黒の誓い
3
シュイノールは遠目から見ても悲惨だった。
召喚剣士隊に周りを囲まれ、アイレディア軍に攻め込まれている。空で攻防を繰り返すガイアが見え、ヴァルディスとハレスは飛ぶスピードを上げた。
爆撃を避けながらシュイノールへ近付く。敵味方に存在を知られる頃には既にレオニクスもディシスも臨戦体勢を整えていた。
「ディシス!女子供を守れ!」
『御意』
ハレスの背中からディシスが飛び降りる。
レオニクスもヴァルディスの背中から飛び降り、二頭は地面に着地する瞬間に人型をとった。
大きいと的にされてしまう。
「ハレス、黒竜を癒しに行け」
「はっ」
ハレスは命令を受け、走り去った。
レオニクスはドゥラを抜き、ヴァルディスの隣に立つ。
隊列なんてない、乱れきった戦場。
切り掛かってくる敵を切り捨て、レオニクスは剣を薙ぎ払った。
肉を断つ、嫌な感触を振り払うように剣を振るう。
考える時間はなかった。目の前の敵を殺さなければ殺される、戦場に久しぶりに立った。
レオニクスは炎虎の能力を解放したままだった。時折鋭い爪で相手を切り裂き、牙で噛みちぎった。
「黒竜王を狙え!叩けぇえ!」
血に塗れたレオニクスは炎虎の本能のままに動いた。ヴァルディスを狙う敵を縦横無尽に切り裂いていく。
同時に地面に素早く血で方陣を描いた。
「黒き時を刻み、王の血を滴らせん。白き罪を重ね、哀しみの罰を受けよ。−−支配者の茨(キングズペイン)」
レオニクスが言い終わると同時にヴァルディスから魔力がほとばしった。
黒い魔力はのたうちながら茨へと姿を変えアイレディア軍や、召喚獣を搦め捕る。
締め付け、棘を刺して死にいたらしめる、ヴァルディスとレオニクスの召喚合体技である。
派手に動き回り敵を集めて放つ。危険だが効果的なやり方にヴァルディスは満足げに口角をあげた。
密集した茨が解け、落ちる敵はほとんどが絶命していた。生きていても動けない。
接近戦は不利と見たアイレディア軍は距離を取った。
「職人たちは?」
「いない。…連れ去られたか」
死体が散乱する中心でレオニクスは血を拭った。
告げられた事実に舌打ちする。
「アイレディア軍……借りが多いな」
銃弾を防ぐため物影にヴァルディスを連れ込みレオニクスはしゃがみ込んだ。
倉庫だったのが破壊されたのか壁だけ残ったそこは、爆薬があった。
「ツイてる」
「何?」
「ヴァルディス、敵をこっちに誘い出してくれ」
ヴァルディスは一つ頷くと走り出した。拾った剣で銃弾を弾き拾ったマシンガンを撃つ。
黒いコートを翻し、ブーツが土埃を上げる。薬莢が不快な音を立てて土に落ちるころ、またヴァルディスは走った。
「流石ヴィー、うまいな」
レオニクスは物影で素早く爆薬を吟味し組み立てていた。
もっとも威力を発揮する組み合わせでいくつか積み上げ、ヴァルディスに合図を送る。
ヴァルディスがこちらに走り出したのを見て、レオニクスも飛び出した。走りながら合流し、後ろを振り向く。
誘導されたアイレディア軍に口角をあげ、レオニクスは炎を放った。
爆薬が爆発し、アイレディア軍を飲み込む。火柱と煙りが同時に起き、爆風が巻き起こった。
反射的に伏せたヴァルディスたちの上を吹き飛ばされた壁の一部が飛んでいく。
「っつ、威力、ありすぎだろ…」
爆風で地面にたたき付けられたレオニクスは呻きながら立ち上がった。
ヴァルディスも立ち上がる。
「危ない」
「わっ」
休む暇もなくヴァルディスは走り出した。刹那の差で銃弾が地面をえぐる。
レオニクスも後を追った。
「レオ、頭を下げろ」
反射で下げたレオニクスの頭上をナイフが通過した。
見もせずに避けてみせたヴァルディスに改めて凄さを感じる。
「ヴィー、二手に分かれよう」
前方に乱戦を見つけてレオニクスは提案した。
ヴァルディスの大技に巻き込まれないための策だった。
「ああ」
ヴァルディスが頷いたのを見て、レオニクスは右へ逸れた。
姿勢を低くし、ドゥラを構える。
振りかぶられた剣をかわし、ドゥラで突き刺した。
離れていても引き出せる、ヴァルディスの魔力。無尽蔵とも思えるヴァルディスの魔力は力強くレオニクスを包み込む。
「レオニクス!」
「グラナさん!?」
戦っているレオニクスに、グラナが近づいた。血まみれのスパナを握ったグラナにレオニクスは驚愕する。
まさか、スパナで応戦していたのか?
