2 深月が慎重に乗客の顔を確認しながら進んでいると、耳につけた交信機から連絡が入った。 『3番車両に対象を確認。のんきに寝てやがる』 「了解、周りに人は」 『いない。2番車両も3番車両もがら空きだ。ついでに言えば4番車両も』 深月の声に珍しく抑揚がつく。 「全く?」 『あぁ、ラッキーだぜ。リスクが少なくて済む』 「…わかった、とりあえず私もそちらに向かう。あなたは4番車両内で待機していて」 「お前に命令される筋合いはねーよ」 苛立った声の後、乱暴に通信はきられた。 一人ではやれないと思っているわけではない。安全性、成功確立の高い方法をとるだけだ。 しかし、いくら人気の少ない電車で、時間だとしても、そこまで人がいないなどありえるのだろうか。 都合がよくはあるが、少なくとも深月の通ってきた車両では人がいないなどということはありえなかった。 ここで考えていてもしょうがない。 標的を殺さない限り、もとの世界には帰れないのだから。 深月は、軽く息を吐くと3番車両に向かった。 4番車両のドアの隣に立った深月は男へと連絡をとろうと交信機のボタンを押した。 報告の通り4番車両には人がいない。 それでも周囲に気を配ることは忘れない。 油断は人を死に追いやる。 ジーというコール音、いつまで経っても男はでなかった。 おかしい、交信機は常に身につけておかなければならないもので気づかないということはない。 何かが起こったのかもしれない、まず男の無事を確認すべきだろうか。 もう一度ボタンを押しドアに張り付く。男の姿が見えない今、標的も気になる。しかし、やはり男はでない。無機質なコール音が鳴るだけだ。 そして、3番車両には、 「い、ない?」 いるはずの標的がいなくなっていた。 車両は空だった。 まずい。 男からの連絡もなく、標的も消えた。 ゴトンと少し大きく電車が揺れる。深月の傍に手すりなどはなく、バランスを崩した深月はガラスに手をつき上体を押し付けられた。 「っと…」 ぽたり。 薄暗い車内。ガラスに頬をくっつけたまま奥に目を凝らすと、黄色みがかった床に赤い斑点ができていた。 さっきはなかったはず。 ぽたり。 斑点は二つになった。さっきより大きな模様は、床をゆっくりと流れていく。 あれは 血。 はっとして、3番車両の上を見上げる。 そこにあるのは荷物置き場。空白のはずのその場所にあったのは、スーツケースなどではなく、 「あなた!」 床に落ちた斑点は、先ほど通信を寄越した男の体から流れ出した血であったのだ。 そして、 「おやおや、もう一人いましたか」 艶めいた男の声が後ろから降ってきた。 [戻る] |