黒の誓い
7
「こいつが、ゴールデンシャーク号だ」
クロノス魔界の入り江に、似つかわしくない巨大な鉄製の船が鎮座していた。
鉄と木で出来たボディは銀色で、金色の装飾がなされている。これまた巨大な帆がはためき、一番大きく目立つ帆にはサメの骨のマークが描かれていた。
数百人の乗組員が姿を見せ、ワイワイと騒いだ。
「これ、軍の軍艦よりでかいんじゃ…」
「小回りはきかねぇけどな、そこは俺の腕次第よ。陸上も走れるんだぜ」
下から見上げるためか、凄まじい圧迫感だった。鋭角的な船首に比べ、船体中央は丸みがあって膨らんでいる。船首にはおそらく女神が取り付けられており、海賊船なのだと知らしめていた。
「ガイアなんかにゃ負けねーよ」
「おいアル、ガイアなめんなよ。こんな船一発だからな」
「あぁ?お前俺の船の光速レーザー砲しらねーな?ガイアなんざ木っ端微塵だぜ」
「俺のガイアの超弩級ミサイルしらねーだろ、追跡機能もあっからな、こんなのろまな船、一発で大破するぜ」
ハイニールとアルタイルの張り合いを横目に見ながらヴァルディスはゴールデンシャーク号を眺め回した。
外観からわかるだけのことを見ても、これもガイアと同じクロノス技術の集大成だと分かった。目覚めてから頭に入れたクロノスの知識を漁ってざっとこの船の性能を計算する。
ハレスも同じことをしているのか、船を興味深そうに眺めていた。魔界ではこういった船は発展しなかった。海上族や海中族がいるし、それくらいなら最初から空を飛んだほうが速かったのである。
一方レオニクスはいまだにアルタイルを睨みつけながらルイスターシアに尋ねていた。
「ハイニールさんって兄弟揃って賊なんですね」
「ああハイニールの家は凄いぞ」
ルイスターシアは肩を竦めた。ゴールデンシャーク号のボディを叩きながら続ける。
「父親は陸上の盗賊、母親はヴェレ帝国の貴族の娘だからな。何でも父親がその娘を盗んだらしい。盗賊だけに」
「え、えぇええ!?」
父親は盗賊、兄は海賊、自分は空賊。なんともいえないクリストフ家にレオニクスは驚きを隠せなかった。
「やっぱり親に似るんだろう」
「サラブレッドなんですね」
レオニクスは頷き、タラップを上がるヴァルディスを追いかけた。話しこんでいる間に置いていかれてしまったのだ。
ルイスターシアも苦笑しながらその背中を見送った。
ディシスは不思議そうに動かないルイスターシアとハイニールを見やった。
『乗らぬのか?』
「俺たちは空賊だぜ。海賊船なんか乗るかよ」
「ハイニールの言うとおりだ。私たちは案内するだけさ」
声が届いたのかレオニクスが振り返った。ちょっと残念そうに眦をさげ、手を振った。
「案内、ありがとうございました。ガイアが戻ったらまた乗せてくださいね」
「気をつけろよ」
「いつでも来い」
ハイニールも手を振り返し、レオニクスは搭乗口の向こうに消えた。ディシスもひとッ飛びで船の中に飛び込んでいった。ゆっくりと扉が閉まっていく。アルタイルの号令で一斉に帆が張られ、錨が上げられた。
真っ青な海に銀色の船が滑り出していく。甲板を走り回る男達を見送りながらルイスターシアは小さく笑った。
「どうしたルイ」
「いや、あの四人、変わらないなと思ってな。なんだろうな、彼らなら、やってくれるって思うんだ」
「俺の命令は間違ってなかっただろ?」
「そうだな、ハイニール。間違ってない」
海を割り、進む海賊船から目を離しルイスターシアはハイニールの腰に手を回した。ガイアがもうすぐ戻る。もうすぐ、大鷲が飛翔できる。
その日が待ち遠しくてたまらない。海に生きる兄と空に生きる弟。真逆の道を選んだように見えてその実とてもよく似た道を進む兄弟。サメが海を切り裂くように、大鷲が空に君臨している。
アルタイルに会って、はやく見たくなった。また、ハイニールの見せてくれる景色を見たくなった。
ルイスターシアはそんな思いを込めて、無精ひげの伸びたハイニールの顎にキスを送った。すぐに降りてきた煙草の味のキスを受け止め、蒼髪の麗人はうっそりと微笑んだ。
その様子をじっと見つめ、俯いたクリフに二人は気づかなかった。
□□■■
カタカタカタ、とハレスがキーボードを打つ音が響く船室。海底にあるポセイドン研究所に向かうため、ゴールデンシャーク号は今潜水中である。
ハレスは日々つけている記録の更新中だった。魔界へも無事クロノスについたという報告を送っている。
球体の情報端末機はホログラムのバスティアンを映し出していた。向こうにも、映像かホログラムでハレスが映っているだろう。
「そちらの復興は計画が出来ましたか?」
「ああ。不備はなかった。進めるよう言い渡してもいる」
「流石ですね、仕事が速い」
ハレスの元に、ボルケナの情報が送られてきた。様々な数式を見ながらハレスはため息をついた。
「これ、タルタト師の計算式でしょう。こんなの理解できるのヴァルディス様くらいですよ」
「心配するな、俺も流石にさっぱりだ」
ジェズ・タルタトの計算式をそのまま送りつけられても、さっぱり分からなかった。ハレスもバスティアンも頭脳はいいほうだが、これは良いとかそういうレベルを超えている。
バスティアンは肩を竦めた。
「ヴァルディス様にそのまま送ればいい」
「今お休み中です」
