3 「まあとにかく、君でもいいか。暇な時でいいや、行ってやってよ」 「わかりました」 適当にあしらうと、劉可はひらひらと手を振って、来た方向へ帰って行った。 まあこれで、劉殿の貞操は守られたわけなんだが、当の劉殿は物凄く微妙な顔をしていた。 「…すごい顔になってますよ?」 「…、さっきより腫れてるか?」 「いや、そうじゃなくて…」 表情、のことなんだけど。 別に怒ってるわけでも悲しんでるわけでも無さそうだ、どちらかと言うと困惑したような。 本人が気付いてないならいいか、と考えるのをやめた。 いま一番考えなきゃいけないことは、いつ天子のところに行くか、だろう。 実のところ天子の姿なんて見たことはない。まだ若いこともあり(確か同い年か少し小さいくらいだった)、政界に顔を出すことや公の職務はまだ任されていないらしい。だから彼の顔を知っているのは、周りの人間――例えば劉可のような、そんな人間しかいないだろう。 (面倒だな…) 自分で撒いた種とはいえ、少々気が引けた。 しかし事は早い方がいいだろう、さっさと相手して帰ればいい。 (…夜、か) 昼間行くのは雰囲気が無さすぎる以前に問題外な気がする。 今夜にでも向かおう。 「呉真」 「はい?」 「……………ばか」 考えが至ったところで、突然罵られる。 なんだかよく分からないが、其れきり劉殿は何処かへ歩いて行った。 ―――… 其の日は、割りと早く過ぎて行った気がする。 というのも、劉殿はそっけないし仕事は多いしで、一日中机に向かっていたからだろう。 凝りまくった肩をほぐしながら、天子のところへ足を進める。 相変わらず、仰々しい建物と部屋だ。 「―――…」 「………?」 通された部屋には、天子と思わしき人間がいた。のだが、やはり若いな、同い年ぐらいだな、というのが第一印象で、天蓋のついた寝台からちょこんと顔を出すと、しゅっと引っ込んだ。 なんだか其れが面白くて、近付いてみる。 「天子様?」 「……あのさ、お前可に言われて来たんだろ?」 野原にいそうな小動物みたいだな、とか失礼なことを思う。 しかしまあ其れが似合うような人なのだ。 「ええ」 「はあ…やっぱ俺って嫌われてるのかな…」 「…どうしてですか?」 見るからにしょげかえって、こっちもしょげそうだ。人間とは、相手の感情に合わすようになっているらしい。 「だって、普通、好きならそんなこと言われても誰か呼んで来たりしないだろ…」 「…其れは、天子様が言ったことだからじゃないですかね」 「そうだとしても…」 突然泣き出す天子。 どうやら厄介なことに巻き込まれたらしい。 でもまあ向こうにはヤる気は無いらしく、割りと安心した。 「言わないと、伝わらないこともありますよ」 「…そんな、面と向かって言えるわけないだろ…」 「俺なんか、言っても伝わらないですからね」 言うと、天子はぱちぱちと瞬きした。 「お前、恋人でもいるのか?」 「いえ、俺は好きですけど」 別に何のこともない、そのまま答えると、天子がさっと天蓋を開けて俺を見た。 「じゃあなんで此処に来たんだよ!」 「…え?」 「お前、今の俺みたいに、こういうことされて哀しい奴がいるっていうの、分からないのか!」 「…まさか、あの人は俺のこと何とも思ってませんよ」 其れを証拠に、何をしても怒る。触ったら怒るし好きだと言っても冗談だと思われる。 むしろ哀しいのはこっちの方だったりするぐらいなのだが。 「…伝えたくても、伝えらんない奴もいるってこと、忘れんなよ」 「…………伝えられない…?」 伝えてばっかりの俺は、そんなこと一切分からない。 ましてや、劉殿の気持ちなんか分かりっこない。お前は人間的な考えが及ばない、とよく怒られるが、そういう意味も含まれているのだろうか? [*前へ][次へ#] |