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黒の誓い
 4



「ああ、ここに居ましたか」

ハレスは血を流して倒れている黒竜たちを見つけ、しゃがみこんだ。
三頭の黒竜はかろうじて人型を保っていた。比較的軽傷な竜は後に回し、重傷の竜に手を当てる。

「ハレス様…」

「申し訳、ありません…」

「そうですね。しかし弁解なら私ではなくバスティアンとヴァルディス様になさい」

ハレスは冷たく言い放ち、傷の具合を調べた。近くでも、銃撃と雄たけびと金属音が聞こえる。魔術や入り混じった魔力の気配に、レオニクスたちの様子を探ることも難しい。
傷は酷かった。応急処置を施しながらハレスは考える。
黒竜をここまで追い詰める、生き物か兵器か。どちらにしろ新たな脅威になりかねないだろう。
本当ならこのまま連れ帰ってどんな形状のものか調べたいのだけれど、ヴァルディスが許可を出さないだろう。治せと命じられて来た以上、治すしかない。

「ハレス様」

「何ですか?」

「治りますか?」

腕が千切れかけた黒竜に問われハレスは眉を潜めた。

「治ります」

何を今更聞くのだろうか。ハレスの治癒能力の高さは黒竜の中でも有名なのだ。
ハレスは作業をしながら戦場に意識をやった。ディシスもレオニクスもヴァルディスも信頼している。必ず、戻ってくるだろう。だが心配だ。特に未知の脅威が潜んでいるかもしれない、今日の戦場は。
黒竜の血がハレスの服を汚す。内臓にまで達している傷を治すために手間取りながらハレスはぼんやりとその汚れを見ていた。

「あなた、名前は」

「イシュッド・バッカズです」

「聞いたことがないですね、どこの隊です」

「私の隊の者です。私はフリント・ベルリーニです」

「ああ。第十八隊ですか、派遣されたのは」

「はい。私はスミス・セントです」

最も重傷のイシュッドは呻きながら名乗った。聞いたことが無かったが隊長のフリントは聞いたことがあった。確か、新たに隊長に任命されたばかりのものだ。
新しい軍の人事図に名前が載っていた。
別にこれといって大きな功績を挙げたわけでもミスをしたわけでもない平凡な竜だ。
ベルリーニ家は貴族だがそれも没落して久しい。

魔界軍の隊は、十番以降は三人編成の隊だ。主に暗殺や警備に派遣され、戦争のときは編成しなおされる。
もちろん、十番までは大軍勢だが、あまりに多い数は動かすのが大変になる。そのため十番以降は三人編成という案がヴァルディスの時代から取られている。

「三人とも黒竜ですか。珍しいですね」

「どちらも、魔力が低いので…」

「…」

ハレスは押し黙った。
魔力が低い?そんなものは軍の入隊試験で落ちるはずだ。バスティアンが大将軍になってから、入隊試験は厳しくなり裏口入隊も厳しく取り締まられた。
それに触れている限り、そんなに低くも感じられない。フリントの解答にわずかな不信感を抱きながらハレスは治療を続けた。

「こうなった経緯を話しなさい」

「はっ。まず、私がアイレディアの軍に気づきました。応戦しましたが…」

「応戦?民の避難はさせなかったのですか?」

「遠くに居るうちに壊滅させようと思ったのです。イシュッドを向かわせましたが応答がなくなり、スミスと向かったらイシュッドが倒れていました」

「…まず、翼を撃ち抜かれました…。新兵器です。捕らえられそうになったところを何とか逃げ延びました」

イシュッドは悔しそうに言った。
ハレスの手により癒された傷のおかげで喋るのが苦にならなくなったようだ。
ハレスはイシュッドが粗方癒えたのを見ると手を離した。
スミスの折れた足に手をかざす。

「そして私達が応戦している間に奇襲にあい、シュイノールはああなってしまいました」

「職務怠慢ですね…責任は逃れられませんよ」

ハレスは冷静に言うとその情景を思い描いた。黒竜の翼を撃ち抜くほどの兵器。そんなものを何時の間に作ったのか。
クロノスに放っている部下からは何の報告も上がってきていない。
バスティアンも、知らないのだろう。なんにせよ、この三人は処罰を免れないだろう。
黒竜族は、こういうことに対して非常に厳しい。降格か除隊か…使えないものをいつまでも置いておくほど魔界軍は優しくない。

「腕を出しなさい」

ハレスはスミスの足を治すと腕に取り掛かった。足とは違い複雑骨折しているそれを治すのは時間がかかる。
持ち上げると苦痛のうめきを洩らしたスミスにハレスは苛立ち混じりの視線を投げかけた。
これしきで声を上げるとは、最近の黒竜は随分と腑抜けたらしい。

