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黒の誓い
 3



ディゼンバー(12月)1日。魔界ローゼンの王城は広間から開放されていた。普段は入れないローゼンの一般民も自由に入城を許されている。
魔界中の部族の族長たちも集まっていた。その群集は広間を越え、ローゼンを抜け、草原にまで広がっている。
その頂点に君臨するヴァルディスは少し崩した姿勢で玉座に座っていた。一段下にはハレスとバスティアンが揃って立っている。その姿はまさに双璧と呼ぶに相応しかった。
玉座の前の赤い絨毯の右側には長老がずらりと並び、左側には貴族が並んだ。ヴァルディスの前には初老の男とひとりの女が跪いていた。

「…チェスノコフ家、ブラヴァ家」

「はい」

「はい…」

ヴァルディスはゆっくりとまばたきした。名前を呼ばれびくりと震える姿を無感動に見つめる。

「…お前達が何ゆえ四天王家に数えられたか、知っているか」

「…はい」

「言ってみろ」

四天王家というものは王が変わるたびに変わる。今の四天王家はコーディル家とアドルガッサー家だけが変わらず残り2家は入れ替わって構成されているのだ。ヴァルディスが即位したときに変えられた。
チェスノコフ家当主は震える声音で答えた。

「…我が、先々代が、ヴァルディス様のお命をお救いし、魔界統一戦で功績を残したためです」

「そうだ。ブラヴァ家はどうだ、答えよ」

「我が、曽祖父が…ヴァルディス様の…勉学の師、だったためです」

「そうだ。お前の曽祖父、祖父の英知は四天王の名に相応しかった」

ヴァルディスの声は平坦だった。淡々と追い詰めていく。

「ハレス、覚えているか」

「はい。どちらもとてもご立派な方でした」

「バスティアンは」

「私もブラヴァ家の師匠に学びました身。もちろん覚えております」

「その子孫が反乱したのは、地位から言っても本人らの命だけでは贖えぬこと、分かっているか」

ムーンの妹、ガリシアは目に涙を溜めて頷いた。今となってはどうして止めなかったのかが悔やまれる。もしかすれば自分達も命がないかもしれない。
ヴァルディスの命令を、誰もが固唾を呑んで待ち受けた。反乱を全員処刑という形で収めた後その家々に対してどう処罰を下すのか。
今回の反乱には貴族も名前を連ねている。いくら魔界が家と個を分けて考えるスタンスだとしても、やったことがあまりに重く何の処罰もなしというわけにはいかないだろう。

「…首謀者であるブラヴァ家は四天王家を除名の上、家の取り潰しだ。向こう百年、名前を復活させることも貴族に戻ることも許さぬ」

「王よ、ブラヴァ家の血は残されますか」

長老のひとりが聞いた。ヴァルディスは頷く。

「残せ」

「ありがとうございます…!」

ガリシアは床に頭を擦り付ける勢いでありがとうございます、と繰り返した。兄の息子の命は奪われない。あの子に罪はない。ガリシアは処刑の命が下されても何とか情状酌量してもらうつもりだった。
幼くして両親を亡くした甥があまりに哀れだった。

「参謀でもあり幹部だったチェスノコフ家は現当主は隠居し当主の交代、そして向こう百年四天王家としての特権は全て剥奪し四天王会議にも出ることは許さぬ」

カラムは俯き、頭を下げた。
息子が死んだ今、チェスノコフ家の当主は事実上彼の弟となる。
しかも向こう百年、四天王家としての特権も会議に出ることも許されなくなったため仕事もなくなったといってよかった。
ブラヴァ家が除名され、チェスノコフ家が蟄居を命じられ、四天王家はコーディル家とアドルガッサー家のみになったしまった。

ヴァルディスが二人に下がれ、と命じたとき、上から小さな黒い影がまっすぐ王を目指して飛んだ。

「父と母の仇ですっ!!」

「手を出すなバスティアン、ハレス」

小さな子竜だった。ヴァルディスにその刃が届く前に容赦なく子竜の首を跳ね飛ばそうと狙っていた刃と鞭は命令を受けぴたり、と止まった。

「ゼノフォン!!」

子竜の短剣を、ヴァルディスは避けることもなく受け止めた。手袋に覆われた手を、短剣が切り裂く。ガリシアの悲鳴のような声が響き渡った。
バスティアンは目をすがめると子竜を押さえつけた。まだ年齢的には20歳程度の幼い竜だった。

「バスティアン、離してやれ」

「ですが・・・ッ!ヴァルディス様に刃を向けたものを許すわけには…!」

「いいから離せ。これしきで怒るほど俺は器が小さいとお前は思うのか?」

「……いえ、申し訳ありません」

ヴァルディスの手は深く切り裂かれていた。しかし頓着することなく解放された子竜を見つめる。

「お前、名前は何だ。名乗れ」

「ゼノフォン・ブラヴァ」

ゼノフォンはいまだ憎しみの篭った目でヴァルディスを睨んでいた。子供とはいえあまりに不敬すぎる態度にざわめきが広まり、ガリシアは真っ青になっていた。
ヴァルディスは手袋を外した。

「お前の父はムーンか」

「母はアレクサンドリアといいます。母は父の志向に同意できず、家を去りました。なのに母まで・・どうしてですか!母はあのとき戦場にはいなかった…!!」

「それで、俺が殺したと?」

ムーンによく似た子は頷いた。これだけの殺気と怒気、緊張に囲まれてこれだけ言い切れるとは恐ろしく度胸のある子供である。
ヴァルディスは立ち上がり、ゼノフォンの前に立った。切り裂かれた傷からあふれ出した血に濡れた手をゼノフォンの頬に当てる。