「遅いわよ!」
「すみませんっ」
「父が連れていかれたわ」
「え?」
物影に身を潜め、グラナは小さく呟いた。
「いきなりやってきて、奴ら、いきなり攻め込んで、父は私を逃がしたの」
「そんな……」
「ハイニールが、絶対にあんたたちが来るからそれまで耐えてみせるって、ガイアで飛んだ」
「……」
「ダメなのよガイアは。ドック中だったから……武装を付け替えていたの。……ほとんど丸腰なのよ。でもガイアしか無かった……」
レオニクスは目を見開いた。
「それじゃあ……」
「早く、ガイアを……」
「分かりました。貴女はどこか安全な場所へ」
レオニクスは物影を後にして空を見上げた。
黒いボディを捜す。
憎たらしいくらい晴れ渡る空はやはり激戦となっており、今にも墜落しそうなガイアがかろうじて爆撃を避けている状態だった。
「ヴァルディス、ヴァルディス、聞こえるか!?」
レオニクスはヴァルディスに呼びかけた。
離れていても会話出来るのは契約の副産物だ。
「何だ」
「ガイアは今武装していない」
「分かった」
すぐに理解してくれたらしいヴァルディスが飛び立つのが見えた。
アイレディア軍の空軍艦のエンジンを凍らせ、墜落させていく。シールドを突き破る魔力は、ヴァルディスならではだろう。
二人の神の血を引く王は軽やかに飛びながら的確に堕としていく。
「……ん?」
再び戦場に戻ろうとしたレオニクスの脳裏で何かが引っ掛かった。
何かは解らないが、酷く警鐘を鳴らしているそれ。無視するには、胸騒ぎが酷かった。
思わず立ち止まり、考え込む。
記憶を辿った。何に違和感を感じているのだろうか。
何の気無しに空のヴァルディスを見た。
蘇ったのは、グラナの言葉。
『いきなりやってきて、奴ら、いきなり攻め込んで、父は私を逃がしたの』
『いきなりやってきて、
瞬間、レオニクスは地面が崩れたような感覚に襲われた。違和感の正体が分かった。
背筋に寒気が走る。レオニクスは弾かれたように走り出した。
「ディシス!ヴァルディス!」
「何だ?」
『主?』
レオニクスは障害物を飛び越えながら二頭に繋いだ。
「ハレスさんが危ない!裏切っていたのはシュイノールに派遣された黒竜だっ!」
「何?」
「グラナさんがいきなりやってきたと言っていた。黒竜がこれだけの軍勢に気付かないはずがないっ」
「…空からはハレスを見つけられぬ」
ヴァルディスの声は苦々しいものだった。走りながら敵を切り捨て、レオニクスはハレスを捜した。
『主』
「ディシス?」
『ハレスを見つけた。主の居場所から北に数百メートル進んだところを曲がった先の、建物の中だ』
ディシスの声は切れ切れで、今全速力で走っているのだと分かった。優れた探査能力でハレスを見つけ出したのだろう。
通信が切れる。
「気をつけろ、ディシス」
北に方向転換したレオニクスは全速力で走りながらひたすらハレスの無事を祈った。
頭上では、ヴァルディスが最後の空軍艦を墜落させていた。
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