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もし、仮に、其れがそうだとしたら。
…なんて、やっぱり考えが及ばない。こういうのが、駄目なのかな。

「…、なんかもういいよ、今日はもう遅いから夜道は危険だし。代わりに俺と遊べ」

遊べ、とか言いながら持ってきたのは札遊びだし。
この人絶対、精神年齢低いな。きっとずっと此処にいるもんだから、世間のことは知らないんだろう。
劉可には、情事の前にこういうのを教えてやって欲しかった。まぁ、あいつがそんなことしてたら吹き出すけど。

「わかりました、付き合いましょう」

――彼が意外と札が強いのに気付くのには、そう時間はかからなかった。






「…全敗……」

日も上った中で呟くと、外へ見送りに来た天子がにやにや笑う。

「思い知ったか」
「ええ、そりゃもう…」

頭空っぽそうなふりして、凄い奴だ。運も味方にしているような、さすが天の代弁者というべきか。
ふと見上げると、此の仰々しい建物もすっかり見慣れてしまった。

「お前って、結構面白い奴だよなぁ」
「…面白い?」
「普通、天子と気軽に接する奴なんていねぇだろ」
「…えーと、其れはすみません」
「いや、そうじゃなくてさ。なんか楽しかったから、良かったなあって」

そう言って笑う天子には、やはり此の世界を任すには重荷過ぎる、と思った。

「だからさ―――」







昨日は一睡も出来なかった。何故?自分ですら分からない。
兄さまが来てから、何だかおかしい気がする。いや、もっと前から?
こんなのただの我儘――いや、何に対しての我儘だろう?兎に角何もかも嫌になった。
兄さまも、呉真も、自分も嫌いだ。もうやけくそになってきた。

「…あ、そういえば…」

明日迄の調べ物で、必要な書があった。
蔵にしまってあって、どう考えても天子邸を横切らなくてはいけない。
――自分でも分かるくらい、気乗りしなかった。

「あ、劉さん。蔵に行くなら此れ返しといて下さい」
「…ああ……」

傍らで書類の書き写しをしていた官吏に本を渡される。

「…やっぱ元気無いですね」
「え?」
「いつもなら、『私を使うな馬鹿者!自分で行け!』って滅茶苦茶怒るじゃないですか」
「…そんなこと、言ってたか?」
「割りと言ってますよ」
「ふうん…」

ならば、他人から見ても私は変なのだろう。
其れでも別に言い返す気分じゃない。二冊の本を持って、私は宮を後にした。

此方の道は、余り整備がされていない。草木も生え放題だし、綺麗にしてあるのは天子宅の周りだけだ。
不本意ながら其方を通らなければ、服がすぐ破けそうだった。

(…あれは…天子と……)

いつもならば一歩も外へ出ない天子が、今日は外に出ている。兄さまに何度か連れて来られたことがあって、其処で天子を見たことがある。
だから一見すれば其れが彼だと分かった。

(…呉真…?)

二人を確認すると、足が止まった。故意に止めたわけじゃない。
幼い頃、夜道で物音を聞いて足がすくんでしまったような、そんな感覚だった。
何をやっているんだろう、さっさと通過して蔵へ行けばいいものを。

「だからさ――、お前俺の恋人にならないか?」

…いま、なんて言った?
すくんだままの足は動かず、天子の言葉に持っていた書物を落としそうになった。
――駄目だ、逃げなきゃいけない。何からか、まったく分からない。
しかし、考えが至る前に、私は来た方向へ走り出していた。痛かった。何がか分からない。分からないことばかりで、頭が割れそうだ。

「…楓?」

兄さまを、横切った気がした。


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