許さない
ゆるくウェーブのかかった明るい髪、音を立ててゆれるピアス、華奢なネックレス、左手の時計、そして、指輪。
気怠い昼下がり。
明るいカフェでの他愛もない明るい話。
颯爽とこちらに歩いてくる姿は、それは何かの幻影のようだった。
久しぶりだね、とあちらが気付くのを待った後、今気付いたとばかりに挨拶を交わした骸が、近くのカフェへと誘ったのだった。
なぜこのようなことをしたのか骸自体わからなかった。
別れたのは随分前。もとより恋人だったのかと言われれば答えを渋ってしまうだろう。
最初からそれほど興味もなかった。ただどんなときも一番まとわりついてきたのがその女だった。
傷つけては抱き、泣かせては抱き、若い頃の自分の行動は随分彼女を傷つけただろう。
そのときからそれは自覚していた。
それでも『愛してる』と言い続けた彼女はあるとき、『好きな人ができた』と涙に震える声で言って連絡を断った。
引き止める気もなかったし、もちろん資格もないことは分かっていたからそれっきりになった。
「暇ならご飯でもどう?」
首を傾げながら尋ねる姿は何年も前の彼女をだぶらせる。
うなずきかけて、柔らかそうな髪の向こう側に垂れて光るピアスを見つけ、知らず目を見開いた。
残念そうな顔をつくると、首を横に振る。
「いいえ、仕事がありますから」
なぜかどろどろとした黒い靄が胸に拡がっていく。
そう、そんなものを昔の君は身につけてはいなかった。
「そっか、残念…。だったら次の機会にね」
そんな卑怯な女の笑い方もしなかった。
「ええ、是非」
大人びた話し方。
「じゃあまたね」
軽やかに手を振る女は、昔の無邪気な彼女そのままだった。
ふわりと身を翻した後ろ背にやんわりと香水が香った。
そんな香り、僕は知りません。
「深月」
「なんっ…!」
振り返りかけた彼女の腕を引っ張り無理矢理こちらを向かせる。手首を抑え、後頭部に手をまわすと無理矢理ルージュのひかれた唇を奪った。
ちょうど掴んだ手から金属質の感触が伝わってきた。
ねえ、君に指輪をプレゼントした男は誰ですか?
「ちょっ…んっ…やめ」
腕に力を込め、全力で骸に抗おうするのが伝わってくる。
「……ふ…っやめてよ!」
手を振りほどかれて、身体を突っ撥ねられる。
「上手くなりましたね」
思いがけず皮肉な声に自分でも驚く。
しかしそれを無視した女は、激情に駆られた声をだした。
「私たち別れたのよ!?」
「そうですね」
当たり前だというふうに見下ろすともう一度唇を貪った。
「んっ……ぁっ…」
ぱちん。
安っぽい音が響いた。
「最っ低。変わっちゃったね骸。もっと紳士だと思ってた」
遠ざかっていくヒールの音がやけに鼓膜に痛い。片頬の熱もじんじんと痛み、風はその痛みを助長するばかりだ。ヒールは神経質にコンクリートを削っていった。
口に鉄臭さが拡がる。
「君だって変わってしまった」
独白に気がついて、反吐が出た。
まさか、
まさか僕がこんなにも誰かを
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