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黒の誓い
 12



シュイノールの比較的無事だった宿屋に戻ってシャワーを浴び、レオニクスたちは倒れこむようにしてベッドに寝そべった。
傷の手当てもする気力が起きないレオニクスを抱き寄せ、ヴァルディスが救急セットを広げる。

「いてて…」

「生傷の絶えぬことだな」

ヴァルディスが慣れない手当てに四苦八苦していると、部屋の中に風が巻き起こった。
何事かと目を瞬かせる間もなく低く甘い声が響く。

「ヴァル」

「…父」

「シリウスさん…」

流石に身を起こしたレオニクスを制したシリウスはベッドに腰掛けた。
いきなりの訪問に怪訝な顔をしながらもいつものことなので大して気にもとめずヴァルディスは手当てを続ける。

「大事無かったか」

「俺もレオもない。あるとすればハレスだ」

「ああ。どうやら助かったみたいだな」

「見ていたのか?」

「神は見ることしか出来ぬのだよ、我が息子よ」

「…」

余計な干渉は出来ないのが神の掟だった。なぜなら神は生物ではないからだ。生も死もなく絶大な力を持つ神が干渉すれば生物達のバランスは崩れ、世界の力の均衡は失われる。
干渉が許されているのは、三羽烏だけだった。

いくらシリウスが偉大で高位な神であっても、出来ることと出来ないことがある。

「それに」

「?」

「我が息子が出来ることを私が奪ってはいけないだろう?」

そんな掟はクソ食らえなところがあるシリウスだったが、ヴァルディスの為すことには極力手は出さなかった。

「疲れたか?レオニクス、ヴァル」

シリウスの問いに曖昧に笑ったレオニクスを撫で、ヴァルディスは頷いた。流石にあれだけ戦えば少しは疲れる。

「そうか」

シリウスは微笑み、ヴァルディスの肩を押してベッドに寝かせた。力強くなかったのに勝手に従って寝かせられた身体に苛立つことなくヴァルディスは素直に横たわった。
ヴァルディスとレオニクスの目に手をあて、シリウスは囁いた。

「眠るのだ、愛しい子らよ」

その囁きに逆らえず、瞬間的に優しい眠りの中に引き込まれた二人の頭を撫で、シリウスはベッドから降りた。
シャワーで濡れていた髪を乾かしてやり、布団を被せてやる。

「よい眠りを」

ヴァルディスを少しだけ抱きしめてシリウスは部屋を後にした。
そのとき振り返っていれば、抱きしめられたことで安心しきった息子の寝顔を見れたのだが、シリウスが振り返ることはなかった。



■□□■


『ハレス』

「…ディシスさん…」

ハレスが目を覚ましたのは夜中だった。
傍には、汚れも落とさずずっとついていたディシスがいて、頬を緩める。
ハレスが目覚めたのを確認するとディシスは目に涙を溜めた。

『ハレスの馬鹿者…』

「ディシスさん?」

『…死んでしまうところだった』

ぽつりと呟かれた言葉に胸が締め付けられた。油断していたせいで、ディシスには地獄のような苦しみを味わわせてしまった。
決して泣かせないと誓ったのに、もう何度泣かせただろうか。

「すみません…」

『馬鹿者!馬鹿者馬鹿者…ッ!!』

ディシスは前足で何度もハレスの布団を叩いた。吐き出すように馬鹿者と罵り続ける。
涙混じりの声にハレスも泣きそうになった。だが泣く資格などハレスには無かった。

「すみません」

『あああああああ!!』

罵られても引っかかれてもハレスは文句一つ抵抗一つせず受け入れた。
この慟哭さえも、ハレスがいなければきっと出来なかった。その事実がディシスを更に打ちのめした。
許容量を越えた感情が渦巻き、どうしようもなくなってハレスにぶつける。
ハレスは謝りながらそれを受け止めた。

「すみませんでした」

『うぅっ、ああ…違う、違うのだ』

違う。
こんなことを言いたいんじゃない、罵りたいのではない。
良かった、と生きていて良かったと言いたかった。愛していると言いたいのに出てこない。
レオニクスは言えた。なのに己はどうしても言えない。
それよりも、悲しみのほうが大きすぎて。

「すみません…貴方を泣かせてしまって、辛い思いをさせてしまって申し訳ありません」

謝るんじゃなくて。愛してると言って欲しい。好きだと言って抱きしめてほしい。
ハレスが確かに生きていると確かめたい。

『ば…か…!!うぁっ…』

涙が止まらなかった。
今更レオニクスが凄いと思った。
一度、ヴァルディスを亡くして、なのにあんなふうに強い意志で引き戻して。ディシスには真似できなかった。
引き戻したヴァルディスを、あんなふうに許したりは出来なかった。

「ディシスさん…ッ!!」

『…ッ!』

唐突にディシスは抱きしめられた。
ハレスの腕がきつくディシスの首周りを抱きしめる。

「すみません…ッ!!」

『うぅ…』

哀しげに泣く狼が愛しくてたまらなかった。申し訳なさで心が一杯になった。
この命は全てヴァルディスに掲げていて、いつか同じような思いをまたさせてしまうことになるかもしれない。
ヴァルディスだっていつかまた魔界に命を捧げる瞬間が来るだろう。

それが分かっているから、ハレスは誓うことが出来ない。
もう二度とこんなことはしない、と。今回は油断していた。でもまた戦になれば、こんなことはいくらでも起こり得る。
たとえ負け戦であっても、先には死しかなくとも、戦わねばならぬときは戦う。それが黒竜族であり、ヴァルディスであり、彼に従うハレスたちだからだ。

「すみません」

だから謝るしか出来なかった。
謝って、抱きしめて、許しが与えられなくとも腕を放すことは出来なかった。
ディシスの慟哭が胸を突く。
守ると誓った存在を泣かせることしか出来ない己に腹が立つ。

『…ハレス』

「はい…」

ディシスが小さく呼んだ名前に返事をする。

『…良かった』

「え…」

『生きてくれて…良かった…』

呟かれたのは、そんな言葉だった。
今までのどんな慟哭よりも胸をえぐった囁きにハレスは思わず息を止める。
泣きながらの声はそれでも優しく、心から言っているのだと分かった。

『死んだらどうしようかとそれだけを思っていた』

「…ッ」

『ハレス…』

ポンッと音がして人型を取ったディシスが腕の中に現れる。
なめらかな肌にふわふわな耳と尻尾、天然な白髪のディシスはハレスの首に手を回した。
濡れている紅い瞳はいまだ哀しみに彩られている。

「ディシスさん」

「このまま、抱きしめていてくれないか」

生きていると感じたい。
その鼓動も何もかもをもっと近くで感じたかった。

「出来るなら」

「?」

ディシスは少し俯き、ハレスの肩に顔を埋めながら小さく言った。

「抱いて、くれないか」

ハレスの身体が一瞬強張り、次の瞬間にはベッドに優しく押し倒される。
見上げた顔は優しさに満ちていて、ディシスは頬を緩めた。

「しっかりと感じてください私を」

「…ああ」

何もかも見抜かれている。
それが幸せだと思うのは、仕方が無いことだと思う。

ディシスは微笑みながらハレスを抱き寄せた。




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あきゅろす。
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