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名探偵の助手
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 やがて、高い靴音に秋野は遠くへやりそうになった意識を引き戻す。
「どうやら、死にはしなかった様だな」
刑事を無視し、軽く屈んで莉子の脈を取る扇城寺有弥。異常が無い事を確認すると、ようやくくすんだスーツ姿に目を落とした。
「楽しみは、逃げやすいという事か。しかし、賢いのにも関わらず鈍い女だと思わないか?」
「彼女を頼む……」
秋野は床に膝と手を付いたまま、生気の無い目を扇城寺に向ける。
「ふん……、貴様には警察を呼んでやろう。件の桜の時の仕返しが、未だだった筈だからな。部下に笑われるが良い」
「ガキか。それより、救急車だろう……」
扇城寺はジャケットのポケットから携帯電話を取り出すと、淀み無く市外局番に続けて0110とキィを押した。
「勝手にしろ……」
「ハッ、勝手にさせて貰うさ。……あ、警視庁ですか。日本芸術大学ですが、そちらに所属しています秋野時雨という刑事さんが動けない状態でして。早目に引き取って頂きませんと、こちらも困るんですよね──」
ククッと喉の奥で笑い声を漏らしながら、自称探偵は刑事を見下ろす。そして、何度か肯定の返事を繰り返すと電話を切った。
「それから、暫くはラジオ局とテレビ局に厳戒体制を敷いておく事だ」
「解っている……」
「だろうな」
扇城寺が気もそぞろに答えると、既に秋野は気を失っていた。
「さて、莉子……お前はわたしの傍にいろ──解ったな。部屋なんぞ、勝手に使えば良い。お前が訊くから悪いのだ、馬鹿が」
扇城寺は荷物の様に、莉子を小脇に抱えた。

「わたし……?」
何度か瞬きをしてから、強めに瞼を擦る莉子。どうやら、興信所のソファに寝かされていた様だ。奥のデスクに視線を動かすと、扇城寺が薄笑いを浮かべながら新聞を閉じる。思わず、その様子に彼女は身を震わせた。
「お前は伊部莉子だ、伊部莉子。忘れたのか、馬鹿が」
席を立ち、漸く起き上がった莉子に近付く彼。
「あ、秋野さんは」と彼女が訊いた瞬間に、彼は目を細める。そして、彼女の両頬を思い切り引っ張った。
「その前に、わたしに感謝すべきだろうが」
「いたたたたた、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
莉子は半ベソをかきながら、離して下さいと言わんばかりに扇城寺のジャケットを握る。それを見て、怒りが萎えたのか彼女を解放した。
「謝罪では無い、感謝を述べろ」
「あ、有難う……?」
莉子は涙を浮かべながらも、赤くなった頬を痛そうに摩る。
「何故、疑問形だ」
苛々とした刺々しい、彼の声が部屋に響く。
「有難う、有難う御座いますッ!」
「ふん……」
腕を組みながら、扇城寺は馬鹿にする様に彼女を見た。そして、莉子は漸くドア付近にあった自分の荷物に気付く。
「あれ……、わたしの荷物?」
「そうだ。わざわざ業者を呼んで、日芸大で預かっていたという荷物を運び込ませたのに。いつまでも、眠りこけて──本当に仕方の無い」
「わたし、此処にいても良いの?」
嫌味を交えての台詞だったが、彼女は扇城寺の話に割り込む様にして訊いた。
「ならば、この荷を何処へ捨てろと?」
「えへへ……」
キツい言い方だったが彼がそんな事をしないという確信があるのか、莉子は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「笑うな、気色の悪い奴だ」
「有難う、有弥」
「喧しい」
扇城寺は苦々しい表情をしていたが、やがて彼女から顔を隠す様にデスクに戻って新聞を広げていた。
「さっさと荷物を運べ、客が来る前に片付けろ。さもなくば、窓から投げ捨ててやるからな」という台詞を添えて。





(了)


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あきゅろす。
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