4 もし、仮に、其れがそうだとしたら。 …なんて、やっぱり考えが及ばない。こういうのが、駄目なのかな。 「…、なんかもういいよ、今日はもう遅いから夜道は危険だし。代わりに俺と遊べ」 遊べ、とか言いながら持ってきたのは札遊びだし。 この人絶対、精神年齢低いな。きっとずっと此処にいるもんだから、世間のことは知らないんだろう。 劉可には、情事の前にこういうのを教えてやって欲しかった。まぁ、あいつがそんなことしてたら吹き出すけど。 「わかりました、付き合いましょう」 ――彼が意外と札が強いのに気付くのには、そう時間はかからなかった。 「…全敗……」 日も上った中で呟くと、外へ見送りに来た天子がにやにや笑う。 「思い知ったか」 「ええ、そりゃもう…」 頭空っぽそうなふりして、凄い奴だ。運も味方にしているような、さすが天の代弁者というべきか。 ふと見上げると、此の仰々しい建物もすっかり見慣れてしまった。 「お前って、結構面白い奴だよなぁ」 「…面白い?」 「普通、天子と気軽に接する奴なんていねぇだろ」 「…えーと、其れはすみません」 「いや、そうじゃなくてさ。なんか楽しかったから、良かったなあって」 そう言って笑う天子には、やはり此の世界を任すには重荷過ぎる、と思った。 「だからさ―――」 † 昨日は一睡も出来なかった。何故?自分ですら分からない。 兄さまが来てから、何だかおかしい気がする。いや、もっと前から? こんなのただの我儘――いや、何に対しての我儘だろう?兎に角何もかも嫌になった。 兄さまも、呉真も、自分も嫌いだ。もうやけくそになってきた。 「…あ、そういえば…」 明日迄の調べ物で、必要な書があった。 蔵にしまってあって、どう考えても天子邸を横切らなくてはいけない。 ――自分でも分かるくらい、気乗りしなかった。 「あ、劉さん。蔵に行くなら此れ返しといて下さい」 「…ああ……」 傍らで書類の書き写しをしていた官吏に本を渡される。 「…やっぱ元気無いですね」 「え?」 「いつもなら、『私を使うな馬鹿者!自分で行け!』って滅茶苦茶怒るじゃないですか」 「…そんなこと、言ってたか?」 「割りと言ってますよ」 「ふうん…」 ならば、他人から見ても私は変なのだろう。 其れでも別に言い返す気分じゃない。二冊の本を持って、私は宮を後にした。 此方の道は、余り整備がされていない。草木も生え放題だし、綺麗にしてあるのは天子宅の周りだけだ。 不本意ながら其方を通らなければ、服がすぐ破けそうだった。 (…あれは…天子と……) いつもならば一歩も外へ出ない天子が、今日は外に出ている。兄さまに何度か連れて来られたことがあって、其処で天子を見たことがある。 だから一見すれば其れが彼だと分かった。 (…呉真…?) 二人を確認すると、足が止まった。故意に止めたわけじゃない。 幼い頃、夜道で物音を聞いて足がすくんでしまったような、そんな感覚だった。 何をやっているんだろう、さっさと通過して蔵へ行けばいいものを。 「だからさ――、お前俺の恋人にならないか?」 …いま、なんて言った? すくんだままの足は動かず、天子の言葉に持っていた書物を落としそうになった。 ――駄目だ、逃げなきゃいけない。何からか、まったく分からない。 しかし、考えが至る前に、私は来た方向へ走り出していた。痛かった。何がか分からない。分からないことばかりで、頭が割れそうだ。 「…楓?」 兄さまを、横切った気がした。 [*前へ][次へ#] |