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名探偵の助手
自殺組曲より【縊死】
「お……、追い出されてしまった……」
当然、明日も大学に通わなければならない伊部莉子は、中身が一杯のカバンを持ったまま呆然としていた。
「仕方ない、取り敢えず興信所に行こう……」
それは、ふらりと右足を前に出そうとした瞬間だった。
「何をしている」
「きゃあッ?!」
ビクッと肩を震わせて彼女が振り返れば、スーツ姿の扇城寺有弥が洋画のワンシーンよろしく紙袋を抱えて立っていた。辺りの女性達は彼を見て、きゃあきゃあと色めき立っている。
「あ、有弥か……」
「有弥か、とは何だ有弥かとは」
「ごみぇんなはひー」
哀れにも、頬を引き伸ばされながら涙声を漏らす莉子。
「ふん、そんな大荷物でどこか旅行にでも行くのか?」
「い、行かないよ」
「ならば、その荷物は何だ」
「……う」
目敏いなあ、この人はと解放された彼女は睫毛を伏せる。
「何だ、と訊いているだろうが」
ぐい、と莉子の髪を引っ張り上げる扇城寺。
「痛い痛い痛いッ! 答える、答えるから離してよ」
「早く言え。わたしは焦らされて、喜ぶ趣味など無い」
「わたしだって、有弥にそんな趣味があったら嫌だよ」
頭皮を摩りながら、彼女は自分と頭二つ分程背の高い男を睨む。
「あ、あのね、笑わないでね?」
「ああ」
多少苛々しながら、彼は莉子を見下していた。
「……学生会館を、追い出されたの」
恥ずかしそうに、頬を赤く染めて告白する彼女。自らの注意力散漫のせいで、この様な状況に陥ってしまった事を恥じていた。
「道路拡張工事をするから、会館を取り壊すっていう事を忘れてて……。お知らせの回覧は、来てたんだけど」
「ぶ……ッ、あっはっはっはっは!」
莉子から話を聞いて理解すると、有弥は高く笑った。
「有弥ッ! 笑わないでね、って言ったのに」
「あっははは……、いやいや実に莉子らしい」
当人、謝る気はとことん無いらしい。しかし、彼女はめげずに訊ねる。
「でね、興信所に空き部屋ってあったっけ? アパートが決ま」
「無い」
たとえ言いかけでも、すっぱりと切り捨てられる意見。
「一ヶ月だけッ!」
「嫌だ」
パンッ、と両手を合わせて頼み込むがけんもほろろに断られる。
「お願いッ!」
「それが、わたしに物を頼む態度か?」
男は紙袋を持ったまま、腕を組んでフッと鼻で笑った。
「え、じゃあ、貸してくれるの?」
「まあ、お前の態度に因りけりだな」
「………」
暫く考えてから、莉子は悔しそうにぐっと歯を食い縛った。それを見て、更に彼は愉快そうに口元を歪める。理由が解りきっているにも関わらず、扇城寺は「どうした?」と声を掛ける。だが、彼女は意を決した様に言葉を漏らした。
「あ、有弥」
「様」
すぐに扇城寺の訂正が入るが、莉子は大人しくそれに従う。
「あ、有弥……様」
「この哀れな莉子に、一ヶ月間だけ部屋を御貸し下さいませ。お願い致します、と言え。これが、最低ラインだ」
「こ……ッ、この哀れな莉子に……、一ヶ月間だけ部屋を……御貸し……下さいませ……。お、お願い致します……」
段々とか細くなる声を出す莉子を、彼は心底愉しそうに見下す。
「断る」
「な、何でッ?!」
言い切ったのに、と思わず彼女は鼻白んだ。そして、扇城寺は続ける。
「面白いから」
それを聞いた途端、彼女は腹の底から怒鳴っていた。
「ば……、バカあーーーッ!」
キーン、と莉子の怒鳴り声は扇城寺の耳を劈く。そして、彼女は大きなカバンを抱えたまま走り出していた。

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あきゅろす。
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