[携帯モード] [URL送信]

黒の誓い
 6


クロノス魔界で合流したヴァルディスとレオニクスたちを待っていたのは、眼帯の男と蒼い髪の麗人だった。

「よぉ」

「無事みたいだな」

ハイニールは煙草を踏み潰し、手をあげた。軽い挨拶に軽く返し、レオニクスは口を開いた。

「クロノスはどうなってますか?」

「あまり動きはねえな。だが、連日水不足や農作物の不作が取り沙汰されてる」

「魔力も激減しているしボルケナも半分以上機能していないようだ」

ルイスターシアが眉をひそめて続けた。

「思った以上に、事態は深刻なようだ」

「もうすでに魔術が綻びてるやもしれぬ」

「魔界はどんな手を打つつもりなんだ?」

「ともかくまずはポセイドン研究所に行き協力を求める」

「兄貴の出番ってわけか。ついてこいよ、ゴールデンシャーク号はもう来てっから」

「それより、クリフは?」


ルイスターシアの声に応え、クリフが姿を見せた。
魔界では人型を取れたものの、クロノスでは数分しかもたずクリフは本来の姿に戻っている。
黄金だった体躯は漆黒に姿を変え、大きくなっていた。黄金色の瞳だけが以前と変わらない。

『ただいま』

「お前…言葉……」

「黒くなってるし、どうした」

ハイニールとルイスターシアは驚きを隠せない顔でクリフに近寄った。
艶が増した漆黒。ライオンとしては異様なその姿。
だいたいのあらましを聞いたルイスターシアは頭を抱えた。

「だから言っただろう」

「そうは言ってもよ」

『ルイ、どうした』

「魔界に預けたら竜王みたいになるから反対だって言ったのに」

「まさかこうなるとは思わねえだろ」

『そこまでか?』

「さりげなく俺を巻き込むな」

クリフはルイスターシアとハイニールに身体を寄せた。
育ての親に甘える仕種に二人の口元は自然と緩む。

「お前のことを怒ってるわけじゃない」

「甘えてえのか?」

『そうだ』

その様子を眺めながらレオニクスはにやっと笑った。

「夫婦喧嘩を仲裁した子供か」

『うむ。そうとしか見えぬな』

ディシスも同意した。
ハイニールとルイスターシアはもはや夫婦と言っても過言ではない。そしてクリフは紛れも無く、二人の子供だった。
いくら姿が変わろうと、二人は当たり前に受け入れた。
クリフも、レオニクスたちには見せなかった甘える顔を当たり前に晒した。いや唯一人、クリフが二人以外に甘えた者がいたがいまやその記憶はクリフにはない。
クリフが唯一、素顔を明け渡した者――バスティアンは、今重責にも負けずに魔界で足を踏ん張っている。

「はぁ…。まぁ言っても仕方ない。今は竜王たちを案内しよう」

ルイスターシアが仕切りなおし、ハイニールが頷いた。ずっと待っていたヴァルディスは呆れ気味に首を回した。

「つっても兄貴は…おーい、アルー!!」

ハイニールが大声で呼んだ。がさがさと梢が揺れるのを見ながら、ルイスターシアが補足の説明をする。

「ハイニールのお兄さんは海賊で、名前はアルタイル。年齢はハイニールより一つ上の39歳」

数分後、木の上からひとりの男が姿を見せた。金髪を揺らしながら、降りてくる。
ハイニールより中性的な面立ちの男は右の横髪だけが長かった。
ハイニールと同じ目をした彼は、ぐるりとレオニクスたちを見回しヴァルディスを見つけると瞳を輝かせた。
ふっと髪を手で払い、かっこつけた仕草でヴァルディスに近づくと手を取る。

「やぁ綺麗なお人。俺と天国見ねえか?」

「天国なんぞない」

いきなりのナンパ。しかもいきなりベッドへのお誘い。レオニクスは驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。
ヴァルディスは慣れた様子で返した。むしろこれがナンパだと気づいているかどうかすら怪しい。

