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名探偵の助手
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「もう、バカバカ! 有弥のバカ、有弥の半径一メートル範囲内だけ震度八の大地震が起きれば良いのにッ!」
ぐす、と涙を飲む莉子。不動産屋でアパートを探すが、時期的に考えても無理な話である。大学の学生課に文句を言ってもみたが、「荷物を預かっていただけ、有難いと思え」と追い返されてしまう始末だった。自らの不注意が招いた事でもあるが、学生会館自体の契約違反も相俟って僅かだが彼女には違約金が握らされていた──。

 彼女は大きなカバンを抱いたまま、ビジネスホテルの前で溜息をついていた。いくらビジネスホテルだからといっても、安さには限度がある。ポーチから財布を出して、中を確認すると莉子は小さく溜息をついた。違約金を足しても、一週間滞在出来るか出来ないか。それでも、生活するには他にも金がかかる。新年度になり、テキストだって購入しなければならない。途方に暮れた彼女は呆然と、ただ遠くを見ていた。すると、顔を覗き込まれる様にして声を掛けられる。
「莉子……ちゃん?」
「あ、秋野さんッ?!」
「どうしたんだい、こんな所で」
相変わらず、くたびれてくすんだスーツ姿の秋野時雨刑事だった。やはり莉子かと確認すると、タバコをくわえる。
「いえ、あの……」
「何処か、旅行にでも行くのかい?」
手でタバコの先を覆いながら、百円ライターで火を着けた。秋野は目を細めて、深く息を吸う。華やかな女子大生と三十路近くのくたびれた男というアンバランスな組み合わせと、ビジネスホテル前という背景にちらちらと繁華街を歩く人々が目線を走らせていた。
「いえ、行きません行きません」
ぶんぶん、と首を横に振る莉子。
「じゃあ、その荷物」
「あはは……、これですか」
「言いたくないなら、構わないけど」
ふう、と秋野は紫煙を燻らせる。
「ううう……、秋野さあーーーんッ!」
「え、ちょっ……と、莉子ちゃん?」
荷物を放り出して、秋野に抱き着く莉子。彼女にタバコが付かない様、彼は慌てて手を上げる。そして、莉子は抱き着いたまま喚いた。
「が、学生会館を追い出されちゃったんですうううッ!」
飴と鞭の効果か、彼女は秋野に抱き着いたまま叫ぶ。これは役得だろうかと思いながら、彼は莉子の頭をそっと撫でた。帰国子女であり、甘えたり相談する相手もいない彼女は更に秋野の背広を握り締める。
「よく解らないが、行こう。人目が多い」
「ふえ……?」
相当見られていた事に漸く気付いた莉子は、顔を赤らめて彼から手を離した。

 暫く歩くと、寂れたアパートに辿り着く。秋野が莉子の荷物を持ったまま、ズボンのポケットから鍵を取り出すと彼女が小さく呟いた。
「此処って……」
「俺の家」
鍵を外し、ドアを開けると莉子を先に通す。
「え……ッ?」
「部屋が余ってるから、勝手に使っても構わないよ」
「………」
唖然としている彼女に、彼は「あ」と漏らす。そして、顎に手を当てて莉子の顔を見た。
「男の家は、流石にマズいか。なら、部下に連絡してみるからちょっと待って」
ええと、と言いながらポケットを探る。
「い、いえ、違うんです……」
扇城寺に虐げられて馬鹿にされた事を考えると、正反対の秋野の優しさが身に染みたのだ。
「有難う御座います。助かります、でも……」
ちらり、と秋野の窺う莉子。
「ん?」
「わたし、今……、お金とか全然無くて……」
「全然構わないけど」
それがどうしたのか、とでも言う様な口ぶりだった。彼女とは違い、働いている身である。更に金遣いが荒いというキャラクタでも無い彼にとっては、どうでもいい質問だったのかもしれない。
「あの、どういう事……ですか?」
「うーん……。なら、莉子ちゃんは俺が帰って来た時に迎えてくれればチャラって事で」
「はあ……」
よく解らないまま、取り敢えず頷く莉子。
「まあ、三十路にもなると独りが寂しいって事かな。暫くの間、夢を見させてくれれば良い」
「はあ……」
彼女は呆けながらも、再び頷いた。

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あきゅろす。
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