[携帯モード] [URL送信]

黒の誓い
 5


もう少し、早くついていたなら。







『ハレスッ!!』

飛び込んだ先、ディシスが目にしたのは、剣を二本突き刺され、更に腹から血を流したハレスだった。
ハレスはディシスを見て微笑み、そのまま意識を失った。

『ハレスっ、しっかりしろ、ハレ…』

倒れこむハレスを間一髪で受け止めたディシスは目を見開いた。床に流れている夥しい血。呻いている三人のものではなく、ハレスの血だとしたら。

この状況を見るだけで何があったか大体分かる。ディシスは怒りよりもハレスが心配でパニックになりかけていた。
暖かいハレスの身体は完全に意思を失い、ディシスに圧し掛かってくる。
慌ててハレスを寝かせようとして、ディシスは気づいた。剣が刺さっているため、寝かせることが出来ない。出来るだけ楽な姿勢に変えさせているとき、レオニクスが飛び込んできた。

「ディシス!ハレスさっ…、ハレスさん!!!」

ハレスを見ると血相を変えて近づいてきた。倒れ臥す三人や部屋の惨状には目もくれない。

『主、ハレスが、ハレスがっ!』

「っ!!ヴァルディス!!ヴィーっ!」

取り乱すディシスを見て辛そうに眉をしかめたレオニクスはヴァルディスを呼んだ。
ハレスは最早虫の息だ。

「何だ」

やはり心配していたのかヴァルディスはすぐさま応じた。
戦っているのか切れ切れだが確かに繋がる。

「ハレスさんが刺された。虫の息だ。今すぐ医者か癒し系に見せなければ…だがここは危なすぎる」

「無理だ。アイレディア軍は次々に増援を寄越してくる。俺一人で壊滅させても、ハレスを移動させているところを狙われたら流石に守りきれるか分からぬし、壊滅させるにしても時間がかかる」

「でも…」

「バスティアンに応援を命じた。間に合わぬか?」

「間に合わない」

「治癒系で誰か召喚できぬか」

「無理だ、召喚は基本的に相手の召喚陣が分からないと出来ない。癒し系は数が少なくて殆どいないんだ」

レオニクスはハレスを見た。血が流れ続けている。このままでは失血死してしまう。
恐れていたことが起きてしまった。癒しであるハレスがやられたら、レオニクスたちには何も出来ない。
レオニクスは唇を噛締めると召喚陣を描いた。癒しであるユアンを召喚する。
ユアンは前回の反省も含めてかすぐさま出てきた。

「止血だけでもしてくれ」

「…分かった」

ユアンに止血を任せ、レオニクスはヴァルディスとの通信に意識を戻した。

「ハレスはどんな状態だ」

「剣が二本、刺さっていて、もう一箇所、刺されていそうだ。意識はない。出血も大量にある」

「…」

『ハレス、死ぬなハレス』

何時になく取り乱すディシスに驚きながらユアンは止血した。ユアンの力では、止血くらいしかできることがない。
ハレスは血の気をどんどん失っていた。何とか止血できたものの、失った血が多すぎた。それに傷も塞がっておらず、中がどれだけ酷いのかも分からない。

「…分かった。では俺がそこを守ろう」

「ヴィー…」

「魔界の医者は間に合わん。レオ、できることはやれ。どんなことでも構わん」

「…分かった」

レオニクスは短く返し、通信を切った。
ヴァルディスは必ず助けろとは言わなかった。そういう希望は口にしない男だ。
ユアンはそそくさと戻っていた。ディシスはぽろぽろと泣きながらハレスを呼び続けている。

レオニクスは必死に頭を働かせた。ハレスを助けるために、何が出来るのだろう。

『主、ハレスが、死んでしまう…』

「ディシス…」

ディシスは見たことが無いほど弱っていた。ハレスもこのままでは長くは持たないだろう。
シュイノールの中に居る医者を探すにしても、時間が無い。
レオニクスはとりあえず、足を切断されている三人を振り返り、その手を縛った。
片隅に転がしておく。ヴァルディスを裏切り、ハレスを刺した彼らを黒竜王は決して許さないだろう。

