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黒の誓い
 6


『あ、主、何を言って…』

「俺とディシスの契約を破棄するんだ。そうだ、何で思いつかなかったのか。そして、ディシスがハレスさんと契約する」

『何…?』

「ハレスさんは外傷で死に掛けてる。だから魔力には何の問題も無い。契約して、ディシスがハレスさんの魔力を使って彼を癒せ。それしかない」

ディシスは呆然とした。レオニクスとの契約破棄。それは唯一と決めた主と、一時でも離別することを指す。

『我の主は、主だけだ…』

「分かってる。でも、そうするしかない。俺はもう、契約は出来ない。ヴァルディスで精一杯なんだ。残るは、ディシス、お前だ。ディシスはSクラス、大丈夫だ。ハレスさんを受け入れられる」

レオニクスは説得をしながらハレスを見た。
一か八かの危ない綱渡りだがこれしかなかった。ディシスがハレスを受け入れられなければ、ハレスは助からない。

「助けたら、また俺と契約しよう」

『…主…』

「ハレスさんを助けられるかもしれない。やるか?」

ディシスはレオニクスを見つめた。ハレスを助ける。それは自分の命さえ捧げても悔いはないことだ。代償が、己の信念を曲げることだって、支払って悔いは無い。
もう一度、名前を呼んでくれるなら。もう一度、抱きしめてくれるなら。

『やらせてくれ、主』

ディシスの瞳に迷いは無かった。レオニクスはにっこりと微笑んだ。

「じゃあ、ディシス、あの言葉を言って」

『…我、ディシス・ライはレオニクス・ザーヴェラとの契約を破棄することをここに宣言する』

「受諾した」

ぶつり、と絆が切れたのが分かった。確かに繋がっていた今までの魔力がお互いから消えうせる。
言いようの無い寂しさを押し隠して、レオニクスは口を開いた。

「今回の契約は、一般的じゃない。言葉もないし方陣もない。一番早くできる方法だ。だがディシス。その分、お前の受ける苦痛は半端じゃない」

『ああ』

「ハレスさんの傷口から魔力に押し入り、契約して来い。契約は、噛み付けばいい。そこからとんでもない量の魔力がディシスに流れ込む。それは拒絶を起こして酷い苦痛をもたらすが耐えろ。そして、その魔力を使いこなすんだ」

『しかし、使いこなせるかどうかは…』

「大丈夫だ。いつもハレスさんの魔力を一番近くで感じていたのはお前だディシス。出来る。信じろ」

ディシスはゆっくり頷いた。
どちらにしろやるしかないのだから、と腹をくくる。
レオニクスもひとつ頷くとディシスとは反対側に回った。ハレスの腕を持ち上げる。

「ディシス、ハレスさんの血液型、知ってる?」

『否…。輸血か』

「ちょっと、危ないから。ヴィー、ヴィー」

「何だ」

「ハレスさんの血液型知らない?」

「AB型だ」

「俺O型だな…ディシスは?」

『A型だ』

「ダメか…ヴィーは?」

「神の血が入っているから無理だ」

「ダメだ、全員合わない…輸血しないと危ないぞ、ハレスさん」

レオニクスは途方にくれた声をあげた。何故こうも見事にバラバラな血液型なのだろうか。
そこでレオニクスは転がしてある三人を振り向いた。
気絶しているのを無理やり叩き起こす。

