黒の誓い
7
扉の外は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
戦争というよりも、まるで喧嘩だ。学生の抗争のような、統率制の無いものだ。
ヴァルディスひとりに翻弄され、積みあがっていく死体。戦で興奮しているのかいつになく喜色を浮かべたヴァルディスは「死ぬがいい!」と咆哮した。
レオニクスはドゥラを引き抜くとその背中についた。
今のところ、隊長クラスや将軍たちの姿は見えない。少し遠いところで指示を飛ばしているのだろう。
ハレスの居る建物を守るように張られた結界の外で暴れまわっていたヴァルディスはレオニクスに気づき、かすかに笑みを浮かべた。
「ちょっと足りないか?」
「ま、準備運動と思えばな」
ヴァルディス以上に好戦的で熱しやすいレオニクスは血が沸き立っていく感覚に嗤った。特にキメラ能力を解放してからはその傾向が酷くなってきた気がする。
戦場は既に正気を失っていた。本気の命の取り合いにもつれこんでいる。
戦争が長引き、軍人も剣士も正気ではいられなかった。そんな者らが集まり、一斉に敵意を向けてくる。
その感覚が心地よいと思う程度には、レオニクスもおかしくなってしまったらしい。
「ハレスさんはちゃんと医師に見せないと」
「魔界へ連れて行く体力はないだろう。誰か探しておく」
「ああ」
遠巻きに見ていた軍人が動き出した。
それを目の端に捕らえ、クッと笑ったレオニクスはドゥラを構えなおし、軍人の中に突っ込んだ。こんな接近戦で銃は使えない。刃物で剣士以外に負ける気はしなかった。
「死ねぇええ!」
「殺せぇええ!!」
「上等だコラァっ!!」
怒号には怒号で返し、剣を振りぬく。同時に目の前の敵を蹴り上げ、短刀で左の敵を刺した。
蹴り上げたとき、男の急所にストライクしたけど気にしてられない。使えなくなったらゴメンと心の中で謝って突き進んだ。
レオニクスの任務は、建物を守りきることだ。余り進み過ぎないように注意しながら立ち回った。
「畳み込めー!!」
「やられっかよ!」
レオニクスが暴れまわっている間、ヴァルディスは魔術を中心に戦っていた。
ピンポイントの魔術と大技を自由自在に組み合わせ、法則がない。
さらに炎系や氷系、風系とありとあらゆる魔術を使ってくるため、相殺もできなかった。
陣形を崩すポイントを的確に突く攻撃に軍隊は為す術もなく崩れていった。
詠唱破棄、方陣破棄の魔術でも威力は凄まじくヴァルディスの半径2メートルには誰も入れなかった。
ヴァルディスの魔力が底をつくのを待っても、彼の魔力総量ではそれは何十日後になるのやらという話なのだ。
さらに、積みあがっていく仲間の遺体にも軍人達は慄いていた。
一瞬で奪われていく、仲間の死体。湧き上がる憎しみと恐怖。
「来ぬか。ならこちらから行かせてもらおう」
静かなヴァルディスの声がやけに通る。騒々しい戦場に響く、上官の指令のように。
本能が聞けと促す。
「ひっ」
誰かが息を呑んだのを最後に、アイレディア軍を業火が襲った。
「ぁああああああ!!」
「ぎゃああああ!!」
「あがっ、ああああっ!!!」
断末魔の叫びが上がる。
その渦中で、ヴァルディスはかつての戦争を思い出していた。あのときも、こんな風に圧倒的だった。
いや、これほどではなかったか。
上がる悲鳴も、香る血も、汚す体液も何もかも、変わらない。四千年も経っているというのに。
人間は変わらない。何千年経っても、何万年経っても。
「あ、ああ…」
業火に巻き込まれなかった敵は後ずさりした。何という容赦の無さだろう。
それを顔色ひとつ変えずやってのけ、更に笑みまで浮かべるヴァルディスに畏怖した。
レオニクスもそれを見ていた。火はレオニクスを避けて通っていった。
「ヴィー」
