黒の誓い
11
「よぉ、女王さん」
ボロボロになったガイアに腰掛けたハイニールが片手を上げた。
ルイスターシアもその隣りに座っている。
エンジンはひとつ落ち、最後尾に作りつけられていた花園は跡形も無く失われていた。ボディはへこみ、塗装は剥げている。
「…修復は可能なのか」
「あー…シュイノールがこれじゃぁ、望めねぇな」
「ヨーデルなどメインの機関は何とか守り抜いたが…そのほかは」
「ふむ」
ヴァルディスはガイアの様子を見て、ハイニールたちに視線を戻した。
「負傷者は?」
「20人くらいだ。死んだ奴はいねぇ」
「…そうか」
武装も出来ていないのに戦ったガイアはもう飛ぶことすら難しそうだった。
「ハイニールさんたちに怪我はありませんか?」
「ああ大丈夫だ」
「君達は?」
「ハレスさんが危なかったんですけど何とか助かりました」
「それは良かった」
ルイスターシアに頷き返したレオニクスはその隣りに腰掛けた。
疲れがドッと押し寄せる。
あらかたガイアを見て回ったヴァルディスは腕を組んだ。
「連れ去られたものは戻すように言ってある」
「職人はいても道具も設備もねぇなら出来ねぇよ。シュイノールは設備も特別なんだ」
「…」
何かを考え込む素振りのヴァルディスは情報端末機を取り出し、誰かと話し始めた。
仕事モードのヴァルディスは置いておいてレオニクスはルイスターシアと話に花を咲かせる。
「今日はおかしかったな」
「おかしい?」
「ホールド・セカンズがいなかった。なぁ。ハイニール」
「ん?あぁ、まぁな」
ガイアを見てため息をついていたハイニールは話を振られて肩を竦めた。
ホールド・セカンズとはアイレディア空軍きっての空軍艦で、クロノス三大空軍艦のひとつである。ハイニールのライバルであるクレイディが艦長を務めている。
「クレイディの馬鹿が見えなかったな」
「呼ばれてないのか?」
「呼ばれずとも来んだろ…まぁ、アイツは律儀なところがあっからなぁ。今回みてーな作戦には参加しなくても不思議じゃねぇな」
ダルそうに言い切ったハイニールは煙草を取り出しくわえた。
ジッポで火をつけ、煙を吐き出す。
「一本下さい」
「あ?お前吸えるのか?」
「これでも元ヘビーですよ」
「そうなのか?」
驚いた様子の二人に笑いかけ、レオニクスは一本貰った。
「体力なくなるんでやめましたけど。昔は一日二箱吸ってました」
重いタールの煙草に火をつけて久しぶりの煙草を吸い込む。
苦味のあるそれにわずかに笑みを浮かべた。
咳き込んだりふらついたりしないレオニクスにハイニールは感心したようだった。
「マジでヘビーだったんだな」
「まぁ。…これ、懐かしいですね」
「シックススター吸っていたのか?」
「色々吸いました」
フーッと煙を吐き出すレオニクスは見慣れず、ハイニールとルイスターシアは居心地が悪そうに身じろぎした。
そんな様子に気づいたのかレオニクスは煙草をくわえたまま手を振った。
「人は見かけによらないでしょう」
「何かあったのか?」
「…」
ルイスターシアの質問にレオニクスは黙り込んだ。
何かあったかと聞かれれば無かったとは言えない。母の仇を討てなかった。生かしてしまった。
我儘も通してしまった。あれでヴァルディスの立場が悪くなってしまうかもしれない。それくらい重大な決断を感情を挟んで決めさせてしまった。
そんな自分に苛立ちが抑えられない。
自分が守りたいと願ったのは、ヴァルディスたちの仇とも言える存在だ。
本来なら敵同士。それを捻じ曲げて好きになった。
感情と、動く世界に挟まれて、何が正しいのかよく分からない。
ヴァルディスはレオニクスさえいなければ死に掛けなかったし苦しい立場にも追いやられなかった。