「おい、お前らの中にAB型は?」

「は?」

「いいから答えろ!」

「い、いませんっ」

あまりの剣幕に思わず敬語になったフリントをレオニクスは床に放り投げた。それでは使えない。喚かれては困るのでまた殴って気絶させ、今度こそ匙を投げかけた。

「レオ、ハレスの圧縮制質量保存袋を探ってみろ」

ヴァルディスに言われた通りにハレスのそれを持ってくる。

「その中にアタッシュケースがあるはずだ、出してみろ」

「了解」

レオニクスは探ってみた。検索してみると、確かにある。それを取り出し、またヴァルディスに通信を繋いだ。

「あった」

「開けてみろ」

アタッシュケースの中身は、輸血道具だった。それと、何かよく分からない液体が何種類か納められている。

「輸血道具だ」

「液体があるだろう」

「ああ」

「その中にBCDがないか?」

「BCD?」

液体が入った瓶のラベルを見ていくと確かにあった。BCDというロゴが入った瓶だ。

「あった」

「それはBlood change deviceの略だ。血液改変装置…即ちそれを使えば血液型の違う者でも輸血が可能になる液体だ」

「凄いなそれ!!」

「だが変えられる組み合わせが決まっている。それにそれはハレスの研究の試作品だ。だがそれしかないなら使え。AB型に輸血できるのは、O型のお前だレオ」

「分かった、ありがとう!」

レオニクスは通信を切り、ディシスに合図を送った。
ディシスは頷き、目を閉じる。外部からは分からないが今、ディシスはハレスの魔力の中に入っている。
それを見届けながらレオニクスは液体を輸血装置の中に入れた。そしてまずは自分の血液を抜き取る作業に入る。
召喚師学校で習ったことがこんなところで役立つとは思わなかった。興味本位で輸血の授業を取っていて心底よかったと思う。

自分の二の腕を縛り、静脈に針を刺す。太い針は痛かったが何とか一度で入れることが出来た。
血が抜き取られていく間、苦しむディシスを見つめた。
契約したらしく、身をよじって苦しんでいる。想像できない苦痛だろうに、歯を食いしばって耐えていた。そこまでして、ハレスを助けたいのだろう。
ヴァルディスとの契約だってレオニクスは気絶した。殆ど魔力が残っていなかったヴァルディスに対してそうだったのだから魔力バリバリなハレス相手では比ではないのだと思う。

「頑張れディシス」

液体に混じっていく血液。新鮮なそれがAB型になってくれることを祈る。
おおよそ容器が一杯になったところでレオニクスは針を抜いた。これ以上血液を抜くとレオニクスも危険になってしまう。
ふらふらする身体を叱咤してハレスの袖を捲り上げた。そういえば初めてハレスの肌を見るな、と思いつつ血管をなぞる。
二の腕を縛り、針を構えた。
たまに跳ねるハレスの身体。そのタイミングを計り、針を刺す。

見ているほうが痛いほど太い針を見事一回で納め、レオニクスは満足げな吐息を洩らした。これで失血のほうは心配ない。ハレスの研究が成功であればの話だが。

ディシスは相変わらず苦しそうだった。レオニクスは近寄り、その毛皮を抱きしめた。
震えるディシスを撫で、囁きかける。

「大丈夫だディシス、大丈夫」

やがて震えが治まり、ディシスが目を開けた。
荒くつく息、レオニクスは抱きしめたままその背中を撫でてやる。

「出来たか?」

『主、何とか…』

「そうか」

わずか数分の出来事だがディシスにとっては永遠にも等しい苦しみだった。
だがディシスは耐えた。全ては、恋人を救う為に。

『やってみる』

「ああ」

レオニクスは離れた。ディシスはいつもハレスがどうやっていたかを思い出しながら鼻先を近づけた。
ハレスの魔力が、まるで主を助けようとでも言うかのように我先にと飛び出していく。
癒しの能力は、使うと非常に疲れてしまう。傷口をなぞり、魔力を注ぎ込んでいくディシスは疲労が溜まったが完全に治すまでやめるつもりはなかった。

間に合うか、どうか。もしかしたらもうダメなのかもしれないが、望みは捨ててはいけない。
それはレオニクスが言っていることで、ディシスを救った言葉だった。

一度は諦めてしまった、愛しい命。その過ちを、償うかのようにディシスは一心不乱だった。

「凄い…」

レオニクスは感嘆していた。召喚師として、こんなにも早く順応する例は見たことがなかった。まるでハレスの魔力がディシスを導き、守るように包み込んでいる。
ハレスが傍についているような、そんな錯覚すら起こさせるほど、ハレスの魔力はディシスを優しく取り巻いていた。

「あ」

ピクリ、とハレスの指が動いた。
うっすらと瞼が開く。

紫色の瞳が姿を現し、手がディシスに触れた。

『ハレス…?』

「ディシス…さん…怪我、ありま…せんか…?」

そう言って微笑むハレスに、ディシスは呆然とし、そして笑った。

『無い。大丈夫だハレス』

「良かっ…た…」

ハレスは再び目を閉じた。気絶したのだろう、穏やかな息だ。
ディシスは静かに微笑み、そして泣いた。

「ヴィー…助かったぞ、ハレスさん…」

「そうか…礼を言う。レオニクス、ディシス」

ヴァルディスは穏やかに言った。
助かった。その安堵が伝わってくる。
レオニクスも安堵し、そして微笑んだ。
そして建物を守るべく、扉を押し開けた。




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