Amnesia * 一方、ジェノヴェーゼ邸では、スーリに一刻も早く会いたかったシャイロウが低い唸り声を上げていた。 「……遅い」 明らかに苛々した、不満そうな低い声を漏らすシャイロウ。指を組んで、その上に乗せた顔は不愉快そのものである。そして、コーヒーを飲み干すと溜息混じりに眉を顰めた。その様子に、ヴィンセントも訝しげな表情を見せる。 「一体、何処へ行ったんだ」 「それが昼間、街の方に出たいと話されておりまして。街まで、送らせたのですが……」 やはり、護衛が必要だったかとヴィンセントは悔やむ。 「っていうかさ、スーリちゃん記憶が戻って帰っちゃったりして」 にゃははは、と椅子に座ってのけ反りながら笑い声を上げる白衣の男。 「ジョッセ、いい加減にしないか」 「何だよ、単なるジョークじゃん」 「お前が言うと、ジョークに聞こえないから言っている」 何処から取り出したか、ヴィンセントはジョッセに向かって二本のナイフを構える。 「止めろ」 そう言って、シャイロウは肘掛け付きの高そうな椅子から立ち上がる。 「ボス、何処へ?」 「探しに行く」 白いスーツの背広を羽織り、ジェノヴェーゼ・ファミリーのボスは部屋を出る。ヴィンセントは、どうやらスーリの存在が彼の為にならないのではと考え始めていた。 「ヴィンセント。どうした、早くしろ」 「は、はい、只今」 チョコレート色のスーツ姿が、その後を追う。 「もしや、あの倉庫に行ったのか」 「それが妥当だと思われます」 始めすら早足だったものの、シャイロウは既に廊下を走りだしていた。 「すぐ、車を出せるだろうな」 「はい。ところで、部下は如何しますか」 「要らん、野暮用だ」 大勢の部下や使用人と擦れ違いながら、駐車場へとたどり着く。 「スーリ、頼むから無事で居ろよ」 ヴィンセントがメルセデスの後部座席のドアを開け、シャイロウが乗り込む。そして、ドアを閉めるとヴィンセントは運転席に乗り込んだ。 「まず、例の倉庫に向かいます」 「ああ」 * メルセデスを飛ばし、初めてスーリと出会った倉庫へと向かう。すっかり日は落ち、辺りは暗くなっていた。 「すみません、御老体。腰の辺りまでの金髪に、碧眼で白い洋服を着た女性を見かけませんでしたか?」 手掛かりは無いかと判断したヴィンセントは、偶然にも歩いていた老人を捕まえて聞き込みを始めていた。 「ああ、色白の細い子だろう? 昼間、トレイナー兄弟の片割れとそこの工場の倉庫の前で話していたぞ」 「そして、その後は」 シャイロウが会話に割り込むと、老人は驚いて退く。やはり、民間人でも恐怖の権化は知っている様だった。 「その片割れが手を引いて、何処かへ……」 「トレイナー兄弟の片割れか、まずいな」 「ええ」 二人は、再びメルセデスに乗り込んだ。シャイロウが早く出せ、と顎で指図をする。 「どうしますか、スーリ様を盾にされたら」 「盾にした奴を殺す」 「………」 トレイナー邸から少し離れた位置に車を停め、そっと出る。 「ボス、落ち着いて下さいね。あなたは、ジェノヴェーゼ・ファミリーを束ねるボスです」 「何が言いたい」 「私は、女に腑抜けのあなたを見たくないだけです」 背広から拳銃を取り出すシャイロウを見て、ヴィンセントも二本のナイフの柄を握る。 「俺は、スーリを手放したくない」 「……解りました、尽力致します」 「頼む」 シャイロウは真剣な顔付きで、部下を見た。部下である、ヴィンセントは不安だった。スーリに依存する余り、不安定になっているのだと冷静に判断する。あの時と同じなのか、と。 「私が陽動を引き受けますから、ボスはその隙に動いて下さい」 「ああ、助かる」 そして、二人はトレイナー邸に向かって走り出していた。 * 「手前ェ、何処か入って来」 ヴィンセントは低めの姿勢で、台詞を喋らせる前に相手を気絶させる。 「こちらは急ぎなので、饗しは結構です」 「ジェノヴェーゼ・ファミリーか!」 何人ものトレイナー・ファミリーが、拳銃をヴィンセントに向けて撃つ。しかし、ヴィンセントは冷静にナイフの柄で弾いては避けていた。 「……全く、実質ナンバー2が来るとは……」 「何を言っ」 やはり、全てを言わせる前に床に沈めていく。 「本当に、いつも勝手な人です。だから、私はいつも苛々させられて。あの時に殺しておけば、この様な事は無かったはずでしたが。私は、つくづく甘い人種の様ですね。あまり、他人を笑っていられません」 「ほざ」 「五月蝿いですよ、殺さないだけ有難いと思って下さい」 相手が飛び掛かってきた瞬間に、踵落としを決めるヴィンセント。 「さて、スーリ様はどちらにおいでなのでしょうね……。まあ、私が陽動ですから関係は無いのでしょうが」 しかし、下っ端ばかりを相手にしていたせいか、ヴィンセントは人質にされたスーリとトレイナー兄弟のいる部屋に入ってしまっていた。 [*Redire][Andare#] |