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黒の誓い
 10




馬から降り立ったオルトヴィーンは交渉したいと言い、とりあえずヴァルディスはハレスの様子を見た後暴れ回っていたバスティアンを止めた。屍が散乱する惨状に眉を潜めるだけのオルトヴィーンの前に立ち、相手の出だしを待つ。
オルトヴィーンはヴァルディスに呑まれることなく堂々と立った。

「貴殿がヴァルディス王で構いませんか」

「いかにも」

「私はミハエル・オルトヴィーン。アイレディア軍の中将をしております」

「ドン・クィレルに居たな」

当たり障りのない挨拶を交わし、オルトヴィーンは本題に入った。

「単刀直入に言いましょう。今回は見逃していただきたい」

「………」

「そちらに被害はないはず。今回アイレディアは殆どの戦力を投じている。何とか和解出来ませんか」

「…フッ」

オルトヴィーンの訴えを一笑に付したヴァルディスは腕を組んだ。

「貴様みたいな男にアイレディアは役不足に見えるが。愚かな国だ」

レオニクスがつい、とその場を離れた。
ヴァルディスは止めるそぶりもなく好きにさせる。バスティアンも、アイレディア軍を監視していた。

「愚かな国であっても…祖国に変わりはない」

「貴様の願いはアイレディアから寄越されたものではないな。どうするつもりだ」

「もはや兵士の士気は下がり切っている。これ以上は流石に動かせないので」

「後は逃してさえくれればいいと?」

オルトヴィーンは頷いた。
いつもよりたくさん喋ったヴァルディスは疲れてしまったが仕方なく頭を回転させた。
正直、オルトヴィーンの願いは面倒な上にヴァルディス側に利益がない。何度も出陣させては戦えていない部下たちにも不満が出始めている。
それに、交渉はいつもハレスがやっていた。
はっきり言ってヴァルディスは交渉が下手だ。

「…どれだけ無理な願いかは分かっております」

ぽつり、とオルトヴィーンが呟いた。
思考を止めることなくヴァルディスは聞く。

「このままでは、我が国は滅びる…征服するつもりがないのなら、見逃してはいただけないか。滅びるのだけは、避けたいのです」

「…………」

さて、どうしたものかとヴァルディスは考えた。
このまま戦っても、アイレディア軍は総崩れで詰まらないだろう。
なにより単身交渉に来た男に免じてやるのもやぶさかではなかった。力と強さを重んじる魔界は、勇気のある行動にはそれなりの敬意を払う。
しかし、事態はそう甘くはない。アイレディアはヴァルディスのことで怒りを溜めていた魔界に喧嘩を売ったのだ。ヴァルディスの命令だからと、聴く耳を持つかは分からない。

「……」

「陛下」

考えるヴァルディスにバスティアンが近づいた。比較的熱血なところのある彼は今、アイレディアを潰したくて仕方が無いと顔に書いている。

「どうなさいますか」

「…」

「私は、反対です」

「…」

「陛下」

「…レオを呼び戻せ」

「…」

ヴァルディスはそれだけ言うと服の埃を払った。バスティアンは即行でレオニクスを探しに行く。
膠着した空気に耐えかねたのかオルトヴィーンが身じろぎした。

「何故ここを襲った」

「シュイノールを奪えないなら潰せ、そういう考えでしょう」

ヴァルディスは呆れたように目を細めた。

「人間は随分と馬鹿になったのだな」

「…」

比較しているのが誰かは分からなかったがオルトヴィーンは何も言い返せなかった。
反論の材料が無かった為だ。ここで何とか見逃すという約定さえもらえれば、ロナルドをぶん殴ってでも帰らせる。

『竜はどうするつもりだ…?』

ハレスを治癒者であるというエルフに任せたディシスは窓からその様子を見ていた。
さっぱりヴァルディスの考えが読めず、首をひねる。
元から何を考えているのかさっぱりだったが最近は更に分からなくなっている。

