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マル秘
対人
 内緒ッスよ?

「人には必ずと言って、開けちゃあいけない扉があるッス」
脚と共に、指を組んだ男はそれに顎を乗せた。どこぞかのブランド物のクラシックスーツを身に纏い、上手に着こなしている。
「開けては、いけない扉……」
俺は男の言葉を、繰り返した。開けてはいけない扉なんか、この世にあるわけがない。扉は開ける為にあるのだから、開けてはいけない扉なんて矛盾にも程がある。
「そうッス。しかし、どうやら解って頂けない様ッスね……」
「だって、開けてはいけない扉だったら扉の意味が無いだろ」
俺は少し腹が立った。何で、こんな見ず知らずの男にこんな事を言われなきゃならないんだ。
「開けちゃあいけない扉には何重にも何重にも鎖が巻かれて、厳重に厳重に鍵がいくつもいくつも掛っている物なんス。たまに、時として外れてしまう事があるッス。その際、中に入っている物が漏れてしまうんスよ。大抵、丁重にしまってある物に限ってロクな物なんかないんスけど」

 今日、俺はデートをすっぽかされてブルーになっていた。駅の改札前で一時間ばかり待ち、メールでドタキャン。お陰でやる事も無い。だから、レンタルビデオでも借りて家で過ごそうと思ったわけだ。

「………あ」
いくつも、ビデオの置かれた棚が並ぶ中で。運悪く同じビデオを手に取ってしまった相手が、この男だった。
「申し訳無いッス。どうぞ、そのビデオは君が借りていって下さい」
最初は腰が低くて、上品で見た目はパーフェクトな男だと思った。例えるなら、合コンに絶対呼びたくないタイプ。ただ、言葉遣いは少し気になった。
「俺は良いよ、兄さんが借りて行きな。俺、そのビデオ持ってんだ」
敵意なんか微塵も無い様な笑顔の男は、その感動系の映画ビデオを手にした。何か、良い事した様な気がしなくもない。うん。
「有り難いッス、いやァこれをずっと観たかったんスよー。あ、君、君。暇なら、このままぼくの店に来ませんか? 一期一会、って事で」
「はァ……」
結局、男がビデオを借りて俺は店に案内された。店の名前はキセキ堂、奇跡? 奇跡だなんて、もう疾くの昔に忘れてしまった。

「駄目ッスねェ、開けちゃあいけない扉ッスから扉が設置されているんスよ? ……例えば、そのゴーフレットの缶」
「はァ……」
テーブルの上の菓子の缶を指差す男。
「何で蓋があるか、解るッスか?」
「湿気無い様に?」
「それは、シリカゲルッス。要は、開けっぱなしはいけないって事ッス。世の中は、開けてはいけない物ばかりが溢れているんス。例えば……、その箱」
ドア近くの棚に置いてある箱を指差す。箱には、ギリシア神話を思い出させる様な神々が描かれていた。玉座に着いた男、赤い林檎を手渡されている女、弓を引く青年、その他多くのエピソードが解る様な絵画。
「それは、ギリシアの画家が描いた物なんス。御解りッスかねェ、パンドラの箱をモチーフにしているらしいッス。……っと、ストップ!」
箱を開けようとした瞬間に、止めが入る。
「何だよ、中の装飾も見たいと思うのが人間だろう? まさか、不幸やら何やらが出てくるって言いたいのかよ」
「……そうッス。ぼくがギリシアで買った前に、持ち主になった人々は開けた為に人が変わってしまったそうッス」
「……ッ、ハハッ! 何それ、つまんねェ!」
蓋に手を掛け、勢いよく開けた。制止する男の手を軽く払い退けて。

 内緒ッスよ。



学生証 櫻霰大學
  OUSEN UNIVERSITY
建築学部 建築設計学科
0842377 一色 春樹
   Haruki Isshiki





「対人」
(C)独:by-yuto.


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