01
突然、ガバリと起き上がった幼子に黒髪の女性は驚いて顔を上げた。書き物をしていたようで羽ペンを手元に置き、幼子の方へ目線を移した。
「なにかありましたか?」
「う、ううん‥」「リュカ?」
「どこかのお城でね、赤ちゃんが生まれたんだ‥お父さんもユエもいて、‥懐かしい感じがした」
「‥リュカ、それは「はっは!寝惚けているのか?」パパス殿?」
背後からの声にユエは驚いた。振り向けば逞しい男性が腰に手を当てて豪快に笑っている、外の風に当たってきなさいと言えば幼子は「うん」と頷いて立ち上がる。
「ユエもいこう」「はい」
傍らに立てばキュッと手を握られ、ユエはパパスに一礼をして背を向けるリュカと呼ばれた幼子に連れられ、二人の後ろ姿はもうすっかり見慣れてしまった。
「もう長い付き合いになるのに、ユエはお堅いままだな」
船の中を見て回れば話し掛ける船員の言葉の端々にパパスの人柄が伺えた。ユエはホッとして話し掛けるリュカの背中を見守っていた。
「あら‥?」
トタトタと柔らかな足音に振り向けばドンッと衝撃を受ける。小さな青い髪の少女が抱き着いてきたのだ。
「お嬢さん、迷子ですか?」
「あ‥その、ごめんなさい」
「いいえ、ご両親は‥ああ、ルドマン氏のご令嬢ですね」
ユエはニッコリ笑って突き当たりの部屋を指差した。すると少女は嬉しそうに彼女を見上げて頷く。
「‥なぜかしら、お姉さまはなつかしいかんじがしたの」
「‥‥、忘れてください、わたくしは旅人です」
手を振って別れるとリュカはボーッと少女の方を見ていた。ユエはクスクス笑って「可愛らしいお嬢さんでしたね」と言うとリュカはコクリと頷いた。
「ねぇ、ユエ」「はい」
「ユエは夢の話、おかしいとおもう?」
「いいえ、きっと何か意味があるものだと思います」
「もうひとつ、みるゆめがあるんだけど‥忘れちゃうんだ」
「思い出したら私にも教えて下さいね」
「うん」
父に話をするとはぐらかされてしまうような感じがするとリュカは思った。今日の夢もユエは何か言いたげで、それを遮るかのように父は笑ったのだ。
ソレからしばらく船に揺られて行く先は三人の第二の故郷だ。長い長い船旅が終わる頃には普通に動けるようになったが、始めの頃ユエは三半規管を狂わされて、しゃがみこんでしまい心配性のリュカは終始気遣っていた。甲板に出るとユエは潮風に髪を靡かせ、ホッと溜め息をついた。
「ユエ、楽になった?」
「はい。もう大丈夫ですよ、リュカ」
リュカに手を引かれて海を見ていた。一度故郷であるサンタローズに帰ると言うパパスの言葉に従って長い船旅もようやく終わるようで安堵していたのだ。顔馴染みになった船員に挨拶をしてくるとリュカは走り出し、ユエはひとり広い海を見つめていた。
「ユエ、ひとりか」「パパス殿」
パパスは黒いローブの女性がひとりで居るのを見掛けて声を掛ける。振り返った女性はまだ幼さを残す顔立ちに髪も瞳も漆黒、華奢な肩幅ではあるが伸びた手足はしっかりとしている。長く旅をしている身体付き、しかしそれは隣に立つパパスに比べたら天と地程の差が見えた。
「身体は大丈夫か?無理をさせてしまったな」
「いいえ、船の数が減ってしまっているのです。この船に乗らなくてはまたサンタローズに帰るのが遅くなってリュカが寂しい思いをしますわ」
ニッコリ微笑むユエはローブに付いたフードを被り直し「そろそろビスタにつきますので支度をしてまいります」と部屋に戻る、見えない陸にパパスは目を凝らして見たが影すら写らなかった。
***
港につくと船を見送って、パパスの用事が終わるまでリュカとユエは港の中を一緒に歩くことにしていた。久々の揺れることの無い地面を懐かしみながらこれからの道のりを思い浮かべていた。
「見て!お魚がいるよ!」
弾かれたように顔を上げれば、リュカは海をのぞき込んでいた。慌ててマントを引き、今度こそしっかりと手を握る。
「あまり身を乗り出しては危ないですよ」
丁寧な物腰で優しい彼女は母親のような姉のような--物心ついた頃から一緒に旅をしているユエをリュカは慕っていた。最近は甘やかし過ぎるユエに「赤ちゃんじゃないよ」と頬を膨らませていたりと彼女も扱いに戸惑っている様子が見られた。今も手を握ったはいいがリュカは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「えーっと‥サンタローズに戻るのは久しぶりですね。2年ほどでしょうか」
「サンチョは元気かなぁ」
「きっと首を長くして待っていますよ」
ふと船の中で会った少女にユエは懐かしい気配を感じたのを思い出す--それは少女も同じであったようで--リュカの幼馴染みである幼い金髪の少女と同じく天(あま)の気配--まさかとは思い、首を横に振った。
「リュカ‥?」
ふと横を見れば彼がいない。好奇心旺盛な年頃の少年だ、もしかしたら外に出てしまったのかと名を呼ぶが返事がなかった。
「パパス殿!リュカがいません」
「まさか外に?」
「わかりません、見て参ります」
外に出てキョロキョロと見回せば、スライムと対峙している少年を見つけた。じり、じり、と距離を詰められて武器を持たないリュカは怯えていた。
「リュカ!」「ユエ!」
リュカの声に気付いたスライムが突撃する、それを盾で跳ね返して庇うように背に隠し、逃げ出したスライム達を睨み付ける。ゾワゾワとした気配に怯えているのであろうリュカを見つめた。
「わたくしに声もかけずに」
「だって、ユエ‥気分が悪いからって」
「わたくしは大丈夫です。そんなことよりも‥怪我がなくて本当に良かった」
ホッと安堵の息を漏らすユエにリュカは「ごめんなさい」と俯いた。慌てて「怒っているわけではないのです」と頬を撫でて涙を浮かべるリュカに微笑みかけた。
「いたか!」「パパス殿!」
「ああよかった、ひとりで外に出ては駄目じゃないか」
「‥ごめんなさい」
「パパス殿、わたくしがキツく叱りましたから、叱らないでくださいませ」
「はっは!ユエには敵わんな」
「もう‥話は終わったのですか?」
「ああ、帰ろう、サンタローズに」
帰還
三人の長い旅もようやく区切りがついてユエはリュカをパパスを少しでも休ませてあげたいと思った。
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