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Amnesia
*
 帰宅後、彼らは再び作業に戻っていた。スーリはテーブルに置きっぱなしだった銃の金属部品達と格闘をし、マイヤーは銃の試し撃ちやナイフの打ち直しをしていた。その正確さを要求される作業に、彼女は陽が傾くのを普段より早く感じていた。



「あの……、終わりませんでした……。ご、ごめんなさい……」
「別に、今日中に終わらせろという要求はしていない。ただ、客人の帰りが遅くなるだけだ。ご苦労様、夕食にしよう」
「あ、手伝います」
彼女が椅子から立ち上がると、彼は注意して見なければ解らない程度に微笑んだ。
「それよりも、ヴィンセントに電話して来い」
「そうですね!」
スーリは、ポンと手を打つ。
「電話、借りますね」
「ああ」
そして、彼女は玄関先のあった電話でジェノヴェーゼ邸にかける。
「あ、もしもし、スーリです。ヴィンセント? あのね、お手伝いが終わらなくて泊まる事になったの。うん、大丈夫よ。え? 本当? 解った、待ってるね」
電話を切り、マイヤーの傍に寄るスーリ。
「どうした?」
「ヴィンセントが荷物を持って来てくれる、らしいです」
「ふうん……」
彼は茹でたパスタを一本摘み、固さを確かめる。二、三度噛んで飲み込むと、彼女に「アルデンテで良いか?」と訊く。スーリが頷くと、フライパンにパスタを移して火にかけながら自家製のトマトソースと手際良く和えていく。
「わたし……、邪魔でしたね」
「邪魔ならば、出ていけと言う。暇ならば、戸棚から皿を出しておけ」
「はいッ!」
普段は用意された物を食べるだけだったので、支度をするという行程が新鮮だったのだろう。スーリは元気よく返事をし、戸棚から適当な皿を出して並べる。
「あとは、カポナータがあるから」
「それでは、それも盛り付けますね」
「ああ」



「ジアンカーノさんは、料理も得意なんですね。舌も肥えているから、グルメみたいだし」
「そうでも無い」
「そうですか? こんなに、美味しいのに」
フォークとスプーンを使い、向かい合わせで夕食を取る二人。
「そうか、美味いなら良かった」
「食べたら、もう一仕事ですね」
スーリは食事を取って、やる気が出て来た様だった。
「いや、もうシャワーを浴びたら寝る」
「早くないですか?」
「弱視の影響か、あまり長く起きていると益々目が霞んで来る。客人も寝ろ、明日もこの続きだからな」
簡単に片付けた金属部品を見て、スーリは言葉に詰まる。
「まあ、悲しい顔をするな。カプチーノでも飲むか、生クリームが未だあったはずだ」
「あ、わたし、生クリーム多めにして下さい」
「客人は、コーヒーが苦手か」
マイヤーは生クリームの入った瓶を取り、カプチーノを作り始める。
「え、何で、知っているんですか?」
「俺も苦手だからな。実は甘党なんだ、大の男が言うのもどうかと思うがな」
「良いじゃないですか。甘い物を一緒に食べて回るデートとか、楽しそうですよ」
キラキラと目を輝かせながら、スーリは彼に訴える。
「美味しいと思う気持ちを共有出来る、って素敵だと思います」
「今回の客人は、相当変わっているな」
「そうですか? 普通ですよ、普通」
彼女が首を傾げながら言うと、マイヤーが「普通の人間が、トレイナー兄弟に目を付けられるか」と呟きながら生クリームのたっぷり乗ったカプチーノを差し出す。
「明日は切りの良いところまで片付いたら、ジェラートを食べに行かないか」
「ジェラートッ?!」
「嫌いか」
心配そうに彼が訊くと、カプチーノを受け取ったスーリは首を左右に振って「大好きです!」と答える。
「それは良かった」
「んんー、カプチーノも美味しーい」
それにしても、食べ物だけで此処まで懐柔出来るとはとマイヤーは驚いていた。
「まあ、生クリームの方が割合が多いからな」
「これくらいコーヒーが甘かったら、飲めるんだけど……。お屋敷にいると、周りに甘党がいなくて……」
「そうか、俺の周りにも甘党はいなくてな」
甘党談義に花を咲かせていると、低いベルの音が響く。
「ヴィンセントかも」
立ち上がり、玄関へと走るスーリ。そして、ドアを開ける。やはり、ドアの前にはヴィンセントがトランクを持って立っていた。
「こんばんは、夜分遅くにすみません。ボスを会合にお送りしてから、来たものですから」
「大丈夫よ」
「それは良かったです。こちらが使用人に用意させた、着替え諸々ですのでお使い下さい」
トランクを手渡し、去ろうとするヴィンセントを呼び止めるスーリ。
「ヴィンセント」
「他に、何か御座いますか?」
「ううん、違うけど。これ、有難うね。帰る時には、ちゃんと電話するから」
深々と礼をすると、彼はジアンカーノ宅を再び後にした。



「先に、シャワーを浴びてきて良いぞ」
「片付けは、わたしがしますって!」
トランクを持ったままのスーリは、マイヤーに近付いて言う。しかし、彼は譲らなかった。
「客人の仕事内容に、家事手伝いは無いはずだ。それに、知らん男の後に入るのも嫌だろう」
「そんな事は、ありません」
「良いから、早く浴びて来い」
そう強く言われ、彼女は渋々とトランクの中から着替えを出して、バスルームへと向かった。

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