、貴様も黒竜だな!?わしはクロノスの人間じゃ、クロノスを愛しとるっ!貴様らなんぞに協力なんぞするかっ!」

ジェームズは檻の中で震えながら言い切った。
ハレスの目が光る。この一言だけで、ハレスの中に説得の筋書きが出来上がったのだ。

「そうですか、残念です」

ハレスはさも残念そうに言った。
ジェームズが息を吐いたのを見逃さずに畳み掛けるように続ける。

「貴方はクロノスを愛していながら一時の感情でクロノスを救う手立てを放棄し、クロノスが朽ち果てていくのをただ見ていると、そう仰るのですね。こんな海の中に隠れ、臆病にもほどがある所業をなさり、その上ただ魔術が嫌いだからと、魔力に満ちるクロノスを救わずに己も一緒に朽ちるのですか」

「そ、そんなことは言っておらんっ」

「それともなんです?ああ、そうですよね。たかだか人間如きに最高神の血を引きあまつさえシリウス様の血まで引くヴァルディス様の英知は理解できませんね。協力すら難しかったですか。これは気づかず申し訳御座いません」

ピクッッとジェームズのコメカミがひくついた。構わずハレスは続ける。

「やはり人間如き、いくら天才といえども私達の英知には叶いません。そこの計算式だって私達が四千年前にはもう確立していたものですしね。全く、困らせてしまって申し訳なかったです、私達はあなたの愛するクロノスを、私達の手だけで、救いますのでご安心なさい」

ハレスがクルッと背中を向ける。ヴァルディスに呼びかける仕草をした。

「ヴァルディス様、参りま―――

ガタンッ

「ま、待て!!」

しわがれた声がかかる。そのとき確かにハレスがにやり、としたのをレオニクスは見た。

「何です?」

「わ、わしが協力してやる」

「ムリなさらずとも良いのですよ」

「い、いや無理などしていないっ!」

「しかしお嫌なのでしょう?」

ハレスがもう一度ジェームズのほうを向いた。
その紫紺の目が語っている。
「協力したいからさせてください、お願いします」と言え、と。
ジェームズは内心ガタガタ震えていたが、かろうじてつばを飲み込み、口を開いた。

「わ、わ、わしが、協力したい、ので、させて、ください」

「ヴァルディス様」

「ヴァル、ディス様…」

レオニクスはそのサドっぷりに感心した。さすがはサドの代名詞、人間を従わせることなど造作もなかったらしい。
ハレスは晴れやかにヴァルディスを振り返った。

「だそうですが、どうなさいますか?」

「協力を許可しよう」

初めは自分達が頼みに来た側だったのに、いつの間にか立場が逆転している。ヴァルディスがここまで読んでハレスを向かわせたのだとしたら。レオニクスは四千年前の大創暦戦争や魔界統一戦のときのこういう光景が目に浮かぶようだった。
敵に回さなくて本当に良かった、とひとりごちた。

「では早速、説明にはいりましょう。私達がここで造りたいのはクロノスを巡る魔力の還元装置です。ボルケナラインはすでに綻んでいるため、それを強化し綻びの無いように修理します。魔力制御装置はすでに羅針帯がありますが、あれも耐用年数が切れ掛かっています。出来るならあれに代わる装置も作りたいのですが」

「魔力還元装置…設計図は出来ておるのか」

「こちらに」

ハレスが懐から取り出したのは設計図だった。設計したのはヴァルディスである。
ジェームズは檻の中からそれを眺めた。やはり研究者、好奇心は旺盛なのである。
ハレスはそれをジェームズに渡してやった。どうせここで試作品をまずは作らせるのだから、渡してしまって構わない。

「こちらの世界にある素材でそれを作っていただきたいのです」

「うむ…これは相当頑丈でなければならんようじゃ。クロノスの素材じゃとここまでの強度が出るのはタナトス・ルースの溶岩の中にある鉱石くらいじゃ」

ジェームズが難しそうに言った。ヴァルディスが眉をひそめる。

「溶岩の中だと?」

「流石に入れませんね」

溶岩の中に入れるのは溶岩の中に棲む炎竜くらいだ。しかし魔界に炎竜族はいない。大創暦戦のときにクロノスに棲む竜たちはヴァルディスたちが徹底的に追い払ったため、黒竜族に協力するとも思えなかった。

