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「まあとにかく、君でもいいか。暇な時でいいや、行ってやってよ」
「わかりました」

適当にあしらうと、劉可はひらひらと手を振って、来た方向へ帰って行った。
まあこれで、劉殿の貞操は守られたわけなんだが、当の劉殿は物凄く微妙な顔をしていた。

「…すごい顔になってますよ?」
「…、さっきより腫れてるか?」
「いや、そうじゃなくて…」

表情、のことなんだけど。
別に怒ってるわけでも悲しんでるわけでも無さそうだ、どちらかと言うと困惑したような。
本人が気付いてないならいいか、と考えるのをやめた。
いま一番考えなきゃいけないことは、いつ天子のところに行くか、だろう。
実のところ天子の姿なんて見たことはない。まだ若いこともあり(確か同い年か少し小さいくらいだった)、政界に顔を出すことや公の職務はまだ任されていないらしい。だから彼の顔を知っているのは、周りの人間――例えば劉可のような、そんな人間しかいないだろう。

(面倒だな…)

自分で撒いた種とはいえ、少々気が引けた。
しかし事は早い方がいいだろう、さっさと相手して帰ればいい。

(…夜、か)

昼間行くのは雰囲気が無さすぎる以前に問題外な気がする。
今夜にでも向かおう。

「呉真」
「はい?」
「……………ばか」

考えが至ったところで、突然罵られる。
なんだかよく分からないが、其れきり劉殿は何処かへ歩いて行った。





―――…

其の日は、割りと早く過ぎて行った気がする。
というのも、劉殿はそっけないし仕事は多いしで、一日中机に向かっていたからだろう。
凝りまくった肩をほぐしながら、天子のところへ足を進める。
相変わらず、仰々しい建物と部屋だ。

「―――…」
「………?」

通された部屋には、天子と思わしき人間がいた。のだが、やはり若いな、同い年ぐらいだな、というのが第一印象で、天蓋のついた寝台からちょこんと顔を出すと、しゅっと引っ込んだ。
なんだか其れが面白くて、近付いてみる。

「天子様?」
「……あのさ、お前可に言われて来たんだろ?」

野原にいそうな小動物みたいだな、とか失礼なことを思う。
しかしまあ其れが似合うような人なのだ。

「ええ」
「はあ…やっぱ俺って嫌われてるのかな…」
「…どうしてですか?」

見るからにしょげかえって、こっちもしょげそうだ。人間とは、相手の感情に合わすようになっているらしい。

「だって、普通、好きならそんなこと言われても誰か呼んで来たりしないだろ…」
「…其れは、天子様が言ったことだからじゃないですかね」
「そうだとしても…」

突然泣き出す天子。
どうやら厄介なことに巻き込まれたらしい。
でもまあ向こうにはヤる気は無いらしく、割りと安心した。

「言わないと、伝わらないこともありますよ」
「…そんな、面と向かって言えるわけないだろ…」
「俺なんか、言っても伝わらないですからね」

言うと、天子はぱちぱちと瞬きした。

「お前、恋人でもいるのか?」
「いえ、俺は好きですけど」

別に何のこともない、そのまま答えると、天子がさっと天蓋を開けて俺を見た。

「じゃあなんで此処に来たんだよ!」
「…え?」
「お前、今の俺みたいに、こういうことされて哀しい奴がいるっていうの、分からないのか!」
「…まさか、あの人は俺のこと何とも思ってませんよ」

其れを証拠に、何をしても怒る。触ったら怒るし好きだと言っても冗談だと思われる。
むしろ哀しいのはこっちの方だったりするぐらいなのだが。

「…伝えたくても、伝えらんない奴もいるってこと、忘れんなよ」
「…………伝えられない…?」

伝えてばっかりの俺は、そんなこと一切分からない。
ましてや、劉殿の気持ちなんか分かりっこない。お前は人間的な考えが及ばない、とよく怒られるが、そういう意味も含まれているのだろうか?


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あきゅろす。
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