レオニクスの周りの敵はみんな焼かれてしまった。まるで炎が意志を持っているかのように一人残らず絡め取っていってしまった。
「レオ」
「どうだ?調子は」
「まあまあだ」
ドゥラを担ぎ、血で汚れたレオニクスは笑った。
罪悪感は後から感じればいい。今はただ、やるだけだ。
戦いは好きだが殺すのは好きではないレオニクスは出来るだけ殺さないような戦い方をしていた。四肢を潰したり、意識を奪ったりなどだ。
それは時間が嫌にかかる戦い方で苦戦していたところを救われた。
一網打尽にするヴァルディスのやり方をレオニクスは責めるつもりはない。
「お前は?」
「まぁ、いいんじゃないか?ヴィーには負ける」
トントン、とドゥラで肩を叩きながら死体を飛び越えてヴァルディスに近づく。結構引き離されていたのだと今更気づいた。
「俺、弱いからな」
「抜かせ」
ヴァルディスは鼻で笑った。弱いならとっくに死んでいる。比較対象を間違えているのだ。
そんな二人を遠巻きに見るだけの軍人たちを横目にレオニクスはヴァルディスの服を見た。
さすがに服はボロくなっている。
「服、汚れたな」
「ああ」
「それ、繕えないな、流石に」
「大丈夫だ、新しい装束がやっと届く頃だからな」
「新しい装束…あ、あれか」
以前魔界でデートしたときに服を大量に与えられたことを思い出したレオニクスは頷いた。
あれは全てオーダーメイドで丁寧に仕立てられている為長くかかったのだ。
珍しくヴァルディスが黒以外の色を選んでいた気がする。
「さて。そろそろ来る…え?」
気だるそうにしていたレオニクスは横に倒していた顔を真っ直ぐ直し、目を細めた。
そんな異変にヴァルディスも前方を注視する。
「隊長…?」
レオニクスの呟きにヴァルディスは目つきを険しくした。
アイレディア軍も人垣が分かれてその人物を通す。
その人物はハニーブラウンの髪を揺らしてポケットに手を突っ込み悠々と歩いてきた。
ラインの入った召喚剣士服に包んだ身はスラリと細長かった。
「隊長?」
「ダンジェリ隊長だ。俺の元上司」
「辞表受け取ってないからまだ上司だ馬鹿」
小さな呟きも聞き取り返事をしてきたダンジェリにヴァルディスはわずかに眉を跳ねさせた。
人間を超越した聴力だ。盗聴器類は、ヴァルディスたちはつけられていない。
「貴様、人間か?」
「お前と違って人間だ」
会話を交わす距離になってレオニクスは口を開いた。
「隊長自ら来ていましたか」
「久しぶりだな。と言っても俺はお前の顔を覚えてもなかったが」
「相変わらず嘘が下手ですね」
「嘘?」
「俺…いえ私の顔を知らないはずがありません。申し送りがあったはずです」
「知らないな」
ダンジェリを見るレオニクスの目は冷え切っていて、剣呑な光を発していた。
ヴァルディスは気にも留めずにダンジェリを見る。一見隙だらけなその立ち姿だが、一切隙がない。
「ところで、自らどうされました?」
「こんなにやられたら俺が出ないわけにはいかないだろう」
「それがおかしいと言っています」
ダンジェリはにやりと笑った。
レオニクスは眉をしかめる。
「ヴィー」
「潜伏者はおらぬ…と言っても」
ヴァルディスは素早く目を走らせ、先ほど業火が襲わなかった一角を蹴り上げた。
鉄をも捻じ曲げるその蹴りに空間…いや鏡は砕け散る。
その向こうに、召喚剣士の一団が潜んでいた。突然襲った衝撃に何人かが吹っ飛ぶ。
「ヘリオスの鏡を使っていない潜伏者の話だが」
「さすがだな」
レオニクスの賞賛を受け止め、ヴァルディスはダンジェリを睨み付けた。
ぞくっとダンジェリの背中を寒気が襲う。
「殺るか」
獲物を定めた獣は、うっそりと口元だけに笑みを浮かべた。
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