ヴァルディスは今、レオニクスと昼寝している。ディシスも混じったそれにハレスは混じらずひとり仕事していた。
とりあえず計算式は保留にしておいてハレスは完成した報告書を送信した。
バスティアンのホログラムが動く。ハレスは疲れた目を癒すようにこすった。
「ハレス」
「何です?」
「写真は!?」
「あ、添付忘れてました」
「あ、長老、奪わないでくださいっ!」
写真のファイルを送り、ハレスは長老と奪い合いしているバスティアンを悠長に眺めた。
先ほど送った報告書。あれは別にクロノスについての報告書ではなかった。それ以上に重要なものである。
それは、ヴァルディスさま報告書。すなわち、今日のヴァルディスの健康状態、睡眠状態、機嫌はどうか、何をしたかなど数十項目に渡る王に関しての報告書である。さらに会えないお目にかかれない彼らのため、ヴァルディスのショットつきだ。これは長老命令であり、ヴァルディスも呆れながら了承したことだった。
この報告書はこのあと大事にファイルされ、機密図書にバックアップされコピーがローゼンの王立図書館に展示されることになっている。もちろん報告書の中にはレオニクスとのバカップルぶりも含まれており、仲のいい様子に魔界は安堵していた。
しかし今日の一枚は波乱の予感である。
アルタイルに無理やりキスされたことが書かれショットも添付されているのだ。
ハレスは耳につけていたワイヤレスイヤホンを抜き机のうえにおいた。
「ハーレェエエエス!!!!」
「来ましたね…!」
イヤホンから怒声が響く。耳を押さえながらハレスは答えた。
「見たでしょう!?」
「何だこれはっ!何でこの不届き者を生かしている!」
「ヴァルディス様に必要だからです。ご命令も出ませんでしたし…」
「あ、長老、ちょ、呪いの祈祷とかやめっ・・・・行ってしまった・・・」
呪いの祈祷。ハレスは苦笑した。潜水するまえ、穏やかだったはずの海が突然雷雨に見舞われ激しい波にもまれたときがあった。ヴァルディスがやめてくれと空に叫んだ瞬間ぴたりと止まったところを見るとシリウスの仕業だったのだろう。
キスされたシーンを多分見ていなかったか、どうせならゴールデンシャーク号を潰そうと考えたかは知らないが、このうえ長老にまで呪われてアルタイルが不憫になってきた。
報告書を握り締めながらぶるぶる震えているであろうバスティアンをホログラムで見ながらハレスはキーボードを打った。
次は真面目な仕事の報告書である。
クロノスに足を踏み入れただけでも魔力が減っているのが分かった。魔界は魔力密度も魔力総量も桁違いだったから黒竜族は生きやすかったがクロノスではそうはいかない。いわば酸欠みたいなものだ。
「クリフとは別行動になりました」
「・・・そうか」
さりげなく言ったハレスにバスティアンは静かに頷いた。それ以上なにも言わない幼馴染にハレスも追及することはしなかった。
かたかた、と打ちながらイヤホンを耳につけなおす。
「気になることがあります」
「何だ?」
「私の鞭も、ヴァルディス様の剣も、様子が可笑しいのです」
バスティアンは沈黙した。バスティアンも少し違和感を感じていたのだ。己の剣に。
違和感は、先の内乱の折顕著に現れた。
黒竜族の武器は、それぞれ意思を持っている。武器が主を選ぶのだ。最初は剣や槍の形をしていない。虎や獅子や人型といった生き物の形をしている。武器を得るため、黒竜族の若者は時の狭間へと行く。そこで出逢った武器と永遠の契約を交わすのだ。こうやって得た武器は真打と呼ばれ、相棒のような存在となる。真打以外の、作られた武器も装備するのが普通だった。真打を使えば威力が強すぎることが多いのだ。
これは神も同じだった。神の血をひいていなければこの武器は扱えない。
ハレスもバスティアンもヴァルディスも、そこで武器を得た。封印されていた間その武器の管理をしていたのが紅銀である。
「もがいているような気がします。最初は封印されていた為弱っているのかと思っていましたが、具現化すら出来ないとなるとこれはもう弱っているだけとは言いがたいです」
「俺のもだ。ゲオルト師もそうだと言っていた。他の黒竜族もだろう」
「どういうことでしょうか」
「分からんが、真打自体の力が弱まっている。俺たちは本来の姿に戻ったとき武器を装身具に変えて戦うからな、真打の力がなくなるのは痛いぞ」
「真打がなければ何も出来ないわけではありませんが…力が増すのは事実ですからね…」
ハレスは腰の鞭に触れた。こうやって触れても武器の意思を感じ取れない。
もう一本の普段使用している鞭のように冷たく、拒絶されているようだった。
「紅銀が何か知っているでしょうか」
「分からん。とにかく武器については調べておく。クロノスだったら真打じゃなくてもいいだろう」
「ええ、お願いします」
通信が切れた。ハレスはイヤホンを外し、ため息をついた。
何が起きているのか。分からないが、あまり良いことではなさそうだ。
肩を回しながら船室を出て、ヴァルディスたちが眠る部屋に戻った。レオニクスを真ん中にして眠る三人。
自然と口元が緩むのを感じながら、ハレスはディシスの隣りに腰をおろし、彼らが目覚めるまで守るように見張り続けた。
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