あけない夜はない
昔は…必要以上に睡眠はとらないようにしていた。浅くなく深くもなく、必要最低限。
骸は傍らの冷たいシーツをそっと撫でた。
「もう少しだけならいいじゃないですか」
「もう」
一糸纏わぬ姿の深月は早々に起き上がることを諦めた。骸はどんな些細なことでも一度言い出すと曲げることはない。第一、二人でこのままゆっくりするのも休日の過ごし方の一つだと深月は思う。
常日頃から彼の周りは殺気に包まれている。非戦闘員である深月に殺気とは具体的にどういうものかわからなかったが、敵を前にした骸の背中からは黒い炎が陽炎のように立ち上がるのが見えたきがした。アジトにしても産毛が少し逆立つような緊張感が満ち満ちている。一度連れて行ってもらったが、その日は夕食もほどほどに、ベッドに倒れ込んでしまったのだ。
それらの場所で平気な顔をしてる骸はさすがといったところだが、やはり休ませたいという思いもある。
とは言え、愛しい人と睦言を囁くのを嫌うはずがない。
「ねぇ、骸」
「なんですか」
深月の首筋に顔を埋めていた男は機嫌よく返事する。
「好き」
ごろりと転がされ骸と向き合う形になる。
「僕もです」
にこりと笑われ額に軽い口づけが落とされた。あぁ、この人は幸せでいてくれている。そう深月が安堵する安らかな微笑みだった。
「それに」
そのまま話す骸の吐息が深月をくすぐる。
「愛してます」
唇は目、耳、頬、顎と降りてくる。あくまで軽いものだ。深月もくすぐったそうに身をよじりながら骸に向かってだけ言う。
「私も、骸を愛してる」
そして唇を合わせた。
幸せそうに微笑んだ顔が赤く染まる。血ではなくもっと禍々しい赤。骸の視界全体が赤いのだ。
同じ表情で同じ言葉を同じ口が紡いでそして、
彼女は逝った。
はっと目を開ける。身体中の水分が汗となって吹き出したかと思われた。
骸がオッドアイを瞬かせると、無機質な天井が見えた。心臓が早鐘の如く打ち鳴らされてるのを感じた。息が荒い。数回ほど呼吸して、骸は今どこにいるのかようやく自覚した。
ここが夢の続きでしかないことを。
そして、昔の長時間にわたり睡眠をとらないでいた理由を思い出していた。温度のないシーツをくしゃりとつかむ。
今となってはもう、時間は関係ないのだ。 喉がからからに乾いていた。だが骸は、動ここうとはしない。痺れる舌が小さく震えた。その声は骸にさえも聞こえないもので。青ざめた唇で今度ははっきりと呟く。
「深月…」
あの尊き黄金色の微睡みは二度と帰ってこないのだ。
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