「覚えておけ子竜。血を流させるということが、どういうことか」

「あ…あぁ…」

「お前達も忘れるな!力でねじ伏せ、相手を殺すということは、重責を伴う!殺したら殺した分だけ生き様を背負え!その中で誇り高く生きろ。戦で流れた血を忘れることは許さぬ。だが情けをかけることも許さぬ。相手の傷を己も負え。死ぬ覚悟のないものに、戦う権利はない!」

ヴァルディスが声を上げた。低い声が確かな威厳と気高さをもって魔界の民に届いていく。
兵士たちも長老も貴族も、全員が跪いた。はい、ヴァルディス陛下!と合唱のように揃った返事が返ってくる。ヴァルディスはゼノフォンの頬を血で汚し、言った。

「この血を忘れるな。この日を忘れるな。大きくなって強くなって、俺の首を獲りに来るがいい」

そっと手を外した。ゼノフォンはへなへなと座り込んだ。間近で王を見て、その魔力と魔圧にあてられてしまったのだ。そしてその眼光にも。
あまりに格が違った。ヴァルディスはからん、と落ちた短剣を拾い、玉座に戻り様にハレスに預けた。ハレスはそれを部下に渡し、ヴァルディスの傷を素早く治した。
この肌に傷跡など残せば、自分で自分を殺したくなる。ゼノフォンを慌てて抱き寄せたガリシアにバスティアンは「早く退出せよ」と命じた。いくら子竜であっても、ヴァルディスに刃を向けたものを許せないのだ。

「陛下、終わりました」

「分かった。話を戻す。四天王家、空いた一家にはプロネトウス家を復活させる」

プロネトウス家当主が貴族院から進み出た。プロネトウス家は昔から存在する家で、ヴァルディスの義父である先代王の幼馴染や前大将軍を輩出した名門家だった。
プロネトウス家の当主は、ゲオルトという筋骨隆々の壮年の男性だった。彼も、封印されていたひとりだ。ハレスやバスティアンの体術の師でもあった。

「今度の戦、よく兵を取りまとめ、バスティアンのサポートをしていた。お前なくしてはバスティアンもあそこまで守れなかっただろう。プロネトウス家は功績を残し魔界ひいては王家、俺に尽力し続けていた。前回は先代当主の不始末で落されたが、また四天王家に名を連ねてもらう」

ゲオルトは跪き、力強く頷いた。

「ありがたきお言葉、これ以上なき名誉にございます」

「ゲオルト、期待している」

「はっ!!」

ゲオルトは一礼し、バスティアンの一段下に立った。

「更にチェスノコフ家の代理としてタルタト家に百年の間任命する」

タルタト家が進み出た。タルタト家当主、ジェズ・タルタトである。ジェズはブラヴァ家を越える頭脳派で、元々大参謀として活躍していた。今回の任命は誰もが納得するものだった。
ジェズはゲオルトと同世代である。ヴァルディスより少し年上だ。ハレスの一段下に立ち、やっと四天王家が揃った。

「ここで皆の者に宣言がある。俺はクロノス問題に数年力を入れ、拠点を移す。その間はバスティアンを王代理に任命する。文句はないな?長老院貴族院、認めるか」

「認めます」

「認めましょう」

貴族院と長老院は次々と頷いた。それに満足げに頷いたヴァルディスは次々と命令を下した。復興の総指揮にゲオルトを任命し、ボルケナの研究にジェズを任命する。チェスノコフの研究は全てジェズに引き継がれた。
魔界総合研究所の所長も兼任することになった。

「魔界軍は半数を失った。兵を募集せよ」

ヴァルディスの命令は多岐に渡っていた。確実で隙がない命令が下され、拝命したものたちはそれぞれ跪き頷く。
その様子を影からこっそり見ていたレオニクスはほう、とため息をついていた。ちなみにレオニクスの後ろからは王の侍女たちも盗み見ている。

「ご立派ですわ」

「流石は陛下ですわ」

「はぁ…かっこいい…」

『うむ…』

ディシスも四天王家として堂々と振舞うハレスに目を蕩かせていた。カッコいい。文句なしにカッコいい。てきぱきと指示し最低限の言葉で王の意思を汲み取り、采配する。采配を受け、更に大人数を動かしていく。
いつも見ている光景ではあったものの、玉座に座る姿や広間に立つ姿など滅多に見ない。
王の泰然とした姿、腹心の厳格な姿にそれぞれの伴侶は影で惚れ直していた。

「あれが俺の彼氏だぜ…今更信じられない…」

『ハレス…』

緊張感溢れる広間の片隅から、ピンクな空気が流れ出る。ただそれが誰かの目にとまるまえにブロックされているのはひとえに王の侍女の頑張りのためだろう。

「はぁ…」

『格好いい…』

しかしその視線をきちんと恋人は受け止めていた。
ちらり、とレオニクスを見て、ヴァルディスは小さく笑みを刻んだ。

「うっ!!」

その五分後、ハレスもちらりとディシスを見て「クスッ」と笑った。バッと顔を思いっきり逸らし、ディシスは口をパクパクさせる。

その後全ての命令を下し終え、ヴァルディスが解散を命じるまでの数時間、召喚コンビは愛しい彼氏の仕事時の姿にもだえ続けた。





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