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黒の誓い
 2※


「あ、うっ、やっ…あぁっ」

バスティアンは泣きながら自分の服をにぎりしめた。色んな体液が染み付いたそれは見るも無惨で、もう着れないだろう代物である。クリフの激しい攻めに泣くバスティアンの手により、服にまた裂け目がひとつ、増えてしまった。

「も……やっ、ゆるし……っ」

肉付きのいい尻たぶを割開き、クリフは更に深く腰を進めた。びくびく跳ねる身体を押さえ付け、征服する、ほの暗い喜び。
精悍な顔を歪め、泣き、嬌声をあげては恥じらう姿に煽られる。どこからどう見ても雄、それも鍛え抜かれた鋼の身体を持つバスティアンは、それでも雌だった。クリフの理性をぐずぐずに溶かし、本能に忠実にさせる。

すでに何回か吐精させられたバスティアン自身を掴み、クリフはぴったりと身体を重ねて笑った。

「淫乱だな…?俺以外にも雄を知っているのではないか?」

「んなわけ…っ」

「あの幼馴染だっているし…お前のひざまずく、王に誘われたら、ついて…」

「ヴァルディス様を穢すなッ!!」

バスティアンは快楽を吹き飛ばした怒声でクリフを怒鳴りつけた。
怒りに燃えた目で睨みつける。クリフは言葉を止めた。こんなに怒るとは思わなかった。
バスティアンは身をよじり、クリフを見つめて続けた。

「俺の身体が欲しいのならくれてやる。だがヴァルディス様を穢すことは許さん!罵ることも、侮ることもだ。覚えておけ!」

「…いい目だ」

クリフはにやっと笑うとバスティアンの身体を抱き上げた。

「ひゃああ!!」

角度が変わり、鋭い刺激にバスティアンは声を上げた。自分の体重でさらに深く銜え込むことになり其の分快楽が深くなる。びくんびくんと跳ねる腰を支えながらクリフは低く囁いた。

「そっちの目のほうがずっといい…。王をそこまで敬愛しているとは…妬けるな」

「ば、かを言うな…ッ」

バスティアンは目の前の肩にすがりついた。戦の細かな傷をクリフがなぞり、嘗めていく。ぴりっとした痛みの後の甘い痺れにバスティアンは咽喉を鳴らした。


ひく、と動く咽喉仏が艶かしい。クリフは誘われるままに歯を立てた。途端びくつく身体に頓着せず、やわやわと甘噛みする。
バスティアンのピアスが煌いた。奇しくもハレスと揃ってしまった真紅。それを変えることなくつけ続けているのは、彼の長い思慕の名残なのだろうか。
彼には派手すぎる色彩のピアスを、クリフはじっと見つめた。バスティアンに似合うのは銀や金、そして蒼。真紅など似合わない。

「何故ピアスを?」

「んぁっ…別に、若いときの、気分だ…」

「何故緋をつけている。似合わんだろう」

「…お前には関係な…ひっ」

クリフは尋問するように腰使いを早めた。自身、何故ここまで気になるのか分からないが、その血のような赤がどうしても気に入らなかった。
バスティアンにはもっと荘厳な色が似合うはずだ。

「答えるつもりは?」

「な…いっ」

「そうか」

クリフは短く答えるとバスティアンをベッドに押し倒した。足を担ぎ上げ、ラストスパートをかける。
ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立ててクリフは激しい挿入を繰り返した。バスティアンを泣かせ、この身体を味わいつくしたい。

「あっ、あっ、…も、やっぁああ」

「バスティアン」

「んっ…」

クリフの口付けを受け、バスティアンはふにゃりと眉根を蕩かせた。
どんなに辛くても身体は正直なのだ。背中に腕を回し、恋人同士のように求めあう。

この瞬間が続けばいい。

「くっ」

「ああっ」

クリフが果て、バスティアンも絶頂に導かれる。余韻を味わう間もなく、バスティアンは意識をブラックアウトさせた。
幸せな気持ちのまま、眠ってしまうために…。

「…バスティアン」

クリフはずるりと引き抜くと、バスティアンの身体を抱き上げて風呂場に向かった。陵辱した身体を清め、安らかに眠らせてやることがせめてもの礼儀だと思った。

この身体を抱いても、欲求は収まらなかった。
本当に欲しいものは、違う。ただそれが何なのか、クリフは分からなかった。


□□□□


ふっとバスティアンは目を覚ました。差し込む朝日のせいか、と眩しさに目を細める。
身体は綺麗に清められていた。軋む身体を起こし、シーツから這い出る。まだ出仕までには時間があるため鏡の前に立った。もう部屋にクリフはいない。だからといって落胆もしなかった。
鏡に映る精悍な男の身体には、鬱血の痕や噛み痕が散らばる。
ひとつひとつ辿れば、昨晩の記憶が蘇って顔が勝手に熱くなった。
昨夜の陵辱から目をそらすようにバスティアンは己の顔を覗き込んだ。ピアスが光を反射する。

