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Amnesia
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「それが、スーリ様の手掛かりですか」
スーリの胸で光るロザリオを見ながら、ヴィンセントは呟く。ただのロザリオでは無い、と思わせる程の美しい装飾。けれども、けばけばしい雰囲気は無く、むしろ上品で清楚な造形美だった。
「それでね、教会に行ってこようかなって思うんだけど……」
ロザリオを持っていたという事は、自らが信心深い人間であったという事だろう。そして、神父に会えばまた何かが解るかもしれないという結論に辿り着いたのだった。
「ええ、よろしいと思いますよ。あそこは、確かにカトリック系だったと思います。但し、私もついて行きます」
「だって、此処から近くの教会よ?」
確かに、徒歩十分程度の場所にある。しかし、ヴィンセントは容赦しなかった。
「私も行きますから」
「……はい」
その咎める様な厳しい眼差しに耐え切れず、スーリは小さく答えた。



「じゃあ、行ってくるねシャイロウ」
メルセデスの助手席に乗ったスーリは、外にいるシャイロウに軽く手を振る。白いスーツ姿のシャイロウは、その手を握った。
「ああ、気をつけて」
「大丈夫よ、ヴィンセントもいるし」
相変わらずチョコレート色のスーツ姿のヴィンセントは運転席に乗ったまま、シャイロウに向かって会釈をする。
「スーリを任せたぞ」
「はい、ボス」
「行ってきまーす」
走り去っていくメルセデスの後部を見ながら、シャイロウは物憂げな溜め息をついた。



「あー、緊張しちゃう。何か、手掛かりが見付かれば良いな……」
「私も、そう思います。スーリ様の手伝いをし、一日でも早く記憶が戻ればと考えています」
「え? この間と違うよね?」
スーリは訝しげにヴィンセントを見たが、彼は構わずに運転を続けるだけだった。
「少々、私にも都合が出てきまして」
「そう……?」
街とは逆方向の自然が広がる土地に、その教会はあった。駐車場に停めると、すぐに助手席のドアを開けるヴィンセント。手慣れているというか有能というか、彼女はメルセデスから下りながら考えていた。
「スーリ様、こちらですよ。私は外で待っていますので、話が終わりましたら出て来て下さい」
「うん、解った」
階段を上り、ヴィンセントが開けたドアから教会の内部へと入る。大聖堂の左右の窓には、それぞれ聖母マリアとキリストのステンドグラスが嵌め込んであった。それが日光によって、キラキラと反射されては煌めいている。
「綺麗……」
「どうしました?」
「きゃッ?!」
ずっと教会の景観を眺めていたスーリに、黒衣を身に纏った神父が声を掛ける。
「ああ、驚かせてしまいましたか。私は神父を務めております、レーヴィン・クラームという者です。朝の礼拝は終わったはずですが、何か御用ですか?」
「あ、あの、神父様ッ! わたし、訊きたい事があって……」
首からロザリオを外し、レーヴィンに見せるスーリ。
「これは」
一瞬で驚きの表情を作る神父に、スーリは反応する。
「何か、ご存知なんですか」
「いえ、特に知っているというわけでは……。ちょっと、拝見します」
少し困った様な顔でロザリオを摘み、隅々まで眺めては観察する。
「はあ、やはり……」
「お願いします、教えて下さい」
「しかし、私が知っているのは製作者でして」
レーヴィンは十字架の側面を差し、スーリの方へと向ける。そこには薔薇の蔓を連想させる模様が描かれているだけ、だと彼女は思っていた。
「これは、模様じゃなかったのね」
「ええ、彼はよく薔薇をモチーフとして使用します。その際、あたかもただの蔓の様に名前を彫るのです」
Meyer Geancano、注意深く見なければ解らない暗号の様な趣向のある細工めいた筆跡。遠くから見る分には、やはり蔓そのものである。
「……マイヤー・ジアンカーノ……」
「幸い、彼はこの街に住んでいます。たまに此処にも見えますが、急ぎならば訪ねてみては如何でしょう」
にっこりと穏やかな微笑みを浮かべながら、レーヴィンは彼女にロザリオを返す。
「その、マイヤー・ジアンカーノさんって」
「伏せてッ!」
彼はスーリの肩を取り、床へと押さえ付ける。そして、教壇の下へ隠れる様にと促す。スーリは何が何だか解らぬまま、それに従った。
「私が良いと言うまで、此処から出てはいけません」
「それって……」
「解りましたね」
そう言うと、レーヴィンは立ち上がって何事も無かったかの様に、教壇の上に聖書を取り置く。すると、勢いよく大聖堂の扉が開けられた。そこには真っ赤なスーツ姿の女が、五人の同性の部下を連れて立っている。
「おはよう御座います、カルヴィ・デリンジャーさん。ちなみに、教会での発砲や武器の持ち込みは禁止しています」
レーヴィンはスーリに微笑みかけた時と全く同じ様に、カルヴィに微笑みかける。
「茶色の鼠が、大聖堂の前に一匹いたのよ。アタシは、それを始末しただけ」
そう言って、カルヴィはクスッと笑った。それを聞いたスーリは、顔を蒼くして教壇の下からレーヴィンを見上げる。
「さて、神父様。アンタも、大きな白い鼠を一匹匿っているんじゃなくって?」
「さあ、私は存じ上げませんが」
彼はあくまでも、白を切るつもりだった。
「アタシはそいつらを始末しなきゃ、安心して礼拝も出来ないのよ? それって、不健全だと思わない?」
「デリンジャーさん、主は言いました。『汝、隣人を愛せよ』と」
両手の指を組み、レーヴィンはカルヴィに向かって真摯に言う。しかし、それは逆効果の様であった。完全に苛々し始めていた彼女はスカートの裾を捲くり上げ、右腿に付けたホルスターから拳銃を抜く。そして、それをレーヴィンに向ける。
「アタシに説教? 馬鹿馬鹿しいわね、それとこれとは話が違うのよ。解ったら、さっさとシャイロウ・ジェノヴェーゼを出しなさいよ。いい加減にしないと、アンタの頭に風穴空けるわよ」
「落ち着いて下さい」
意外にも、レーヴィンは冷静だった。まるで、何度もこの様な状況を体験した事がある様に、スーリには見えていた。しかし、残酷にも撃鉄が起こされる音が大聖堂内に響く。その瞬間、スーリはレーヴィンを押しやって飛び出していた。
「……止めて、止めて下さい! 神父様を撃たないで下さい、お願いしますッ!」

[Andare#]

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あきゅろす。
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