Amnesia * 「鼠では無く、子猫だったわけね」 カルヴィはスーリの姿を見て、漸く拳銃を引っ込める。そして、スーリを舐める様に見た。 「気に入ったわ。アタシは、カルヴィ・デリンジャー。人呼んで、暗黒街の女王。あなたは?」 しかし、スーリは名乗らなかった。 「ヴィンセントを、どうしたんですか?」 「あら、あの茶色い鼠の事? 撃ち抜いた、までは覚えているけど……。それからどうなったか、までは知らないわ」 それを聞いたスーリは、扉に向かって走り出していた。だが、それはカルヴィの部下達によって阻まれる。 「え、何? や……、やだ、止めてッ!」 そして、両脇から腕を通されて軽々と運ばれる。じたばたと暴れたが、同性の部下相手でもびくともしなかった。 「止めて下さい、カルヴィさんッ! 彼女が何をしたというのです」 サッと扉を背にするレーヴィンに、もがきながら助けを求めるスーリ。しかし、神父の体は勝手に扉から外へと飛び出していた。カルヴィの部下に蹴られて地に転がり、土埃にまみれた体はグッタリと動かなくなった。 「し、神父様ッ?!」 「別に、何もしていないわよ。気に入ったから、連れて帰るだけ」 そう言って、カルヴィはスーリの頬を優しく撫で摩る。 「ま、待て……」 開いたままの扉に半身を預けながら、浅い呼吸を繰り返すヴィンセント。そのチョコレート色の背広は、赤黒く染まっている。止血はしてある様だが、その布にも血が染み込んでいた。 「あら、しぶとい」 カルヴィは涼しい顔で、彼を見る。 「スーリ様を返してもらおう」 「……アンタの女、というわけじゃないのね。大方、シャイロウの情婦といったところかしら」 ヴィンセントは欠けたナイフを手に、カルヴィを睨む。 「五月蝿い。切り刻まれたくないのならば、早くしろ」 「嫌よ。アンタこそ、そろそろ二三発風穴が空くわよ。そうしたら、水を飲んだ時にそこから水が漏れるわね。ふふ、ああ面白い──何よ、笑いなさいよ」 その間も、地に血溜まりを作るヴィンセント。それを見たスーリは、決意をした様に震えた声で彼へ命令する。 「ヴィンセント、あなたは帰りなさい。今は平気かもしれないけど、その傷では危ないわ」 「いいえ、スーリ様。私は死んでも、貴女を護らねばなりません」 「ヴィンセント! これは命令よッ!」 キッ、とスーリはヴィンセントを睨んだ。 「解ったわね」 しかし、その目には涙が滲んでいた。 「は、はい……」 「虫けらにも優しいところも、気に入ったわスーリ」 気力だけで立っていたのか、ヴィンセントは膝から崩れ落ちる。 「じゃあ、行きましょうか」 「解りました。その代わり、ヴィンセントと神父様には何もしないで下さい」 「ふふ、勿論よ」 そうして、スーリはカルヴィの命令によって連れ去られたのだった。 [*Redire][Andare#] |