「いやある。俺はアンタの傍にいるだけで天国にいる気分だぜ。一目で惚れちまったよ」

「そういわれても困る。俺には婚約者がいる」

ヴァルディスは淡々と返した。
アルタイルは気にせず続ける。

「そういうなよ、俺のほうがイイぜ」

「いやレオには勝らぬ」

「試してみねえ?」

アルタイルは言うが早いか素早くヴァルディスの唇を奪った。
これには流石に今までにやついていた周りも騒然とする。ヴァルディスは一瞬思考が停止したのか、されるがままだった。
憤慨したのはレオニクスである。目の前で自分の婚約者を口説かれた挙句、キスまでされているのだ。独占欲の弱くはないレオニクスは咄嗟にドゥラを引き抜いた。

「いい加減にしろよテメェ」

「んっ…んだ?お前」

「その男の婚約者だよ」

「お前が?」

アルタイルはにやっと笑った。レオニクスのコメカミがひくつく。ヴァルディスは唇を拭い、レオニクスを宥めるために腕を伸ばした。
アルタイルは確かにキスは上手かった。だが満たされない。

「ヴァルディス様に無礼を働きましたね?」

『ハレス、落ち着け』

ちなみに落ち着けない奴はもうひとりいた。ヴァルディス命のひとり、ハレスである。
ハレスは鞭を取り出し、笑顔で冷気を発していた。
ハイニールは頭を抱え、ルイスターシアに抱きしめられている。

「兄貴…」

「昔からあんな人だ」

「おいおい、俺になびけって」

アルタイルは諦めずヴァルディスにちょっかいを出している。これほど美形な男をアルタイルは見たことがなかった。これは一度抱いてみたい。
抱いて啼かせて能面のような顔を歪ませてみたい。笑わせ、花開く瞬間を見たいと思うのは、男なら仕方ないことだとアルタイルは思った。
それにヴァルディスからはいい香りがする。男を誘う香りだとアルタイルは思い、本能と欲望には従う性格だった。

「なびくか」

「俺は上手いぜ?」

「ヴィーに触るな!!」

キシャーッとレオニクスが牙を剥く。ぞぞぞっと毛を逆立てる勢いのレオニクスにアルタイルは手を引っ込めた。

「いいから兄貴…とりあえず船、動かしてくれよ」

「あー。まぁかわいい弟の頼みなら仕方ねえな」

アルタイルはハイニールのお願いを受け入れ、がさがさと道を進んでいった。
船のところに先に戻るのだろう。
アルタイルの姿が見えなくなってもまだ威嚇し続けるレオニクスを抱きしめながら、ヴァルディスは優秀な目で遠くの草原を見た。
ハレスに目配せし、同じ場所を見させる。

「あそこに拠点となる屋敷を置く」

「いいですね、早速ドワーフに連絡を…」

ドンッ!!

一瞬突風が吹いた後、何もなかった草原には豪華な屋敷が建っていた。先を歩いていたアルタイルも唖然としている。
レオニクスも怒りを忘れ、呆然とする。
趣味のいい屋敷。玄関にはメモが貼られており、黒竜族の目はその文字まで捉えた。

「父より…?」

「まさかシリウスさんから!?」

「…ちょっと大きい」

ためしにヴァルディスが呟いた瞬間、屋敷が、縮んだ。
確かに縮んだ。アルタイルやハイニールなど自分の目をこすっている。
これは明らかにシリウスからヴァルディスへの贈り物だろう。世界を作り出す男にとって、屋敷など一瞬で作り出せるものなのだ。
ヴァルディスは額を手で覆い、ため息をついた。

「父…甘やかしすぎだ!」

「まぁ…凄いね」

『さすがは創造神』

「変なところで神様スキル使いますね」

ヴァルディスは呆れを滲ませた目でディシスを見た。ディシスは何だ?と目で問う。

「ここに屋敷を置くとライ一族に伝えておく」

『ああ、そうしてくれぬか』

「これ・・・夢か?」

「いや兄貴、同じ夢を俺も見てる」

「二人とも思い出せ、今は現実だ」

現実逃避していた兄弟を引き戻し、ルイスターシアは呟いた。

「あんな、別次元の奴らとつるむと決めたんだ。腹くくるしかないだろ」

このとき、ルイスターシアがひどく男らしく見えたと後に兄弟は語っている。





[*前へ][次へ#]

7/11ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!