「ディシス、止血は終わってるから、剣を抜く。いいな?」

『血が、血が出て…』

「大丈夫だ。止血は終わっているから…な?」

レオニクスは剣の柄に手をあてた。ディシスは心配そうにしながらももう異論を立てなかった。
ゆっくりと剣を引き抜く。絡みつく肉体の感触に眉をしかめた。
ズルズル、と引き抜かれていく刀身はかなりの長さで、相当力強く体重をかけて突き刺したのだろうと分かった。
剣士としてみても、酷い刺し方だった。

「っ、抜けた」

引き抜き終わるとタラリ、と血が流れただけで血が噴出すことはなかった。
剣を放り投げ、今度は背中側から刺された剣を引き抜きにかかる。ピクリ、と動くハレスの身体にディシスが涙を落とした。

「力任せに押し込んだな…剣の扱いがまるでダメだ」

傷口が広がらないように慎重に抜いていく。
たらり、と垂れていく血がレオニクスの手を汚したが気にしていられなかった。

「…やばいかも…」

『え?』

「ちょっと、支えておいてくれ」

骨に引っかかった。何度か引き戻しを繰り返すがダメだ。レオニクスはディシスにがっちりとハレスを支えさせると、勢いよく引き抜いた。
ずぼっ、と音がして剣が抜ける。背中側は腹側よりも浅く刺さっていて比較的簡単に抜けた。

『ハレス、大丈夫か…?』

ディシスはハレスを横たえた。鼓動が弱まりつつあるのを感じる。
意識を失っているハレスに、ディシスは何度も話しかけた。

「くそっ、どうすれば…」

癒し系に頼りすぎた結果がこれだった。救急セットすら持っていない。回復薬だってない。レオニクスは回復系の魔法は出来ないしディシスも出来ない。ヴァルディスなら可能かもしれないが、外でここを守っている気配がする。おそらく囲まれているここがもっているのはヴァルディスが守っているからだ。
このまま行けば確実にハレスは死ぬ。ヴァルディスのときみたいに、手を打つ時間がないわけではない。
必ず、助けたかった。ディシスに、同じ思いはさせたくないし、ハレスを失うのも嫌だった。

『主…』

考え込むレオニクスにディシスが声をかけた。
先ほどまでの乱心した声音ではなく、静かな声だった。

「ディシス?」

『主も、こんな気持ちだったのだな。…もうよいのだ、主…。出来ることはない』

「何を…」

『ハレスを亡くしてしまうのは、魂を半分引き裂かれたような気分だ。主もあの時、味わったのだろう?こんな思いを…。もう、出来ることは無い』

ディシスはハレスに寄り添い、涙を流しながら囁いた。レオニクスは、答える術を知らなかった。

「ディシス、諦めるな…」

『もう今にも息を引き取りそうだ…ハレスが我を置いて逝く。我を守ると、言いながら、我の前で、逝ってしまうのだ主…』

静かに、呟くように囁くように。
何もかもを諦め、受け入れるその心は、何百年と生きた過程で出来たものだろうか。
レオニクスは納得できなかった。一度死んだヴァルディスさえ、連れ戻した。今度も必ず助ける道を見つけてみせる。

レオニクスはハレスを見た。
ハレスが、ディシスを置いて逝く?そんな馬鹿な。

そんな馬鹿なことがあって堪るか。

ハレスは、ヴァルディスを守らねばならないのだ。ディシスを幸せにする義務があるのだ。
愛を一度でも囁いた、男の宿命を果たさないまま死なれては困る。

『ハレス…』

「ディシス、必ず、道はある。諦めるんじゃない」

『…』

ハレスと同レベルの癒し能力を持つ者がいないかぎり、ハレスは助からない。
それは分かって…

レオニクスは目を上げた。


「ディシス…」

『主?』

涙に濡れた紅い瞳を見て、レオニクスは言った。


「俺とディシスの契約を、破棄する」






[*前へ][次へ#]

6/14ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!