Amnesia * マイヤーの目測通り、夕方には一丁の拳銃が完成していた。彼はそれを確認して試し撃ちした後に、「なかなかの出来だな」と言うとスーリに分厚い封筒を差し出す。 「これは?」 「給料に決まっているだろう。仕事をしたら、それに見合う対価が与えられるのは当然の事だ」 「最初に要らない、って言ったじゃないですか。それに、ご飯だって食べさせてもらったし。これ以上……」 彼女が身を乗り出すと、マイヤーは「良いから、取っておけ。何か、使う機会があるかもしれないからな」と無理矢理封筒を握らせた。 「う……」 「それから、これは餞別だ」 スーリの手に合わせた、軽い拳銃。 「い、頂けません。これこそ、わたしなんか、使わないし……」 「護身用だ、あの双子にも目を付けられているのだろう。持っていて、損は無い」 やはり、グリップには薔薇の蔦が彫られていた。それを見て、スーリはハッとする。そして、自らのロザリオを胸元から引っ張り出した。慌てていたせいか、服の繊維に引っ掛かって出すのに時間がかかっていた。 「あ、あの、これ、ご存知ありませんか?」 すると、マイヤーは平然と答える。 「ご存知も何も、俺が作った物だが」 「依頼してきた人とか、誰に売ったとか、覚えていませんか?」 「ロザリオだから……、金の無い時に作ったのは確かだが……後は覚えていない。力になれず、すまない」 「いえ、良いんです。有難う御座います」 ふうと溜め息をつく彼女の悲しそうな姿に、彼はまるで自分の事の様に辛そうな顔をしていた。 「それにしても」 「何だ」 わざと悲しそうな感情を押し殺した声を出すスーリに、マイヤーは反応する。 「ジェラート、一緒に食べに行けなくて残念でしたね」 「そうだな。でも、また機会はあるだろう」 「ですよね」 満面の笑みを見せる彼女に、彼も困った様な笑みを浮かべる。どうやら、自然に笑えないらしい。それを見たスーリは、更に笑った。 「また、呼んで下さい。作業自体も、面白かったですし」 「ああ、用が無くても来れば良い。待っているから」 「はい」 トランクに封筒と拳銃を詰めて閉じると、低いベルの音が玄関に響く。 「また、しばしのお別れだ」 「はい」 「Arrideverci」 「Arrideverla」 彼女は爪先立つと、マイヤーの頬に軽く自分の頬を付けた。そして、ドアの鍵を開ける。すると、ヴィンセントによってドアが開かれた。 「お待たせ致しました、スーリ様」 「大丈夫よ、全然待っていないわ」 置いてあったトランクを持ち、スーリを導く。すると、ヴィンセントの後ろ姿にマイヤーは声を掛けた。 「ヴィンセント、また彼女に頼みたいのだが」 「スーリ様が宜しい、とおっしゃるのならば私は一向に構いません」 ヴィンセントは、振り返らずに答える。 「そうか、暗いから気をつけてな」 「ええ、それからベッドは明日にでも運び込ませますので」 「助かる」 ドアは静かに閉じられ、マイヤーの虚ろな瞳には最後に少しだけ振り返った彼女の顔が映った。 * 「お帰り、スーリ」 「た、ただいま……」 ジェノヴェーゼ邸に戻ったスーリは早速、ソファに踏ん反り返ったシャイロウと顔を合わせる。 「心配していたのに、何故そう距離を取る」 そう言いながらも、彼はつかつかと彼女に近付いてその細い体を抱きすくめた。 「ジアンカーノには随分と気を許していた、と聞いたが」 シャイロウの台詞と共に熱い吐息が耳元に掛かって、スーリは思わず身を震わせた。 「べ、別に、普通よ」 「普通……ね」 まるで、嫉妬をしているかの如く彼は続ける。 「スーリに、こういう事が出来るのは俺だけだ。覚えておけ」 そう言うと、シャイロウは彼女の首筋に舌を這わせた。 Continua a altro capitolo……. [*Redire] |