「ハレス様、ヴァルディス陛下は」

「いらしていますよ。今外で戦っておられます」

スミスは結った黒髪を振り、そうですか、と呟いた。火傷を負った右頬が引きつれて聞き取りにくかった。
フリントは黒い目で戦場を盗み見た。ひどい有様である。

「陛下自ら、お越しに…」

「ここには、クロノスの御友人もおられましたから」

フリントの呟きにも返事を返し、ハレスはスミスを解放した。時間はかかったもののスミスはもう大丈夫だ。
イシュッドもその大きな身体を起こしているし、残りはフリントの骨折だけだった。

骨折の具合を調べ、治癒に取り掛かる。
こんなものよりも、レオニクスやヴァルディスのほうが大怪我を繰り返している。ヴァルディスの大火傷のときには本当に肝が冷えた。
あれに比べればこんな怪我は怪我に入らないと思う。
本来ならあんな怪我を負わせたものは八つ裂きなのだけれど、それがレオニクスだったのと不可抗力だったため不問になった。何よりヴァルディスが許していたのだから、ハレスに異論などあるはずもなかった。

「陛下にお会いしたことは?」

「いいえありません」

四天王家であり、ヴァルディスの側近中の側近であるハレスにさえ、本当なら一生会わなかった、そんな地位の三人である。
もちろん、ヴァルディスに会えるはずもなかった。

「ならば覚悟なさい。お怒りでしょう」

「…っ」

親切心というよりも、ヴァルディスに何か不敬を働かないようにハレスは釘を刺した。
前に引き出されたなら、何も言わないのが一番賢いことだと思う。
シュイノールには何度も足を運んでいて、ヴァルディスが気に入っていたことをハレスたちは知っている。
言わば、王のものに手を出すことを許したのだ。この三人にヴァルディスがいい感情を抱かないのは火を見るより明らかだった。

フリントの骨折も治し、ハレスは立ち上がった。
これで治療は終わりだ。戦場に戻り、戦わなくてはならない。

「ハレス様」

「何です?」

「私達は、王の怒りなど恐れはしない」

「…何…」

言葉は続かなかった。
竜たちの言葉に眉を潜め、問いただそうとしたハレスを、フリントの剣が貫いていた。
腹を貫く剣に、一瞬ハレスは何が起きたか理解できなかった。
痛みも感じることが出来ない。ただ力が抜け、ハレスは膝をついた。

「王など、ヘリオスひとりに勝てぬ愚者。再び玉座に座ろうなどと戯言ばかり…」

しかしフリントもそれ以上言えなかった。
ヴァルディスを侮辱され、この三人が何者か理解したハレスの眼光に呑まれたからだ。

「そうか…お前達か」

低い声。敬語ではないそれは本気の怒りが滲んでいる。
フリントは慌てて剣を引き抜いた。呻くハレスは血をボタボタと垂らしながら立ち上がった。
激痛がやっと襲い掛かってくる。四肢に入らない力を出来るだけ込め、フリントたちを睨みつける。

「我々を裏切り…人間につき…あまつさえ陛下を侮辱するか」

「…っ、こ、殺せっ!四天王家など、潰してしまえ!!」

「下衆が…殺してやる…」

ハレスは襲い掛かってくるイシュッドをなぎ払い、スミスの剣を受け止めた。
大量の出血と痛みにかすむ視界。
何故気づけなかったのか。不審な点ばかりだったというのに。
黒竜同士だから、と油断していた。アイレディア軍を引き入れ、疑われないようにお互いに傷つけあったのだろう。

スミスとの鍔迫り合いを弾くことさえ出来ない。

剣は内臓を著しく傷つけていた。
ハレスの力が弱まる。
だがハレスは退かなかった。何があっても、この三頭を殺すつもりだった。許すことは決して出来ない。

「死ね!!」

ドン、と衝撃を感じ、少し遅れて痛みが襲ってきた。
ああ、背中を刺された、と思う暇もなく、今度は前から刺される。
ハレスは震える手で鞭を取り出すと、ヒュン、と一度振った。
こうやって、三人が固まって襲ってくる瞬間を待っていた。痛みに少し冷静になった頭は殺すことよりも生け捕ることを優先した。

「っああああ!!」

「ぐうっ」

「がはっ」

ハレスの鞭が正確に三人の足を絡めとり、切り裂いた。無様な声を上げて転がる三人を見下ろして、剣を二本生やしたハレスはよろめく。

『ハレス!!!!』

飛び込んできた愛しい狼の顔を最後に見て、ハレスの意識はブラックアウトした。




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