「じゃが、この強度でなければ百年もしないうちに崩壊してしまうじゃろ」

「…」

流石に黒竜族でも溶岩の中には入れない。
かといって素材を魔界から持ち込んでも、その後クロノスで修理が出来なくなってしまう。出来るだけ遺恨は残したくなかった。

「あ」

そのとき、レオニクスが声を上げた。

「父さんなら、入れるかも」

レオニクスの父、シャンなら入れるかもしれない。レオニクスはそう言った。
シャンは純血の炎虎である。レオニクスが出せる火力の数倍は出せる。それだけの炎を纏えるシャンならば溶岩にだって入れるかもしれない。

「しかしどうやって火口から出るんだ」

「父さんなら、駆け上がれると思う。ハーフの俺でも崖を駆け上がれるんだし」

とりあえず、それでいいんじゃない?という空気が流れた。
レオニクスの頼みならシャンは断らないだろう、という満場一致の(一名除き)見解も手伝って素材取りはシャンに頼むことに決まった。

「ともかく素材は後で用意するとして十日ほどで試作品は出来るか」

「二週間はかかる」

「分かった。それで構わぬ。試作品が出来たなら魔界からも助手を何人か送らせる。完成させ、七つを一ヶ月で作り上げろ」

ヴァルディスは話は終わったとでも言うように立ち上がった。ディシスも目を開け、立ち上がる。
すでに設計図に夢中なジェームズは置いておいて三人と一頭は研究所を後にした。

その夜、我に返ったジェームズが「わしの馬鹿ぁあ」と嘆くのだが、三人と一頭は知る由も無い。



□■■□

その後。
ゴールデンシャーク号でクロノス魔界まで送ってもらった一行。相変わらずヴァルディスを口説きにかかるアルタイルにレオニクスが威嚇するというお決まりの構図を経て一行は草地を踏みしめた。
ちなみに途中で嵐があって海中で一晩を過ごしたためもう日付は変わり、朝になっている。
今後はレオニクスはシャンに会いに行かねばならないが他の面々は特にスケジュールは無かった。決戦のための下準備はほぼ終え、時が来るのを待つだけだからだ。
嵐の前の静けさを堪能できる。誰もがそう思っていたが、この一行に平和な数日など訪れるはずもなかった。

「それではシリウス様にいただいた屋敷へ参りましょうか」

「そうだな」

ハレスが先に屋敷へ入るために鍵穴に鍵を差し込んだ。扉を開いて王を迎え入れるためには自分が先に入らねばならない。
ギィ…と扉が開いた瞬間―――黒い塊が、ハレスに飛びついた。

「ピギャーッ!!」

「うわっ」

咄嗟に叩き落したハレスは、それがまだ言葉も喋れないほど幼い黒竜だと気づき、慌てて抱き起こした。
チビ黒竜は気にしたふうでもなくまだふさふさの首周りを傾げて嬉しそうにハレスに飛びつく。

「ピギャー!」

『――え?』

「はぁっ!?」

「ハレス…?」

「――え?」

レオニクスにも分かった。チビ黒竜が何と言っているのか。そして空気が凍りついた。

「ピギャーッ!(父さん!)」

―――父さん?

「いやいやいや!!ちょっと待ってくださいっ」

「ハレス、お前――」

「違いますっ!いくらなんでもそんなヘマしませんしっ!」

『浮気か』

「してませんったら!」

「あー、ディシスと付き合う前に出来た子なら計算合うんじゃないですか?」

「レオニクス様までっ!私、子供なんて作ってませんよ」

「ピギャッ(父さん)」

「だから私はあなたのお父上ではありませんっ」

冷たい視線に晒されたハレスが、本当に子供を作ってなんかいなくてこの子は自分の子じゃないと説得できたのは実に六時間後のことだった。
しかしディシスに「寝室は分けよう」と言われ撃沈したままチビ黒竜を押し付けられることなど、そのときのハレスでさえも夢にも思っていなかった。



「ピギャー(父しゃーん)」

「だから違うって言ってるでしょう!!」





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