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黒の誓い
 1



会議が終わり、レオニクスたちは庭に出た。美しく刈りそろえられた植え込みや、手入れされ咲き誇る花々の中、ヴァルディスが人型を解く。
バサリ、と黒くなめらかな翼を広げ、鱗に覆われた首を空高く伸ばして一声吠える。気持ちよさそうなそれに、レオニクスも笑みを深めた。
やはり本来の姿のほうが気持ちいいのだろう。ヴァルディスの機嫌も最高だ。
レオニクスも最近目覚めたばかりのキメラ姿に戻った。やはりと言うべきか本来の姿のほうが何の枷も無くて気持ちよかった。そんな主たちに触発されたのかバスティアンとハレスもそれにならい、人型を解いた。
広い中庭は三匹の竜によって占拠されてしまった。見上げるほど大きな身体の竜は地面に寝そべり首を横たえた。翼でレオニクスを誘うように包み込む。翼はなめし革のようになめらかに光を反射し、さわり心地も良かった。触れれば暖かく、四枚の大きな翼は器用に折りたたまれて、血が通っているのだと思い知らされる。
ディシスは自分より大きなハレスに慣れないのか少し緊張したように身体を強張らせていた。ヴァルディスより小さいとは言え、ディシスの三倍以上大きいのだ。本能として緊張してしまうのは仕方なかった。ハレスはそんなディシスの強張りをほぐすように優しく引き寄せ鉤爪を引っ込めた。鋭い鉤爪はギラギラと光ってさながら獲物を前にしたライオンの牙のごとくディシスを狙っているようだったためだ。

「気持ちいいか?ヴィー」

「ああ」

普段から低いヴァルディスの声は更に低くなり、咽喉の奥から響いてきてレオニクスの鼓膜を震わせた。聞き取りにくいはずなのに不思議とスッと耳に入ってくる低音。何度か聞いたそれだがこれほど近くで聞いたことはなく、レオニクスは改めて感心していた。
虎の尻尾がヴァルディスの頬を撫でた。鱗に覆われた身体には羽虫が止まった程度にしか感じれない刺激だったが、その温もりが心地よく、ヴァルディスは頬を寄せた。無自覚らしいレオニクスの不思議そうな顔を受けてゆっくりと瞬きする。深い金色――金より琥珀に近い――目に見つめられレオニクスは顔に熱が集まるのを感じた。人型では黒い瞳のため見慣れない、この本当の色には免疫がない。心の奥底まで見透かされそうなその色彩がレオニクスは好きだった。

「どうした」

「綺麗な目だ」

尖った爪が当たらないように気をつけながらレオニクスは目の周りをなぞった。くすぐったいのかぱちぱちと瞬きする様が愛らしく映る。

「戯言を…」

「戯言なわけないだろう」

貴重な安らぎのひととき、戯れる主と同僚を守るようにバスティアンは立っていた。風を受けて銀色の瞳を細める。筋肉質で雄らしさが醸し出される体躯は頼もしく、何も知らないものだったならば王と勘違いされかねないほど威厳があった。しかし軍竜であることは払拭できず、将軍という地位に相応しい風格を漂わせている。
この和やかな雰囲気にほだされているのか纏う空気はいつもよりは柔らかかった。ヴァルディスやハレスの癒しを守りたいのか、門番のように立ち続けている。

「バスティアンさん、きつくありませんか?」

「気になさらず。私はこの方が性にあっております」

「そうですよレオニクス様。この男はどこまでも軍竜気質なのですから」

「お前が緩すぎるのだ」

「バース、まだ若いのですからそんなに気を張ってないで」

「バースじゃない!」

部下のそんなやり取りをヴァルディスは穏やかな目で見ていた。クスクス笑いながら見ていたレオニクスはそんな王に気づき、微笑んだ。ハレスは四千年前、ヴァルディスは誰も隣りに立たせず誰も許容せず王として完璧に振る舞い決して笑いも穏やかな目もしなかったと言っていた。きっと誰に聞いても同じ答えだろう。だがそれは違うとレオニクスは知っていた。きっと四千年前も同じ目で見ていたはずだ。こうした言い合いも今始まったことではない。昔から、ヴァルディスは許容していたし受け入れていたし信頼していたのだろう。隣に立っていたのだ。ただ、表情が動かないし何も言わないから、誰も気づかなかっただけだ。ヴァルディスの目を覗きこめる者など、いなかったはずだから。
誰もがその隣りを遠慮して、背中ばかり追いかけていたのだろう。ヴァルディスは振り返っては穏やかに見つめて、導いていた。
徐々にハレスたちもそれに気づき始めている。レオニクスは満足だった。
本当は優しい王の隣りで、色んなことを見ていける。こんな他愛も無いやり取りだって、幸せの度合いが違う。
機嫌よく竜の頬に身体を凭せ掛けたレオニクスをヴァルディスは翼でくすぐった。