「ヴィー」

レオニクスがやってきた。バスティアンから説明があったのか、険しい表情をしている。

「…俺は、再戦すればどうかと思う」

「…」

ヴァルディスは視線で先を促した。ディシスも窓から身を乗り出さんばかりに聞き入る。

「ここまで独りでやってきた中将のこともだが…何よりお互いに準備を整えてさっさと最終決戦に入ったほうがズルズル行かなくて済むだろ」

「では、そのように取り計らってやろう。中将、決戦は一ヵ月後、場所はタナトス・ルースだ」

「…では今回は」

「見逃してやる。今日のうちにここを出て行け。残ったものは一人残らず殺す。そして連れ去ったものたちも返せ。でなければ明日にでもアイレディアを滅ぼす」

ヴァルディスはあっさりと決めた。レオニクスは険しさが解けないまま背を向けるオルトヴィーンを見送る。
彼は発言力があるし兵士からも国民からも絶大な支持を得ている。おそらく、この交渉どおりになるだろう。
会話を聞いていた周りの軍勢はオルトヴィーンに従い踵を返した。ようやく、建物の周りに静寂が戻る。

「…ヴィー、よかったのか?」

「忘れたか」

「何を?」

フッと笑って言うヴァルディスにレオニクスは怪訝そうに尋ねた。
バスティアンは調整のために去っていく。

「俺は言った。守ってやると。お前が望むなら」

「…ヴィー…」

「守りたかったのだろう?親友とその姉を」

「…やっぱり、バレてたんだ」

レオニクスは肩を竦めた。先ほど、影に潜んでいたジオクとの密談はやはりバレバレだったらしい。久しぶりに話す親友は、前よりも大人びていた。やはり戦に次ぐ戦で大分鍛えられたらしい。
昔から天使のような顔で悪魔のようなことをする腹黒だったがレオニクスには優しかったし姉のことが大好きな青年だった。
そんな彼を守りたいと思ったレオニクスに気づいていたらしい黒竜王は約束を果たしたというわけだ。

「はぁー…今回は疲れたな…」

「ハレスは?」

「あ、見に行こうか」

ヴァルディスは建物の扉を押し開けた。
治癒を終えたエルフが会釈してくるのを流してハレスに近づく。青ざめた顔は、それでも先ほどよりはマシな顔色だった。傷跡は塞がり、服だけが穴が開いている。
投げ捨てられた剣にはハレスの血がべっとりとついており、ヴァルディスは舌打ちした。

「…ハレス」

「…陛下、安静にしなければ」

「…構わん」

エルフを押しのけ、ヴァルディスはハレスを抱えるとディシスの背中におろした。
ぐったりとするハレスを上手く乗せてディシスに目を合わせる。

「シュイノールにまだ無事な病院があった。そこまで、絶対にハレスを落とすな」

『言われなくても』

ディシスはゆったりと歩き始めた。

「バスティアン、案内してやれ」

「はっ」

バスティアンが先導して去っていく後姿を眺めながらレオニクスは人型に戻った。いくつか負った傷が今更痛み出す。
興奮状態から抜け出したらしく、レオニクスはドゥラを鞘に収めた。

「俺達はガイアの様子を見に行くぞ」

「大丈夫そうか?」

「あの後不時着したみたいだが…ガイアは相当やられていた」

ガイアの様子をレオニクスは詳しく知らない。ヴァルディスも急いでここに向かったためやはり分からなかった。
足早にガイアが不時着しているところまで向かう道すがら、レオニクスはヴァルディスの腕を取った。

「…我儘ばかりで…御免」

小さく謝罪するとヴァルディスはぴたりと足を止め、まじまじとレオニクスを見下ろした。十センチ以上高いヴァルディスに見下ろされてレオニクスは居たたまれなくなる。
やがて、頭上から声が降りてきた。

「お前が望むなら守るといった。だから守った。お前が笑うなら、これでいい」

「え…」

真っ赤になったレオニクスに、ヴァルディスはキスをした。

「だから、笑え」

離れ際に囁かれた言葉に、レオニクスは照れたように笑って見せた。




シュイノールの戦が終わった瞬間であった。




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