お砂糖とミルクは2つずつ(神×佐)
神谷京一朗×佐伯祐介
その笑顔は
すうっと
僕の心に溶け込んで
甘く甘く
満たしていく
お砂糖とミルクは2つずつ
昼休みになりざわつく学校。遠くで聞こえる、走り回る足音や楽しそうな会話、時折聞こえる謎の叫び声。そんな喧騒から切り離され、静けさを纏った空間でのんびり過ごすこの時間が好きだった。
今日も、自分の家から持ち込んだコーヒーメーカーでコーヒー落とし、カップに注ぐ。
広がる香りに誘われたのか、クゥーンと鳴いて足元にすり寄って来るコイツは先週からすっかりこの部屋に居着いていた。
「どうした?チビ、お腹空いたのか?」
尻尾を降って、俺を見上げる仕草が、頭の中である人物と重なって、軽く笑みが漏れる。『そろそろ、だな』そう心の中でひとりごちてから頭を撫で、チビの餌を用意してやる。
「しつれーしまーす」
穏やかな静けさを破るやけに明るい声が響き、無邪気な笑顔をのぞかせる。つられて自然と緩む口許をごまかすようにコーヒーを口に含んだ。
「あー、なんだよチビ。食事中なんだ」
あからさまにがっかりした様な、少し拗ねた様なその表情に噴出してしまいそうになる。
「コーヒー飲むか?」
「うん」
佐伯は、チビがここに居着いてから毎日、昼休みになると必ずこの教室に顔をだす。最初こそ、若干の遠慮を見せていたが、今となってはすっかり馴染んでしまった。
タメ口で話すのも、自分の家の如く寛いでいる態度も、彼の無邪気で素直な性格からくるモノであって全く気にならなかった。役得かな、とも思う。彼はそう言う人物だった。
チビに懐かれてしまい、正直な話、面倒な事になったなと困惑していたが、毎日顔をだす佐伯のおかげか、今ではこの賑やかな昼休みが待遠しいほどに心地よい。
毒気がすっかり抜かれ、自分も素直な気持ちになれる、そんな時間だった。
「チビさぁ、先生が飼うの?」
目の前でたっぷり砂糖とミルクを入れくるくると掻き回しながら、視線だけ寄越す佐伯は、どうにもうかない表情をしていた。
「飼ってやりたいが、一人暮らしだと世話してやれないしな。毎日学校に連れて来る訳にもいかないだろう。」
「そーだよね。あーあ、ウチで飼えればイイのに」
ますます陰る表情に、どう言葉をかけてやるべきなのか必死に考えてみても、理由すらわからないのだから何も浮かばない。
「俺ん家さ、妹が犬アレルギーなんだ。俺はすっごく犬好きなんだけど」
「それは残念だな」
「こうやって毎日チビと遊べるの、凄く嬉しくて……でも、いつまでもここには置いとけないでしょ」
だんだんと小さくなる声に、彼のチビへの想いの大きさを感じる。
「そうだな」
「やっぱ、保健所に連れて行くの?」
ふるふると震えた声でこちらを見詰めてくる姿は、さっきのチビの表情とやはり被り、愛しさが込み上げる。今度は緩む顔を隠す術もない。
「そんな事はしないさ。俺の知り合いで、飼えるヤツを当たってる所だ」
「そっか、良かった」
短いため息に乗せて体の力も抜けたのか、ふにゃっとした頼りない笑顔を浮かべてから、彼はようやくカップに口を付けた。
「決まったら、ちゃんと報告するから、安心してろ」
「ありがと、先生」
安心しきった笑顔をに、どうしようもなく心が波立つ。この、かなり年下の彼に心を乱されている事実に、たまらず頭を抱えたくなる。だからそっと気付かぬフリをして蓋をする。こんな重いモノを、まだ学生の彼に背負わせる訳にはいかないから。
すっかり満腹になったチビが佐伯の膝の上で寛ぐ姿を見つめながら自分がひどく滑稽に思えた。
20090329
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