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名探偵の助手
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 あ、そろそろ時間だと莉子は時計を見遣る。時計の針は、五時半を指していた。エプロンで軽く手を拭きながら、彼女は玄関へと急ぐ。すると、ガチャリと鍵が開けられてドアが動いた。
「お、お帰りなさい」
ぎこちない台詞回しだったが、莉子は彼に向かって嬉しそうに微笑む。
「ただいま」
「あ、ご飯にしますか? それとも、お風呂にします? 両方共、準備万端ですよ」
「先、風呂で」
秋野は表情を変えず、普段通りの淡々とした口調で答えた。そして、上着を脱ぐと莉子がそれを受け取る。

「……はあーーーッ」
湯に浸かりながら、天を仰ぐ秋野。そして、帰宅時の事を思い出す。まさか、エプロン姿の女子大生が三十路過ぎの自分を出迎えてくれるとは──夢にも思わず。
「ヤッバいなあ……」
両手で湯を掬い、何度か顔を擦る。
「何がですか?」
「ぶッ?!」
硝子戸一枚を隔てて聞こえた莉子の声に浴槽の中で足を滑らせ、鼻まで湯に浸かる秋野。その溺れた様な音に、彼女はビクビクしながら謝る。
「だ、大丈夫ですか? ごめんなさい、急に話しかけたりして……」
「いや、大丈夫大丈夫。平気だから」
ゲホゲホと咳き込みながらも、彼は平常心を装った声を出す。
「そうですか……、良かった……。あ、あの、バスタオルと着替えは洗濯機の上に置いておきますね」
「あ、ああ、有難う莉子ちゃん」
「い、いえ……、こちらこそ居候させて頂いて有難う御座います」
莉子は少し頬を染めながら、「新婚って、こんな感じなのかな」と呟いて脱衣所を後にした。

「……美味い、久し振りに美味い飯を食った」
「本当ですか? ふふ、嬉しい。わたしも、人に食べてもらう事が無いから嬉しいです」
二杯目の飯を茶碗に盛りながら、莉子は秋野の言葉に照れる。正直彼のこれまでの食といえば、所謂コンビニ食か外食かであった。自炊をする様な柄でも無ければ、食事を作りに来てくれる様な相手もいない。それを考えると、秋野は小さく苦笑した。すると、少し何かを考えていた莉子は茶碗を渡しながら「そうだ、明日からお弁当作りますよ」と口にする。
「………」
「あ、ごめんなさい。出過ぎた事ですよね」
不機嫌になったのかと誤解した彼女は、すぐに提案を撤回した。だが、彼は違う違うと言わんばかりに手を軽く振った。
「いや、嬉しくてさ」
「秋野さん……」
きゅん、と胸を締め付けられる感覚に、莉子は頬を赤らめる。扇城寺には一度も言われた事が無いからかもしれないが、莉子は妙に気恥ずかしくなって俯いてしまった。
「莉子ちゃん、こっちもお代わり貰っても良いかな」
「あ、はいッ!」
彼女は椀を受け取ると、味噌汁の入った手鍋の蓋を開けた。

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