「そういえば…気にしてたな…」

バスティアンはそれに触れた。小さめのピアスには紅い石だけが嵌っている。実にシンプルなこれはバスティアンがピアスホールを空けたときから耳につけられているものだ。
バスティアンは小さく微笑んだ。これにまつわる思い出が蘇る。

あれは、四千と数百年前。バスティアンとハレスがそれぞれ軍と特別近衛に入るときのことだ。
ハレスがおもむろに寄越してきたものがこれだった。当時は今よりも皮肉で、貴方に赤は似合わないでしょうが、流す血のかわりにこれでも嵌めておきなさい、というカード付だった。
あれ以来、外さず身につけている。
今度、ハレスが婚約したため相手の目の色のピアスを嵌めており謀らずとも揃ってしまった。それに対して、昔ほど反応しない自分が鏡から見つめてきていた。

「…」

銀色の目。この目は、今誰を見つめているのか。
ハレスじゃない。ハレスから、自分は誰に心を移したのか。
分かっている。もうとっくに。

バスティアンは軍服を手に取った。大将軍の証である長い裾と前垂れ。四天王家を表す己の名前。地位と責任を形に表したようなそれらを撫で、バスティアンは目を閉じた。
ハレスの言葉が蘇る。

『恋愛は、心でするものです。何より貴方が大事に思うヴァルディス様だって、そこまでしてアドルガッサー家の・・・いえ純血の血を守りたいとは思わないでしょう』

心でするもの…。
このまま終わりたくないのなら、どうすべきか。
とっくに、答えは目の前に。

「……」

バスティアンはローブを脱ぎ捨てた。軍服に袖を通す。それだけで気持ちがスッと引き締まるのは、若いころから変わらないことだった。
手早く釦をはめ、帯を腰とウエストの間くらいにしめる。襟を整え、靴下を履き、手袋をはめた。
きゅっと手を通せば、身支度は完了した合図だ。
髪の毛を適当に流し、目を開ければそこにいるのは魔界の中枢、ヴァルディスの右腕のバスティアンだ。

昨夜の無体を感じさせないきびきびとした動きでバスティアンは部屋を出た。ヴァルディスの執務室に呼ばれている。王の前で無様な様は見せられない。

王城は長い廊下と広い部屋で構成されている。迷路のようなつくりはたとえ攻め込まれても簡単に王のもとへはたどり着けないようにするためだ。いくつもの仕掛けもなされており、王城自体が要塞でもあった。
王城はもう数千年の時を経ているが代々のドワーフたちが常に修理、強化をしているため完璧な強度を誇っている。
バスティアンはそんな王城を全く迷うことなく王の執務室まで歩きながら外を見た。
破壊された首都ローゼン。戻ってきた住民達が復興のために駆けずり回っている。まだヴァルディスの命令が下っていないため誰も指揮できずにいるが、住民達は自分達だけで出来ることをしているようだ。
経験者が多いというのも関係あるだろう。

バスティアンは小さく笑うと視線を外した。
この階段を降りて突き当たりが執務室だ。廊下に立つ兵士が敬礼するのに目線で返し、バスティアンは執務室の扉に手をかけた。

ノックしてすぐ、入室の許可が降りる。
扉を開ければ、執務机に構えるヴァルディスとその前に立つハレスが見えた。昨日の疲れを一切見せない二人に自然と頬が上がる。

「バスティアン・アドルガッサー参りました」

「来い」

ヴァルディスは悠然と構えていた。
ハレスの隣りに並び、ヴァルディスの言葉を待つ。

「お前達には、先に伝えておこうと思ってな」

「はい」

「――俺は、クロノス問題を捨て置けない。あちらにカタをつけ、必ずやあの世界を救う」

「それは」

「やはり、王を退位なさると…いうことでしょうか」

ヴァルディスは目を閉じた。ハレスたちの間に緊張が走る。
王を退位するなど言われたら。臣下の戦であっても、引き止められないかもしれない。
彼がいなくなったら。そんなこと、考えただけで身が震える。

だが、ヴァルディスはゆっくりと首を振った。

「数年…数年の間だけでいい。お前が中心になり、魔界を支えていてくれ。クロノスには時間がない。俺は王で在り続ける。だが直接こちらで統治するのはクロノスが片付くまでは難しい」

「え…」

「王の代理…即ち、魔界を任せ、俺と繋ぐ役割を、バスティアン、お前に任せる」


「ヴァルディス様…」

「迷わせ、惑わせてしまったな。俺が揺らげばお前達はどうしていいか分からぬだろう」

バスティアンとハレスは顔を見合わせ、首を振った。
ヴァルディスが王を続けると言った。もう、迷わないと。それは指針だった。

「ハレスはこれまでどおり俺についてこい」

「はい!」

「承知いたしました」

ハレスとバスティアンは膝をつき、頭を垂れた。
王の命令が下された。片方は魔界を任され、片方は命を任された。
これほどの名誉があるだろうか。

ああ、心が打ち震える。

「クロノスを救いたいという陛下のお心に従います」

「我が命に代えても、魔界を守りますゆえ、お心のままにクロノスをお救いください」

二人の忠臣の言葉に、唯一の王は満足げに頷いた。





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あきゅろす。
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