『ハレス、ちょっといいか?』

「ディシスさん?」

ハレスの翼の下から出たディシスは返事を待たずに庭の入り口へ歩き出した。
バスティアンとの言い争いをやめ、不思議そうにハレスは見送る。それはバスティアンも同じだった。誰か来たのだろうか。王の私的な中庭に立ち入れるのはほんの一部だ。現に封印が解かれるまで手入れ以外で誰も入れなかったのである。
ディシスがパタパタと走っていく。興味を惹かれたのかレオニクスも首を伸ばして見ていた。

「?誰か来てるのか?」

「…魔力は感じぬ」

気配も微弱で特定は出来なかった。興味津々で全員が入り口を注視しているなか、それはのっそりと姿を現した。
ゆたかな鬣、大きな前足、綺麗な毛並みに睨むような瞳。それは全員が知っている、ライオンである。

「クリフ!?」

「まだ預かってたんですか、バスティアン」

「帰りたがらんのだ、仕方ないだろう」

ディシスは妙に仲がよく、今も久しぶりと挨拶でもするように鼻面をつつき合わせていた。面白くないのはハレスである。

「貴方のでしょう、さっさと迎えに行ったらどうですか」

「俺のじゃない。お前こそ狼を剥がせばいいだろう」

八つ当たりのようにバスティアンを急かし、翼で突く。バスティアンは珍しく尻込みしながらクリフのほうに足を進めた。

『久しぶりだな』

「ガウルルル(お前こそ、あの竜とは上手くいっているのか)」

『まあまあだ。おぬしはどうだ?もうそろそろ発情期だろう』

「ガルル(よく知っているな)ガウッ(いいメスを見つけた)」

『ほう。しかし魔界にライオンはいなかったと思うが』

ディシスは首を傾げた。魔界に野生はいるもののライオンはいなかったように思われる。
クリフは不敵に咽喉を鳴らした。

「ガウッガウッ(ライオンじゃない。アイツだ)」

『アイツ?』

ディシスは振り返った。いるのはこちらを見ている主組み、ハレス、近づいてくるバスティアン。推理するまでもなく、誰を指しているのが一目瞭然だった。

『…バスティアン殿か?』

「ガルル(いいメスだろ)」

『いや、あの方は雄だ』

「グルルル(俺のメスにする。雄でもだ)」

バスティアンが近づく。クリフとの会話が出来るのはディシスだけなため、何を話していたのか分かっていないのだろう、何とも無防備だ。
ディシスは軽い憐れみに襲われた。クリフに襲われたからと負けるようなバスティアンではないが、万が一がある。
発情期のライオンは猪突猛進になるのだ。理性など吹っ飛んでいる。
日ごろから世話をしているライオンを殺せる性格をバスティアンはしていないだろう。
ディシスの脳裏に生々しい映像が流れた。黒竜というのは狼さえ犯せる。ハレス個人の嗜好も大きく影響しているだろうが種族性が影響していないわけではないだろう。
即ち、逆も然りなのでは…。
そこまで考えてディシスは思考を打ち消した。

「会話出来るのか」

『我らライ一族は、野生が少し残っているのだ』

「ほう…クリフ、来てはダメだと言ったはずだぞ」

「グル(分かってる)グルルル(居ないと寂しい)」

『…寂しいそうだ』

「何?…お前、やっぱりガイアに戻りたいのでは」

「ガルルッ(それはそうだが)グルガルル(お前のほうがいい)」

ディシスは居たたまれなくなってハレスの元に戻った。非常に甘い言葉をクリフは吐きつづけ、口説いている。それを間近で聞くのは恥ずかしい。
タタタッと戻ったディシスを懐に戻しハレスはちょいちょいと突いた。

『うう』

「どうされました?」

『…いや』

「クリフさんがバスティアンを狙っていることですか?」

『知っていたのか?』

「バスティアンから愚痴を聞くのは私ですから」

聞く限り、気づかないバスティアンがバカですね、とハレスは続けた。

「へえ。ハレスさんも気づいていたんですか」

以前お悩み相談室をしたときに気づいたレオニクスも声をあげた。ヴァルディスは興味深そうにクリフを背中にのっけたバスティアンを見ている。

「レオニクス様もですか」

「まぁ。クリフが望むならクリフを召喚獣にするのもやぶさかじゃないんですけどね。野生のままじゃ短命ですから」

レオニクスはヴァルディスに凭れかかったまま言った。耳をパタパタ動かし、ヴァルディスに「なぁ」と同意を求める。

「うむ」

「ええ。それにしてもバスティアンを落とすのは至難の業ですよ」

ハレスはゆったりと言った。ディシスが戻って機嫌が持ち直したのか、バスティアンの受難を楽しんでいるのか愉しそうな声である。

「至難の業?」

「ええ、何しろ堅物ですからね」

幼馴染の堅物ぶりを思い返し、ハレスはくすくす笑った。

「ヴァルディス様と並ぶのでは?」




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あきゅろす。
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