そう考えると酷く遣る瀬無い。
「…俺は、ヴィーに相応しいのでしょうか…」
「レオニクス君…」
「あなた方まで、巻き込んでしまいました」
初めは小さな願いだった。
世界なんて守らなくていいから、と。ただ、滅ぼさないで、と。
それだけだったはず。
「ヴィーは、間違いなく王様なんです。俺がこうやって、引っ張りまわしていい男じゃないんです」
ヴァルディスは約束を守っただけだと笑うけれど。
その広い心は彼を崖っぷちに追いやってしまう。
ハレスまで死に掛けた。
裏切りまで、出した。
「…そう考えてたら、煙草でも吸わないとやってられなかったんです」
それが全てレオニクスのせいとはもちろん思わない。
だが原因に含まれていることは確かなのだ。
短くなった煙草を投げ捨てるレオニクスを、ルイスターシアは痛ましげに見つめた。
ハイニールは煙を吐き出し、空を見た。
「坊主」
「はい?」
「俺達がお前らに協力しているのは、俺達の意思だぜ。空を見てみろよ。俺達はあそこを自由に駆け回る鷲だ。誰の命令にも縛られねぇ」
「…」
「俺達を巻き込んだなんて考えんのは筋違いだな」
「そうだ。私達をナメてもらっては困るな」
顔をあげたレオニクスをガイアの二人は微笑んで迎えた。
「竜王も、自分で決めているさ」
「アイツが感情だけに振り回される男とは思ってねぇだろ?」
「…そうですね」
レオニクスは柔らかく微笑んで答えた。
ヴァルディスがそんなに甘い男ではないことは知っている。
きっと今回見逃してくれたのも何か計算があってのことだろう。後押ししたのはレオニクスへの愛だということに変わりはないが。
「煙草、いるか?」
ハイニールが煙草の箱を差し出してくる。
手を伸ばしかけて、レオニクスは首を横に振った。
「いや、もういいです」
「ということだ。ハイニールもやめろ」
「は?」
きっぱりと断ったレオニクスに笑みを浮かべたのも束の間、ルイスターシアから言われたことにハイニールは信じられないとでも言いたげに目を剥いた。
そんなことは気にせずさっさと煙草を奪い取ったルイスターシアはにっこりと笑みを浮かべた。
その笑みを間近に見てしまったハイニールはピシリ、と固まる。
「何か?」
「あ…、い、いや、」
「だよな」
グシャリ、と煙草が握りつぶされたのを見てレオニクスはさりげなく視線を外した。
意外にも尻に敷かれているハイニールを心の中だけで哀れむ。
「大鷲、蜃気楼」
ヴァルディスに呼ばれ、押し合いへしあいしていた二人が言い争いをやめた。
ヴァルディスは端末機を懐に仕舞いこみ、ガイアに視線をやった。
「設備があればいいのだな?」
「ん?あ。あぁまぁ」
「分かった。ならばガイアとお前達二人、それに職人を二人、魔界に招待しよう」
「は?」
「魔界ならここよりも優れた設備が整っている。バスティアンと話したがお前達とガイアには借りがある。今回はここの復興もガイアの修復も我々が受け持つ」
「ちょ、」
「ユピテルやウラノスを作った魔界だ。ガイアくらいすぐに直る」
文句は無いな?と押してくるヴァルディスにガイア組は頷くしかなかった。
ヴァルディスは満足そうに頷くとレオニクスを引き寄せた。
「お前達とガイアはバスティアンが案内する。俺は魔界に戻ったら煩いだろうからこっちに残る。分からないことがあったらバスティアンに聞け」
「お、おう」
「どうも、すまない」
「ここがこうなったのは俺の落ち度だ。詫びとでも思っておけ」
そう言ってニヤッと笑ったヴァルディスはむかつくくらいイイ男だった。
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