幻滅デイリー 起請黒子 めでたい事も特に無いが、ぼくは赤飯を食べていた。 「ふうーん」 円卓の向こう側からぼくの右手を取り、まじまじと見やる。左利きのぼくには大して邪魔では無かったが、些か食べづらいので彼女を睨む。 「な、何だよ……」 「いや、別に。珍しいところに黒子があるな、と思って」 その手を振り払い、再び赤飯を掻き込む。 「江戸始めの遊里では、相手の親指で隠れるくらいの場所に好きな奴の名前を彫るらしいのよ。まあ、一種の心中立てってところかしら」 「………」 黙々と食べ続け、漸く皿を空ける。久し振りに赤飯を食べたなと感慨に耽っていると、更に彼女は蘊蓄で畳み掛ける。 「もしかしたら、あなたは前世で心中立てした相手でもいたりして」 「じゃあさ、こんなのはどうだよ」 円卓を飛び越えて彼女の隣に座り、食べ終えたばかりの赤飯の皿を引き寄せる。そして、胡麻を摘んで彼女の右手の人差し指の付け根辺りにくっつけた。 「ほら、起請彫り」 彼女は暫く唖然としていたが、やがて苦笑しながら言った。 「もう……、汚いよ」 そして、俺の上着の裾で拭き取っていた。 [戻][進] |