02
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい‥」
「いやあ‥、その、別に」
真っ赤な紅葉を左頬に受けて、男は困惑していた。確か、坊っちゃんもこうやって三男さまに求婚していたなぁと頭で描いて苦笑する。しかしここは眞魔国ではない、男はベッドの上で土下座して涙ながらに謝る少女の頭を撫でてやる。
「いた、くないですか?」
「大丈夫大丈夫、グリ江頑丈なのよぉ?」
「ぐりえさん?」
「あ、名前ね、俺はグリエ・ヨザックっていうんだ」
「‥ぐりえよざっくさん?」
「‥お嬢ちゃん、大丈夫?」
「だいじょうぶです、あの、どこから来たんですか?‥泥棒さんでしたらウチは一人暮らしの身でありまして‥盗むようなものは、なにひとつありませんけど」
「泥棒?違うよ」
どう説明したらよいのかと、困っていた。すると少女の携帯が震える。
「あのぅ‥あなたのこと言わないので、出てもいいですか?」
「どぉぞ」
少女は携帯を取る。相手は知り合いのようで‥ああますます誰か知り合いに会いたい。間違いでないなら、ここに‥この世界に大賢者か魔王陛下がいるはずなのだ。
「え?あ、あの、どうしてそれを」
少女の声色は困惑していた。ヨザックを見て涙目に震えているようだ。
「ど・う・し・た?」
口パクで伝える。すると少女は「わかりました、ボブがいうなら‥そうします」と力無く呟いて電話を切る。
「どうしたんでぇ?」
「‥あのね、ボブが貴方を此処に置いてやってくれって‥暫くしたらコンラッドが迎えにくるからって」
「は?隊長が?」
「コンラッドってなにかの隊長なの?」
「いやいや食い付くとこちがうよな?」
「えーっと‥取り敢えず、ボブの言うことに間違いはないと思うから‥嫌でもね、此処にいて」
どうやら少女はヨザックの知り合いを知っているようだった。それを聞いて安堵のため息をはくと少女は携帯を置いて「貴方も違うところの人なの?」と首をかしげた。その無意識からくるのだろう可愛らしい仕草にヨザックは苦笑する。
「‥お世話になりやすよ、お嬢ちゃん」
「あのね、お嬢ちゃんじゃないよ、私ね、ユエっていうの」
「ユエちゃん?」
「はい、だからグリエさん、安心してくださいね!必ず帰れますから」
少女はどこまで知っているのだろう、世の中のことを何も知らない無垢そうに見えるのだが‥とヨザックは不安になったが、取り敢えず居場所を確保できて良かったと微笑んであげた。
「ユエちゃんは、隊長とあったことあるの?」
「コンラッドに?」
何度か、お話しただけだよとユエは笑った。あの隊長が双黒の少女に手を出してはいないようだと(何故か)安心した。
「グリエさん、私ね明日も早いからもう寝るんだけど‥」
「ああ、俺は床で「だめ!」‥は?」
「お客さまなんだから、グリエさんはベッド!」
「ユエちゃんは?」
「ソファでも寝られるからだいじょうぶです!」
ふんぞり返る、その姿がなんとも可愛らしい。とうとう気が触れたかと自嘲してヨザックは俺がソファで、とユエを引き留める。
「‥‥」「‥‥」
暫し睨まれる、漆黒の瞳にヨザックは冷や汗をかくが、ユエがチラリと視線を上げてベッドに潜り込んだ。やれ、ようやくかとソファと指差された場所に行こうと腰を上げると(床でもいいのだが)服の裾を小さな手が握っていてクイッと引っ掛かった。
「ユエちゃん?」
「‥グリエさんも、ベッド」
「は?」「グリエさんも」
(この少女は今なんと言った?)
ヨザックは鈍器で殴られたかのような衝撃を受けて頭が眩んだ。
「コンラッドは一緒に寝てくれたのに」
「えっ?な、なにもされなかったか?」
「されなかったよ、グリエさんはするの?」
「滅相もない!」
じゃあ一緒にベッドで、とユエは布団を捲る。ヨザックは渋々ながらに部屋の主に従うことにした。
「あの‥狭くないですか?」
「だいじょうぶ、ぐりえさん温かいなぁ」
ぬくいぬくいと刷り寄られて「この少女は男をなんだと思っているのだ」とヨザックは心配になった。コンラッドが何もしないのは--きっと嫌われるのが怖くて--何も出来なかったと言う方が本音なのだろうと苦笑する。
「(‥ユエちゃん、ね)」
すやすやと眠りに落ちた少女の髪を撫でてヨザックも浅い眠りに落ちることにした。
まだ、帰りたくない‥かも
久しい温もりにヨザックはその夜夢を見なかった。
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